三編みとメガネを外したら美少女
「「「大魔王の復活ぅ!?」」」
手紙で校舎裏に呼び出されるというお約束を用いて、勇者たちを呼び出した俺は、絶対に誰の邪魔も入らない状況で報告する。
「正直言って、埒が明かない。このまま際限なく魔王が湧くようであれば、俺であろうともいつかは敗けかねないからな」
「あの、その、えっと、それって、どうすればいいんでしょうか……」
「今直ぐ、俺が隠居するのがベストだろうな」
三人は顔を見合わせ、俺はため息を吐く。
「なぜ、そこまで俺に固執するんだよ。わけがわからない。所詮、金でつながった雇い主と労働者の関係性だろう?」
「逆にシエラからご質問を返却しますが、なぜに、シエラたちを助けようなんて思ったんですか?」
――だーいじょうぶ! 善い行いは神様もわたしも視てる! だから、シキは、立派な善人になりなさい!
……いや、もう、あんな言葉を思い出す必要はない。神が善悪を判別するなんて戯言、とうの昔に虚偽だと立証されている。
「あのね、シキ」
会うなり、鼻血をだらだら流し続けていたⅢ号は、大真面目な顔でささやく。
「わたしたちは、あんたが真の勇者だっていうことを、皆に知らしめてやりたいのよ。その格好いい顔も含めて、わたしたちを助けてくれたあんたが、世界を救った善人だって言いふらしたいの」
「……善人、ね」
思わず、鼻で笑う。
「俺がやってきたことを知れば、そんな戯言、ほざけなくなるさ」
「な、なんで、そんなに拒むんですか……」
ぎゅっと拳を握り締めたⅠ号に対して、優しく微笑みかける。
「村人Aが、勇者の仲間になることなんてない――お約束だ」
彼女は、震える足で、一歩踏み出して――
「で、でも、だとしても……」
前髪の隙間から、蒼い瞳で俺を射抜く。
「ともだちには、なれるんじゃないですか……?」
「おしゃべりは終わりだ」
手を打ち鳴らし、強制的に話の流れを変える。三人組はまだこの無駄な時間を過ごしたかったようだが、お約束の効力によって場の雰囲気が一変する。
「第三の魔王には、戦闘の意思表示はない。戦闘能力に関しても、脅威には至らないだろう。
だから、お前らが殺せ」
「いやです」
Ⅱ号は、どこを視ているんだかわからない半目で言った。
「いやです」
協調するかのように、Ⅰ号とⅢ号が頷く。
「状況を理解してるか? 大魔王の復活を目論んでいる以上、第二の魔王も第三の魔王も生かしておくわけにはいかなくなった。女王蜂を殺すためには、巣を破壊して、そもそも生まれさせなければいいだけの話だ」
「お約束通りなら、殺したところで、大魔王は絶対に復活するわよ。あたし、そのパターンで、復活しなかった場合なんて視たことないもの」
「だとしても、みっつの魔王よりは、ひとつの大魔王だ。アイツらがいつまでも大人しくしている保証なんて、どこにも有りはしない」
「ですが――」
俺は、反論しようとしたⅡ号の頭を掴む。
「魔王は勇者の手で倒される……この世界のお約束だ」
『勇者様、魔王がこの学園で復活しました!!』とでも言って、この学園を魔王城に見立てれば、この三人は間違いなくお約束と誓約によって、あの魔王を殺すだろう。
後は油断しきっている第二の魔王を無力化して、同じようにして首を撥ねさせれば終わりだ。大魔王復活までの間の有力性を確保できる上、復活阻止のチャンスもある。
『…………』
俺は正しい。俺は正しい筈だ。
『…………』
俺は正しい筈なのに――なんで、コイツらは、信じ切ったような顔で間違ってるんだ。正反対が正解だと言わんばかりに、俺が言わないと思い込んでるみたいに、そんな風に笑ってられるんだ。
『…………』
――ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……
繰り返すな。
『…………っ』
――ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……
繰り返すなよ、シキ。
『…………っ!』
――ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……
俺は、早く、終わらせるべきなんだ。こんなところ、いちゃいけないんだ。
なのに、なんで――俺が手を離すと、Ⅱ号はニッコリと微笑んだ。
そして。
「よくできました」
つま先立ちをして、俺の額にそっとキスをする。
「……殺すぞ」
「はいはい、よしよし」
ぴょんぴょん跳ねながら頭を撫でてきて、その手を振り払った拍子に、三編みとメガネがとれて美しい顔立ちが露わになる。
「しまりました。シエラが美少女であることが、白日の下に露出プレイされました。いやん」
「ずるい!!」
駆け寄ってきたⅢ号に足払いをかけると、三編みとメガネが吹き飛んで、太ももを晒した彼女は色気のある声で「あっ……」とささやく。
「こ、転んだせいで、実は美少女であることがバレてしまったわ!! 困ったわね!! シキがわたしに惚れちゃう!! 式場はどこでもいいから!!」
「あ、あの、えっと」
お約束が、連鎖している……呆れながらもⅠ号に目線をやると、彼女はおずおずと三編みメガネを外す。
「……じ、じつは、び、美少女でしたぁ」
首元まで真っ赤になった彼女を、じっと見つめる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「あ、死にますね」
躊躇なく切腹しようとしたⅠ号を、Ⅱ号とⅢ号が羽交い締めにする。抜剣したⅠ号が戦闘モードになったせいか、二対一にも関わらず、なかなか良い勝負になっているようだ。
見学していると、Ⅲ号が急に顔を上げる。
「あ、そうだった」
彼女がなにかを思い出した瞬間、全員の目の色が変じて――
「「「ずっと前から、好きでした」」」
手紙の内容通り、校舎裏で告白してくる。
「……今更、発動するのかよ」
時間差で発動したお約束を受け止めた俺は、イケメン転校生らしく『ごめんね……僕、好きな人がいるから……』と断りを入れて歩き出す。
大魔王の復活が阻止できないにせよ、やるべきことがひとつだけあった。




