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面長の人

作者: つちひさ

北海道ではなくとも野生の狐はいるのだ。そんな話はあとから聞いた。だから道端で狐を見つけたときは子犬か何かだと思っていた。


 秋の夕方はもう夜に近く、もう手元はみえづらい。子犬か何かかと思ったその生き物はやけに顔がほっそりしていた。


 その生き物は皮膚病にかかっていてか毛が抜けていた。みすぼらしいし弱っている。近づいても逃げない、ただけして目は会わせない。


 そのみすぼらしい生き物に触ってもいいのか迷ったが、かわいそうだというエゴに勝てなかった。


 その生き物は黙って車にのせられ、動物病院に連れていかれた。その時、初めて狐とわかったのだ。


 そのあとのことはよくわからない、ただ自然に返されたのは間違いないようだった。



 それから冬が過ぎ、春が来た。飲み会は誘われれば行くが、自分から企画まではしたくない。普段は端の方で誰かの話を聞いている。


 なのにその日のコンパはせわしなかった。他の大学との合同の上に会計をしていたのだ。


 全員から会費を集めたときにはもう部屋いっぱいに会話がみなぎり、食器の音までうるさかった。座布団の境に座るやつや、やたら後ろに背を投げ出す奴のせいでもう座る場所が近くにはない。


 仕方なく立ち上がり部屋を見渡すと一人の女性と目があった。


 目元から鼻のあたりまで距離がありすぎる以外は、端麗な顔立ちだ。新入生らしく誰とも話をしていない。ただ、会計をしたはずなのにどの大学の生徒か思い出せない。


 なぜかそこだけすっぽり音が消えている。その女性の横は空いてはいなかったが割って入ることにした。

「こんばんわ」

うわずった自分の声に場馴れしていないことを恥じた。



「変ね、つむじが二つある。」

私のつむじをいじりながら、微笑むその面長の顔立ち。

 そこに埋め込まれた黒目がちの瞳。染めているのかと思ったぐらいの淡い髪、まつ毛、ほっそりとした首筋に浮く鎖骨。


 あれから私たちは恋人になった。


 この時代にスマホを持っていないという話にめげずあの日の翌日に会うことにした。

 夕方のカフェのテラスは人はまばらで、彼女が現れたときにはもう外の光はコントラストを産み出せないでいた。


 必要以上にしゃべらない人で、口元にてを当て小刻みに笑う。それが相づちのようなもので、あとは頷くばかり、そのしぐさも愛らしい。交際を申し出たときもそんな様だった。


 彼女は決まって夕方に来て朝早く帰る。どうかするとまだ私が寝ているうちに帰る。


 春分はとっくにすぎて夏至が近づく頃には毎日来るようになった。ただ、帰る時間も早くなっていった。

 

 

 その日は早く目が覚めた。彼女はもう、帰り支度をしている。長い髪ごしに細いか肩が見える。

 なんども触れたその背中はもう触れずさえ形が分かる。私は彼女のてを握ると引き寄せた。


 後ろ髪を掻きあげ唇をそっと近づける。きっとひんやりとした感触を彼女の肌がくれるはずだった。


 それは肌ではなかった。何かこう、筆でも触るような。

目を見開くと彼女のうなじには一面、毛が生えていた。


 次の瞬間、一陣の風が部屋の中を吹き抜けた。開け放たれた窓際にカーテンがはためいている。斜度の浅い陽光が私の瞳に刺さった。


 彼女は消えていた。彼女のことを友人に訪ねても皆、存在すら知らなかった。

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