いっけなーい☆ ちこくちこくぅ~!!
両手足に巻いていた重りを外し、お約束による筋力強化を得た俺は、第三の魔王を抱えたまま駆ける。
廊下、人の波、合間を縫って――疾走る。
仁風と化した俺が駆け抜ける度に悲鳴が上がって、征伐騎士団の男が前方からも迫ってくる。
後方の剣、前方の剣。
挟まれた俺は、窓から外に第三の魔王を放り出して飛び出す。
「きゃぁああああああああああああああっ!!」
スカートを押さえて落下する第三の魔王を空中で抱きとめ、お姫様抱っこの姿勢で地面に着地、勢いそのままに突っ走る。全身で空気を引き裂きながら疾駆、数瞬で、学園の裏手に到達する。
「し、シキ、な、なんで逃げるの? た、倒しちゃえばいいのに」
「そんなことをしたら、お前がもう学校に行けなくなるだろ」
「え……」
「いたぞっ!!」
俺たちを発見した騎士のひとりが、あからさまな大声を張り上げる。
押し寄せてくる新手を確認した俺は、ネクタイをゆるめながらささやく。
「おい」
「な、なに?」
『学園の広場の真ん中に、真の勇者以外には抜けないと言われている聖剣があったな?』
「え……そんなもの……」
第三の魔王の目の色が変じる。
「伝説の木の下で告白すると、愛が成就するってヤツと同じよね! あんなのただのおとぎ話だわ!」
『一体、誰が抜けるんだろうなぁ、あの聖剣。俺みたいなヤツじゃあ、きっと、抜けないだろうなぁ』
「クックックッ、当たり前だぁ! お前のようなガキが、あの聖剣を抜き放ち、真の勇者として崇められるなどということは絶対にないぞ!!」
自然に参戦してくるなよ、征伐騎士団……なんだ、その悪者っぽい笑みは……あからさま過ぎて、逆に善人に見えるわ……
『ひ、人の夢をバカにするなよ!!』
「アッハッハッハ!! 無理無理!! お前があの聖剣を引き抜いたら、なんでも言うことを聞いてやるよっ!!」
高笑いしながら去っていく征伐騎士団、悔しそうに歯噛みする俺、哀しそうにうつむく第三の魔王……お約束の効力が消えて、くるりと反転した騎士たちが襲いかかってくる。
「広場の真ん中に向かうぞ」
「え、なに!? なんでっ!?」
「もし、俺とはぐれてピンチになったら……パンをくわえて『いっけなーい☆ ちこくちこくぅ~!!』と叫びながら、角を曲がれ」
「どういう意――」
第三の魔王を突き飛ばし、凶刃から彼女を救う。剣先が鼻先を掠めて、そっとささやく。
『足元がお留守だ』
すっ転ぶ騎士軍団、手を出せないと悟った第三の魔王は、現術書素も発動できずに逃げの一手を選ぶ。なるたけ彼女から注意を逸したい俺は、距離をとってから飛び跳ねた。
『おーい!! こっちだこっちー!! こっちだぞーっ!!』
目の前を目標たる魔王が走っていくのに、彼らの視線が一斉に俺へと集中する。
銀鎧に取り囲まれた俺は、飛来する斬撃を『目を見開いて、気配を察知する』で避け続け……遠目に、勇者三人組が視えた。
「おい、投げろっ!!」
「え、あの、その、な、なにを……!?」
この状況で投げるモノはひとつしかないだろうと、声を張り上げる。
「三編みとメガネだ!! スペアごとよこせっ!! 早くしろっ!!」
「は、はぁ!? なんでぇ!?」
「いいから、よこせっ!!」
剣柄を握ったⅠ号は、戦闘モードに切り替わる。不敵な笑みを浮かべた彼女は、弓を引き絞るかのように右腕を湾曲させ――投げた。
『と、とんでもねぇコントロールだ……どんな肩してやがる…!?』
凄まじい勢いで宙に打ち上げられた三編みとメガネは、お約束と誓約によって、完璧な精密性をもって俺の下に届けられる。
『ここで装備していくかい?』
自ら頭を差し出した騎士に鎧の上から、三編みとメガネを装着させる。と同時、蹴り飛ばして、装備を外させた。
その途端――
「きゃあっ!!」
大鎧の外装が弾け飛び、中身のおっさんが美少女と化した。
へたれ込んで泣き出す、元中年男性。なんともいえない空気が場に漂って、魔王征伐を目指す屈強な騎士たちは、死んだ目で美少女を見つめている。
「え、どういうことですかどういうことですか。むさ苦しいおっさんが中に入っている筈なのに、どうして突然、中身が美少女に入れ替わっちゃったんですか」
「お約束だ」
装着と脱着を繰り返し、美少女を量産しながら俺は言った。
「『三編みとメガネを外したら美少女』……つまり、三編みとメガネを着けて外せば、そいつはもう美少女だ」
俺は、そっとささやく。
「お約束は成った」
Ⅰ号からⅢ号は、唖然として――急に吹き出す。
「アッハッハッハ!! とんでもない解釈をするなぁ、我が王子様は!! 発想力でねじ伏せて、力任せの正義を為すなんて!!」
どんどん美少女になっていく中年男性を見つめながら、Ⅰ号たちは腹を抱えて大笑いしていた。
至極真面目な俺は、わけもわからず首を傾げ――唐突に、顔を上げた。
『第三の魔王の気が……弱まった……』
お約束の効力によって、第三の魔王は強制的に窮地に陥る。布石を構築し終えた俺は、トップスピードで角を曲がった。
「いっけなーい☆ ちこくちこ――きゃぁっ!」
そして、パンをくわえた美少女……第三の魔王と出合い頭にぶつかり、抱きとめ、追ってきていた騎士を蹴り飛ばす。
「あ、いたたぁ……ちょっともぉ! なにすんのよぉ!!
って、シキ? え、どういうこと? さっきまで、わたし、なんて言ってた? 言われたとおり、パンをくわえて角を曲がっただけなのに?」
「合流完了だ。幕を引くぞ」
俺は学園の広場に向かい、中心に突き刺さる聖剣を見つめる。
謎の後光が差した剣の前には『この剣を引き抜いた者を真の勇者と認める』と記された看板が立てかけられ、学園生とは思えないマッチョが、力づくで剣を抜こうとしていた。
「ダメだぁ、抜けねぇ!! オレ様が抜けないんだから、どんなヤツだって抜けな――」
俺が片手で引き抜くと、目が飛び出んばかりに仰天する。
聖剣を天高く掲げた俺は、第三の魔王の腰をもって引き寄せ、宣託を授けるかのようにして、取り囲んだ征伐騎士団に呼びかけた。
「真の勇者が告げる!! この少女は、悪を働かない!! ただ、学校に通いたいという願いをもつ学徒である!!
これ以上、いたずらに彼女を追い詰めるのであれば――」
俺は、厳かに告げた。
『俺が相手だ』
太陽が雲間から顔を出して、俺と第三の魔王を照らし、人々は前方からゆっくりと膝をついていった。
崇められて称えられ、俺は苦笑する。
いま、ココに――彼女とのお約束は成立した。




