しょうがないから、守ってやるよ
『大魔王とは、魔王の中でも抜きん出た力をもつ魔王のことである。その力は魔王たちとは比べ物にならず、勇者たちが力を合わせなければ打ち勝つことは難しい。
つまり、大魔王とは、その特別な力をもつ者のことである』
ページをめくる。
『大魔王は、この世の理を操る』
ページをめくる。
『大魔王とは、魔王を従える者を云う』
ページをめくる。
『大魔王は、最期に現れる魔王である。魔王たちが役割を終えた後、この世に下り立つであろう。
これ以降、世界に脅威が現れることはない』
ページをめくる。
『大魔王も、魔王も、最初から魔王であったのではない。
彼らもかつては――』
袖を引かれて、伝承書から顔を上げた。
「ねぇ……まだぁ……?」
人目を気にしているらしい第三の魔王は、今の怯えている自分を他者に見せたくないのか、しきりに俺の袖を引っ張って「もう出ようよ」とささやいてくる。
俺は、古書を本棚に戻し、学園の図書館から出る。
「用事は済んだの? 終わり?」
有り難いことに、伝承書には『大魔王は、最期に現れる魔王である』という記述があった。この世界には既に『大魔王が最期の魔王』という噂が広まっており、それを知った俺のお約束と誓約によって真実に裏返るだろう。
こういった伝承書がなければ、無理にでも噂を広めようと思っていたが、その必要はなかった……大魔王さえ倒せれば、俺の役目はおしまいだ。
「付いてくるな」
「でも……だって……」
立ち止まると、無言で俺から距離をとる。首を締めてやったのが、多少は効いたらしい。
「『でも』、『だって』、『なんだ』?」
「勇者に殺されちゃうもん……シキ以外にも、たくさんいるんでしょ、勇者……こわいもん……死にたくないし……」
「俺は勇者じゃない。ただの村人Aだ」
「うそ……ほんと……?」
「なんで、そう思った?」
おどおどとしながら、教科書を抱き込んだ彼女は言った。
「だって、この身体になったわたしよりずっと強いし……それに、わたしのこと助けてくれるし……勇者様みたいだなって……」
「誰が助けるなんて言った。俺はお前を殺そうとしてたんだ」
「でも……」
「『でも』、『なんだ』?」
接続詞の多用にうんざりとしながら尋ねると、紅色の長い髪をもった彼女は、窓から差し込む陽光で橙色に光る。
「魔王に好かれるなんて、そんな村人Aなんていないんじゃないかなって……第二の魔王くんだって、シキのこと『師匠』だって呼んで慕ってたし……前にも言ったけど、わたし、人のことなんて好きになったことないんだよ?」
「なにがいいたい?」
「シキは、特別なんだと思うな」
もじもじとしながら、第三の魔王は上目遣いになる。
「たぶん、シキは、本当の勇者様なんだよ。魔王みたいなのも救ってくれる、おとぎ話に出てくるような真の勇者様。だから、第二の魔王と第三の魔王にも好かれてるの」
ただの主人公補正だろ……と思いつつも、本当にそうなのかと、俺は自分でも疑問に思っている。
もし、第三の魔王の言う通り、俺が真の勇者なのだとしたら、主人公補正によって魔王と敵対する方向に流れが運ばれる筈だ。だが、そうなってはいない。つまり、別の要因があるということだ。
それがなんなのか……まぁ、大した理由ではないだろう。
「おい」
呼びかけると、第三の魔王は小首を傾げる。
「学校に行くのが目的だって、言っていたよな?」
「うん」
「なんで、学校になんて行きたい?」
「……ママと約束したの」
表紙が破れて、インク染みの出来ている古臭い教科書……それをぎゅっと抱きしめて、第三の魔王は言った。
「ちゃんとした学校に行って、お勉強して、有名な魔法使いになるの。ママに美味しいものを食べさせて、綺麗なお洋服を着せて、海とか山に遊びに行って、いっぱい笑ってもらうの。ママはね、美人だから、とっても笑顔が綺麗なのよ」
「…………」
「ママはね、今は病気で寝込んでるけど、絶対に元気になって一緒に遊んでくれ――」
思わず、彼女の口を塞ぐ。
「……言うな」
吐き気をもよおしながら、俺はささやく。
「ごめん……それ以上、言うな……クソ、もう発動したか……どこから……俺はなにをやってる……ちくしょう……」
疑問で丸みを帯びている瞳――たった今、俺のお約束の効力で、母親が息を引き取ったのかもしれないのに――口端には、微笑みをたたえている。
病気で寝込んだ母親、十中八九、お約束が発動すれば、死に別れることになる。だが、完治フラグでもあるのか? そもそも、魔王に母親? 人類の敵に感情移入してどうする、殺害対象だぞバカか。
ぐるぐる思考が渦巻く中、鎧姿の連中が、真っ直ぐ廊下を突き進んでくるのが視えた。彼らは既に抜剣していて、何事かを叫びながら生徒たちを掻き分け、俺たちを指差して駆け寄ってくる。
征伐騎士団……しびれを切らして、第三の魔王討伐に乗り出してきたか。
「夢を語れば、次にくるのは“障害”か。王道のお約束だな」
「シキ……」
こちらを見上げる不安げな面持ちを、俺は真正面から見つめる。
――よくできました
あの三人組の愚直なまでの信頼を思い出した俺は、第三の魔王を抱え上げる。
「え、え、えっ!?」
『しょうがないから、俺が守ってやるよ』
少女漫画のお約束――お姫様抱っこ。
謎の花びらがどこからともなく舞い上がり、廊下を覆い尽くして、こちらに向かってきていた征伐騎士団たちの視界が埋まる。彼らの進行がものの見事に止まって、女子たちの黄色い悲鳴が響き渡る。
『しっかり、掴まってろよ』
「は、はい……」
人類の敵を抱えた転校生は――恋物語を発動させた。




