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セブンティーン

作者: どる

 サーティーワンアイスクリームは確かにおいしい。安定感のあるワッフルコーンに、思わず噛みついてしまうほどの粘り、そして甘く濃厚な味わい。値段はちょっと高いけど、その味は決して裏切らない。でも2段頼んでもう1段ついてくるとかいうサービスは要らないと思う。だからどちらかというと、単純で不恰好なセブンティーンアイスの方が、俺は好き。

「垂れる、垂れる」

 暑さのあまり無表情になった友人の声に、はっとして手元を見る。コーンの上に堂々と球体を構えていたはずのバニラ味は、力をなくして俺の指にもたれかかっていた。あーあ、せっかく240円したのに、俺の体温を下げないで勝手に溶けるなんて冗談じゃない。人差し指と中指と薬指が、気持ち悪い、冷たい、ベトベトする。

「俺のアイスがメルトォ―――!!」

「叫ぶな、暑い」

 確かに暑かった。そしてさっきの勢いでアイスがごっそり足元に落ちた。潰れたカエルみたいになって液体に変化する240円は、とろとろと重力に従って流れていく。右手では空っぽのコーンが俺を小馬鹿にしていた。腹が立ってそれをぐちゃぐちゃに踏み潰してしまおうと思ったけれど、これもお金のうちだということを思い出し、しょうがなくかじり始める。数秒前まで俺はアイスを食べていた。今はモナカの皮だけを食べている。流れ続けた240円は、虚しくも排水溝の網に食べられてしまった。

「ぼーっとしてるからだよ」

 隣に座る友人が、舌を抹茶色にしながらそう言った。

「……セブンティーンアイスが食べたい」

「あれのどこがおいしいんだ」

「俺はセブンティーンアイスを食べて育てられた。いわば俺の親だ!」

「お前も溶けてしまえばいいのに」

 お昼を過ぎた太陽はさらに熱を上げ、高温を町に叩きつける。こめかみから汗が落ちて、地面に吸い込まれた。アスファルトに付いたはずの染みは、みるみる太陽に乾かされて消える。駄菓子屋の日陰に座っていても、直接焦がされている様な錯覚に陥る。ふと、小学生の頃に虫眼鏡でいたずらして焼いたアリのことを思い出した。さっきまでちょこまかと動いていた黒い粒が、あっという間に灰のクズになる。アイスみたいに蒸発してしまう前に、俺はあんな出来損ないのミディアムになってしまうんじゃないだろうか。出来ればステーキではなくしょうが焼きになりたかった。

「……暑い夏だな」

 友人が、膝に肘をつけてうな垂れる。

「……夏い暑ですね」

 俺が、暑さで思わず敬語になる。

「セブンティーンアイスの自販機なんて、もうあんまり見ないぞ」

「市民プールの中にあるじゃん。そうだ、市民プールに行こう!」

「あそこもう無いよ」

「うっそー!」

「大腸菌が流行ったじゃん。だからもう終わりだって」

「ありえねー!」

 暑さのあまり勢いがついて、これでもかと言うくらい腹から叫んだ。俺の声が遠くの山並みにこだまして、そのうち入道雲に吸い込まれた。

「なんか、もう、暑過ぎて、どうでもいい」

「あ、そ」

 ばりん。最後のコーンが跡形も無く消える。足元に視線を下ろせば、メルトしたアイスもいつの間にか跡形も無く消えていた。網目の排水溝に一滴残らず食べられてしまったのか、はたまた意地悪な太陽に塵と化すまで焼かれてしまったのか。どちらにしろ、俺の240円は自然に還っていた。

 暑さで朦朧として、最後には二人とも言葉を発さなくなっていた。何もする気が起きない。もうどうにでもしてくれ。楽になる為なら、いっそステーキになってしまっても構わない。

 そうやってどうでもいいことに思考を巡らせて、ただぼんやりとしている。すると、目の前の人気の無い道路を軽トラがのろのろと通り過ぎて行く。今にもガス欠しそうな音を上げながら、荷台の巨大な四角い箱を忙しなく揺らして歩いて行く。

「……なあ、荷台に何が乗ってるか、見える?」

 口を開いた友人にそう言われ、俺は暑さで揺れる視界を凝らしそれを見た。

「……自販機だな。側面に赤く『17』って書いてある」

 俺たちは徐々に、揺れる荷台を凝視し始めた。

「噂のセブンティーンアイスだよ。どこに行くんだろうな」

 古びたセブンティーンアイスの自動販売機。ガラスが太陽に反射してチカチカしている。方向的に、廃止になった市民プールから来たのだろうか。お互い黙ったまま、走って行く軽トラの後姿を見つめている。

 最後には陽炎の向こうに消えて見えなくなった。俺たちはどちらからともなくこう言った。

「追いかけるか」

 あの軽トラは亀の様に遅いけれど、果たしてこの照りつける太陽の下で俺たちはどれだけ追いつけるだろうか。確か、あの先には最近出来たばかりのサーティーワンアイスクリームがあるはずだから、疲れたらそこで休めばいいか。サーティーワンアイスクリームのサービスは余計だけど、喉の渇きが絶えないこんな時は、そんなに嫌いでもない。







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