忠告には耳を貸せ
「いやぁ、実に美味いなぁ!!」
「…………」
「こんなにも料理がお上手だなんて、神は貴女に二物も三物もお与えになったらしい! オレ様は、幸せものだなぁ!」
口元をほころばせながら、なんの遠慮もなく料理をかっこんでいた自称勇者は、シキの母――メアリの冷たい眼差しを受けている。
「食べたら、出て行ってください」
「いやしかし、まだ、オレ様はこの村を堪能し――」
「この世から」
「てきびしー!!」
大笑いしながら、勇者が煙草を咥える。メアリは煙草を奪い取って、綺麗な笑顔で握りつぶす。
「次、シキの前で、こんなもの吸おうとしたら……末端から、すり潰しますからね?」
「シキぃ~、たすけてくれよぉ~、オマエは笑顔でゆるしてくれたのに、この美しい女性はオレ様をゆるしてくれないよぉ~、時の勇者様なのによぉ~!」
「……勇者?」
怪訝な顔つきをしたメアリに対し、尊大な態度の勇者様は立ち上がる。彼は、捻じくれ曲がった毛髪の隙間から、ウィンクをしてお辞儀をした。
「どうも、世界を救った勇者です」
「…………」
シキの母の顔が、思い切り歪んだ。そこまで余裕のない顔を視たことのなかったシキは、驚きのあまり、コップを取り落し慌てて拾い上げる。
「その冗談は……やめて……この村の勇者が、あなたみたいな人なわけないでしょ……やめて……」
「ソイツは、買いかぶりだ」
自称勇者もまた、顔を歪めて怒りらしき感情を覗かせる。
「勇者なんて、ろくでもな――」
飛んだ平手、今度は腕を掴まれ、メアリは必死の形相で逃れようとする。
「オレ様とお知り合いだったりする?」
「あなたがっ!! あなたがっ、勇者なわけないでしょぉ!! ふざけるのも大概にしなさいっ!!」
ぱっと手を離されて、メアリは姿勢を崩した。勇者は転びかけた彼女のことを抱きとめ、全身がぴたりとくっつく。
その瞬間、抱き締められた彼女は、驚愕で目を見開いた。
「あなた……なんで……」
「固定観念に縛られるのは嫌いでね。別にオレ様がどうあろうと、美しい貴女の知ったこっちゃあないね」
ニヤニヤと笑っている勇者を、メアリは勢いよく突き飛ばした。距離をとった彼女は、まじまじと彼のことを見つめ、わけがわからないと言わんばかりに首を振る。
「なにがしたいの……こんなことをして……目的はなに……シキに近づいたのも、知ってるからでしょ……?」
「え? このガキンチョ、なんかあんの? よーわからんがねぇ、オレ様は」
座って、目線を合わせてくる勇者。自身の長髪を掻き上げた彼は、食い入るようにして、シキの顔面を見つめ――大きく、目を見開いた。
「オマエ……まさか……」
ぬくもり。
かばわれるかのようにして、シキは母親に抱きしめられ、柔らかい胸に顔が埋もれて息が上手く吸えなくなる。耳まで胸元に覆い隠されているせいか、上手く声が聞きとれなくなってしまう。
ようやく母から解放された時、勇者と母親は真っ向から対峙していた。
「なるほどね……そりゃあ、怒って然るべきだ」
「消えて、今直ぐ。わたしとシキの前から、いなくなって」
「やだ」
あっかんべーをした勇者は、咥えっぱなしの煙草をぷらぷらと揺らした。
「理由一、そこにいるシキくんは危険だ。
予言するけどな。世界で二番目にオレ様に愛されてるあんたは、今直ぐ、子離れしないと取り返しのつかないことになりやがるぜ。そこのガキンチョの授乳期は、とうの昔に過ぎてんだ。そろそろ、ママのおっぱいから若娘のおっぱいに乗り換えな」
「あー! あんまり、おっぱいおっぱい言っちゃダメなんだよー! 女の人におっぱいって言ったら、ダメなんだよー!!」
「おっぱいおっぱい~!! おっぱいおっぱい~!!」
その場でくるくる回りながら、下品を口にしていた勇者は、一瞬の隙を突かれてメアリに叩きのめされる。
数分後、鼻血をだらだら流しながら、汚らしい男は言った。
「理由二、そこにいるシキくんは力の扱い方を学ぶ必要がある。
この勇者様のことを不慮の事故で殺しかけた低能ぶりといい、あんたが産んで育てたクソガキは、いずれ世界を滅ぼす大魔王になったっておかしくないぜ? 悪いことは言わねぇから、他者との関わり方と道徳論を脳みそに刻み込んでやるべきだ」
「……シキには、わたしだけがいればいい」
勇者様は鼻で笑って、メアリはギロリとねめつける。
「へい! そこの美人! 有り難い勇者様からのアドバイスだぜ! この世で最も醜悪な人間を簡単に育てる方法は、世界の常識から遠ざけて、甘いミルクだけを吸わせてやることだ!
にんげんがさんにんいてふたりがイカれていたら、のこったひとりがイカれてることになる。オマエらふたりにとってはまともであっても、“イカれてる”オレ様からしたら、とてつもなく狂想的だ」
「…………」
「理由三、お約束通りなら」
口を開いた勇者を見つめ、焦燥、メアリはシキに叫んだ。
「シキッ!! 耳を閉じなさ――」
「オマエらふたりとも、忠告に耳を貸さずに地獄行きだ」
ワンテンポ遅れてシキはなにも聞こえなくなり、憤怒を顔面に刻み込んだ母は、あまりの怒りに身体を震わせていた。
「シキの能力を知ってたのね!! 知っていて、そんな脅しをっ!!」
「まぁまぁ、そう怒るなよ。ただの勘だ。詳しくわかりはしないが、たまのたまたま、カマをかけたら美人が釣れた。
シキ、憶えとけ」
震える手で、火を点けようとして――やめた勇者は、煙草を捨てて微笑む。
「その能力は、きっといつか、=で結ばれる」
シキは、意味もわからず、彼の言葉を胸に刻み込む。
「能力の使い方を学べ。正しさの定義を刻み込め。善意と悪意には裏も表もなく、ただ、結果だけが投じられる世界を見つめろ。
そうすりゃあ」
ニヤリと笑った彼は、指先を擦って、赤々とした火種を生み出す。
「オレ様みたいにはならない」
ただ、シキは――頷いていた。




