お約束術師の俺は『やったか!?』と叫ぶだけで、パーティーメンバーを復活させることができる
剣閃――勇者Ⅰ号の剣戟によって、魔王の黒衣が切り裂かれる。
「シエラ!! 撃てッ!!」
「はい!!」
勇者Ⅱ号の目と指先が蒼色に光り輝き、宙空に描かれる現術書素。『火炎よ、焼き尽くせ』の文字列に従って現実が書き換えられ、数メートルはあろうかという魔王の巨体が燃え上がる。
「その程度の魔法、効かんわ!!」
黒衣を打ち払い、魔王は指を鳴らす。
瞬間、現術書素が発現し、雷撃がⅠ号の体躯にめり込んで、彼女は壁をぶち抜きながら転がった。
「ま、待ってて!! 今、回復を――」
「遅い!!」
必死に駆け寄ろうとしたⅢ号の前に暗雲が、そこから飛来した雷槍に貫かれて、小さな少女の肢体が崩れ落ちる。
「く、クソ……なんて強さだ……コレが魔王……!」
「絶望するがいい、勇者どもよ。貴様ら如き塵芥が、我が死の抱擁から逃れる術はひとつたりともない。
今、ココで死ぬがよ……い……?」
格好いいセリフの途中で、くるりと魔王が俺の方を振り向く。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……え、俺?」
魔王側に座り込んで、ひとりボードゲームに興じていた俺が顔を上げる。
「……貴様、なぜ、我の側にいる?」
「え、ダメなの?」
「いや、貴様、勇者の一員だろうが」
「あー、違う違う。俺は勇者なんかじゃなくて、ただの端役のひとりね。世界の命運やらを握ってるのは、そっちにいるⅠ号からⅢ号まで。悪いけど、俺って、世界を救いたいとかそういうの興味ないから。
ただの雇われ村人Aだから、よろしく」
そう言った俺は、片膝を立てて鑑賞モードに戻る。
何重にも重ねられた防護の呪文、カスみたいな魔力量、やる気がなさそうにしか視えないぬぼーっとした面構え。
脅威には当たらない、防護呪文を剥がすのにも時間がかかるし、後で処理しようと思ったのだろう。魔王は残るⅠ号に向き直り、口上をまくし立てた。
「さぁ、今、ココで死ね!! 我が最大の魔法をもって、貴様らに安寧の棺桶を!! 永久の惰眠を貪るがよい!!」
そう言って、魔王は両手を組み合わせて――おぞましい闇の魔法を練り上げる。
厭悪、憎悪、害悪……そういった悪しき感情を綯い交ぜにしたみたいな、視ているだけでも吐き気を催すような邪悪が顕在していた。ココまでの現術書素を完成させるのには、並外れた努力と嫌悪がなければ成り立たない。
「ま、まずい……アレは……!」
「死ねっ!!」
そして、闇の魔法は解き放たれる。
耳をつんざくような大凶音、四肢が吹き飛ぶかと思うほどの衝撃、壁と天井が崩れ落ちて土煙で場が満たされる。
勝ち誇った魔王の顔、俺は駒から手を放し、彼の隣に立って叫んだ。
『やったか!?』
「え……なんだ、貴様……なにを急に――なんだと!?」
土煙の奥底に、三人の人影が視えた。
あれだけの大火力、本来ならば塵ひとつ残るはずもないだろう。魔王の驚きようも理解できて、後退りする彼は「ば、バカな……一体、なにが……」とか言ってしまっている。
『しかも、無傷だと!?』
「えっ」
そして、土煙が晴れ渡り、今までの激戦はなんだったのかと思うくらいに、汚れひとつない姿の三人が現れる。
『あ、有り得ん!! 今の攻撃を食らって無傷だと!?』
「貴様は、先程から、なにを……まぁいい、小癪な!!」
魔王は、再度、闇の魔法を練り上げて――撃ち放つ。
見上げたことに、先程の魔法よりも更に威力が増していた。足場に補強呪文がかけられていなかったら、とうの昔に星の中心へと落っこちていただろう。
巻き起こる砂煙……今度は自信があるのか、魔王はニタァと笑った。
「フハハハハ!! 儂の最大火力による魔法!! 貴様らには為す術もな――」
『やったか!?』
「なんだ、貴様、さっきから!?」
砂煙の奥底に、三人の人影が視えた。
『し、しかも……無傷……だと……?』
そして、完治している三人組。
魔王は呆然と立ち尽くし――全身を震わせながら、俺の方を見つめた。
「よもや、貴様……まさか……その力……」
あくびをしながら、俺は応える。
『魔王様!! 勇者たちは、想像以上に強い!! ココは、一旦、退い――バカな!? 疾い!!』
死の間際の一瞬、魔王は我を取り戻したかのように――微笑んだ。
「……大きくなったね」
そして、大声を張り上げる。
「だが、忘れるな、例え儂を倒そうとも第二、第三の魔王が――」
寸断、首が落とされる。
首の傷口から勢いよく噴出する闇、闇、闇。天へと飛びだった暗黒は麗しき光に貫かれて、消滅していった。
諸悪の根源、魔王の死を目撃した勇者たちは、唖然として立ち尽くし――
「「「や、やったぁああああああああああああああああ!!」」」
はしゃいで、涙を流しながら抱き合った。
「…………」
興味のない俺はボードゲームを回収し、魔王城からひとり立ち去っていった。
魔王討伐を成し遂げた勇者様たちが、隠居した俺を呼び出したのは数日後だった。
祝勝の雰囲気が漂う酒場、三人組の腰掛けるテーブルを見つけて座り込む。
「あの、先日は、ありがとうございました……」
勇者Ⅰ号――前線に立って剣を振るって戦う『剣武の士』。
金色の髪に蒼色の瞳、目立つことを良しとはせず、いつも村娘のような服装を着ている。だが、その美しい顔立ちのせいで、逆に目立ってしまっていた。
この勇者パーティーのリーダーも務めていて、性格も腕も実直な故に応用が効かない。戦いの時だけは勇ましくなるが、普段は前髪で顔を隠す赤面症で、今ももじもじとしていて自信がなさそうだった。
「なぜ、ひとりで、おかえりになられてしまったのですか。お礼くらいは言わせるべきですよ。そういった失礼な態度が、後々、不和やらを招くということを理解してください。もちろん、貴方には感謝してますが、一般常識くらいは身に付けて欲しいなと思っています。まる」
やかましいのが、勇者Ⅱ号――後衛の『呪投の士』だ。
黒色の髪、赤色の瞳。声は小さくてかすれており、いつも半目なので無気力症に陥っているようにしか視えない。それでいて、長口上を要する。
この勇者パーティーの戦術立案をしているのはコイツだ。とは言え、まともな勉強も積んでない上に、攻撃のために対象を捉え続けなければいけない『呪投の士』なので戦術家には向いていない。
「……ふん」
そっぽを向いたフリをして、俺に見惚れているのが勇者Ⅲ号――後衛の『教義の士』。
銀髪の癖っ毛をもつエアリーショート、対象的な金色の瞳。男嫌いだと聞いていたが、なぜか俺に惚れている(ブサイクに視える筈だが)。
正直言って、コイツには癖らしい癖がない。オーソドックスだ。それ故に扱いやすいが、一定以上の成果は望めない。もちろん、勇者であるからして、一般人とは魔力量からして段違いなのだが。
「あ、あの、その、なぜ、王城の祝宴には出席されなかったのですか?」
髪の隙間から、赤面しているⅠ号がちらちらと俺を視てくる。他者との接触が苦手なのだから、会話は他メンバーに任せればいいと思うのだが、リーダーの責務とやらに囚われているのだろう。
「興味がないから」
この返答は事実だが、招待状が届かなかったのもまた真実だ。
「で、ですが、その、今回、魔王討伐を成し遂げられたのは、ま、間違いなく、そのシキ様のお陰です」
「あぁ、気をつかわなくてもいい。金はもらったし。それで、俺は十分。輝かしい舞台も栄光も、権威も名誉も必要ない。俺に必要なのは生命を保持するのに必要なだけの端金と、俺の能力を口外しない依頼者だけなんでね。
用件は済んだ? じゃあね」
立ち上がると、勇者三人も立ち上がる。
「……まだ、なにか?」
「シエラたちは、もう一度、貴方と一緒に戦って欲しいと願っています。なぜならば、まだ、魔王軍の残党である四天王に生き残りがいるからです。リーダーである火のヴェルスガンデは、魔王にも匹敵する強さをもっているとまで言われておりま――」
「わかった、待ってろ」
俺は酒場を出て行って、数分で用事を済ませ――戻ってくる。
「四天王は、全員、討伐した」
「「「は!?」」」
唖然とする三人組のテーブルに、今回の依頼料を記した紙切れを残し、俺はいつも通りまぶたの半分を下ろして猫背になる。
「は、はぁ!? あんた如きに、四天王が倒せるわけないじゃない!! でも、それが事実だとしたら、超かっこいいわね!! よかったら、結婚してくれない!?」
まくし立ててくるⅢ号を無視し、俺は店の出口にまで進む。
「土のヴォルフガングに、火のヴェルスガンデが討伐されたと誤認させ『フフフ……奴は四天王の中でも最弱……』とささやいてきた。コレで残りは雑魚になったから、そこらの村にいたガキに『力が……欲しいか……?』と訴えかけ打倒させたんだよ」
この世界には不文律……所謂、『お約束』と呼ばれるものが存在している。
俺にだけ視えているその不文律は、口に出したり行動を起こしたりするといった“干渉”によって世界を書き換える。『やったか!?』と言えばやってないし、『今の攻撃を食らって、ただで済むわけがない……』と言えばただで済む。
それが、俺の特別な能力――お約束の誓約だ。
「い、いや、あの、お待ち下さい!!」
立ち去ろうとする俺に、なおも追いすがってくる。さすがに面倒だなと思ったので、Ⅰ号の側に踏み込んで『このパーティーから……抜けて欲しいんです……』とささやいた。
その瞬間、彼女らの目の色が変わる。
『抜けて欲しいって……きゅ、急になんでだよ……』
「理由を言わなければわからないんですか。驚きの察しの悪さですね。貴方が無能だからに決まっているからじゃないですか。ばーかばーかばーか」
「あんたなんて、顔が私の超タイプって以外、なんの取り柄もないもの。いつもいつも、飯炊きと斥候、見張りくらいしかまともにしてないし。しかも、戦闘時には、なんの役にも立ってないじゃない」
『そ、そんなことはないだろ!? ま、魔王討伐時にだって『やったか!?』とか『しかも、無傷だと!?』とか言って、俺なりにサポートしてたじゃないか!?』
「なにをバカなことを言うのですか。そんな意味不明なことを言っても、パーティーにとってなんのサポートにもなりませんよ。いつもいつも、敵側に立ってはわけのわからない言葉を吐き、それでサポートしているつもりですか」
「あんたなんていなくても、私たちは十分やっていけるもん。とっとと、やめてくんない? クビよクビ」
『……わかった、抜けるよ』
嘲笑する三人組から背を向け、酒場を出て――お約束がとけた三人が、泣きながら俺に追いすがってくる。
「ひ、卑怯!! あの、その、卑怯、ですよ!! お、思ってもないことを言わせるなんて、ひ、酷い!!」
思ったよりも、お約束が解けるのが早いな。あまり本腰を入れて、唱えなかったからかもしれない。
「いや、あのさ、もう俺に用件もなにもないよね? いい加減、解放して欲しいんだけど……これから、辺境でスローライフするか、君たちに復讐しないといけないからさ」
「やめてください!! 容易に殺される!!」
「で、なに?」
ぬぼーっとした顔つきで彼女を視ると、赤面したⅠ号は手ぐしで前髪を整える。
「あ、あの、その、わたしたちと一緒に暮らして欲しいんです!!」
「……なんで?」
「エフィ、それでは、なにも伝わりませんよ。視てください、この間抜けたお面構えを。事態が把握できず、唐突にこの世界が終わりを迎えた系のお顔をしてらっしゃいます。きちんと、事情を説明しなければ」
「あ、う、わ、わかりました……えと……」
長髪の隙間から目が合うと、Ⅰ号は顔を真っ赤にしてうつむいた。
「あの、その、ま、魔王討伐の報酬のひとつが、その、大きな館でして、それであの、それは山分けできないので、よかったらご一緒に住めたらと、その、思いまして」
「断る」
歩き始めると、Ⅱ号とⅢ号に両腕を掴まれる。
「ま、待って!! 待ってよ!! 美少女三人と同棲生活とか、普通は断ったりしないじゃない!! あんたみたいな陰気なヤツが、そうやってクールぶるのやめてくんない!! そういう素っ気ない態度が、すごく女心をくすぐるんだけど!!」
「そうですよそうですよ。今、巷で話題になっている美少女勇者三人と暮らせるなんて、夢のまた夢を通り越して現実みたいな話ですよ。お得ですよ。こんな割引キャンペーンを超えた超お得な機会はまたとないですよ。富も名声も女心も、ぜんぶ、貴方のものになってうはうはわっほいですよ」
「俺は、お前らに興味がない。お前らの思惑は知らないが、依頼者以上の感情は抱いてないんでね。
悪いが、家でひとりボードゲームの時間だ」
そう言って立ち去ろうとすると、服の裾を掴まれる。
振り向くと、震えているⅠ号が涙目でこちらを見つめていた。
「……なに?」
「あの、その、だっ、だったら、い、一緒に、ボードゲーム、しませんか?」
俺の両目が――見開く。
「なん……だと……」
「あ、あの、その、ですから、えっと、ひ、ひとりでボードゲームじゃなくて、わ、わたしたちと一緒にボードゲーム、しませんか? あ、あんまり、得意じゃないと思います、けど、一緒に暮せば、ま、毎日、できます」
「…………」
ボードゲームを……複数人でプレイできる……まさか、そんなことが、可能なんだろうか……か、考えてもみなかった……てっきり、ボードゲームはひとりでやるものかと……た、たしかに、ルール上、まるで複数人で遊ぶように出来ている気がする……もしかして、四人で遊んだらすごく楽しいのか……ひとりで遊んでも、とても楽しいのに……?
俺の困惑を好機と受け取ったのか、Ⅱ号とⅢ号が腕を引っ張ってくる。
「毎日毎日毎日、嫌と言うほど、ボードゲームがプレイできますよ。びっくり仰天のお得キャンペーン、はいはいいらっしゃい、今のうちだけだよですよ。この機会を逃したら、シキさんなんて、誰も相手にしてくれませんよ。よってらっしゃいみてらっしゃい」
「そ、そうよ、そうよ!! あんたのそのぬぼーっとしたお間抜け面浮かべたやつと、ボードゲームプレイしてくれる人なんていないんだから!! まぁ、でも、私は超タイプだけどね!! 一生、眺めてられる!!」
「……まぁ、依頼料の代わりにはなるな」
三人組は、顔を見合わせる。
「契約だ。お前らの保有する館の管理をする代わりに、お前たちにはいついかなる時でも、俺とボードゲームをプレイする義務が発生する」
「あ……」
花弁が開くようにして、Ⅰ号は笑った。
「はい」
三人組は「やったー!」と叫んで、お互いに抱き合っている。
たぶん、彼女らは、魔王討伐という大事を“俺のお陰”でやり遂げたと思い込んでいて、故に、今後自分たちが勇者として振る舞えるかが不安なんだろう。
勇者に選ばれたと言えども、立派な装束に身を包んでいようとも、王侯貴族の祝宴の主役になろうとも――コイツらは、ただの子供なのだ。
彼女らは保護者を必要としていて、白羽の矢が立ったのは、俺というろくでなしだった。実際に魔王の首を落としたのはこの女子供たちで、彼女らは自分がどれだけ化け物染みた力を有しているのかを知らない。
そして、俺のボードゲームの実力も知らない。
「後悔するなよ」
俺は、ぼそりとつぶやく。
「悪いけどね、俺は、子供の頃からボードゲームが強い。盤上を支配することについては、異様に長けてるんだ。
果たして、永遠に負け続けることに耐えられるかな?」
「あ、も、もちろん、シキさんはとても頭が良いのは知ってるので、えと、か、勝てるとは思ってません。その、えっと、ご、ご教授、頂きながら遊ばせて頂けたらと」
「殊勝だな、嫌いじゃない。
さぁ、席につけよ。格上として、早速、ご教授してやるから」
そして、酒場のテーブルで、ボードゲームを始め――朝を迎えた。
「…………」
「お、お客さん、いい加減、帰ってもらえ――」
『バカな、有り得ん……こんなことが……あるわけがない……』
「あ、あの、えっと、その、シキさんって」
記念すべき百敗目を喫した俺は、疲労を滲ませた笑顔を浮かべるⅠ号を見つめる。
「ボードゲーム……すごく弱くないですか……?」
リタイアして床で寝転がっているⅡ号とⅢ号は、うめき声を上げながら亡者のようにして片手を痙攣させている。
「……もう一度だ」
「え?」
『もう一度だ……構えろ……俺が負けるわけがない……』
「あ、あの、その、え、えと、そういうこと言っちゃうから、お約束が発動して負けちゃうんじゃな――」
「いくぞ、俺のターン」
「え、えぇと、あの、腕が痙攣して動かないんですが……また、明日にして……う、うぅ……」
Ⅰ号が構えたまま気絶するまで、ボードゲームは続き――その夜、第二、第三の魔王が目覚めた。