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前編


 森を全力疾走する少女が一人、足元にある岩をぴょんぴょんと飛びながら、手近な大木によじのぼった。クマがよじのぼってくるのは時間の問題かもしれない――けれど、この下に飛び降りる勇気もなかった。


「やだやだ、死ぬのはヤダ!わたしまだこっちの世界来て一旗あげてないもん!」

 

 現代世界では異世界転移は流行っている。そのツアーパックを格安で購入して現代に還るという超初心者のためのチュートリアルを何らかのトラブルでふき飛ばされ放心していたところ、野生のクマさんに出会った。

 ゲームなんだから自分にも魔法が使えるんじゃないかと思い、中二病爆発で炎の魔法を唱えてみても何も出ず――恥ずかしさに悶え、むだに吠えてみる。


「ふぎゃああ!格安でツアー購入したから魔力無いんだった!あぁぁ、彼氏だけできれば良いや思ってたから――ああぁ、バカ、バカ、わたしのバカぁッ!」


 高値で購入すればバランスの取れたステータスが貰えるハズだった。しかし少女はバカだった。

 

「異世界のイケメンをつかまえるだけだから!学院通って逆ハ―築くだけだっての!そんなわたしに、クマは無いでしょ、クマは――!」


 1万円ではせいぜい、学院の入学金しか払えない。

 魔力なし底辺でも、イケメンに巡り合えればカップル間違いなしだねエヘヘと思っていた自分が恨めしい。その頃の自分に軽くビンタしたいくらいには、少女は今の状況を呪いたかった。

 ためしに片方の靴をクマにぶん投げてみると黒い鼻に命中。痛みにキレたのか、眉間に皺を寄せ、狂ったように体当たりしてきた。木が激しく揺れて、数枚の葉がちぎれ落ちていく。


「グオオオオオッ!」

「ひぃっ!激おこ?」


 ガリガリガリガリ


「けっしてクマ様を舐めてませんから、どうぞあちらにお行きなさいって!ひーっ!ヨダレ、ヨダレ出てる!ミンチ!ミンチはイヤぁぁ――!」


 何か無いか、自分にしか使えない裏技。

 どこの世界でもバグはあると願い、神さま仏様と念仏を唱えてみた。


「嫌いなピーマンとナス食べますから……あと、早寝早起きしてみますぅ。誰でも良いから助けて……!」

「時空爆発に巻き込まれた底なしに運がない女とは、おぬしのことか?」

「へ?」


 高身長、イケメン、銀の髪とくれば、少女のイケメンレーダーがヒットした。さっと手を伸ばしてみると空を掻くだけ、望み薄い気がして出鼻をくじかれる。しかし少女もくじけない――チッチッチ、と犬をおびき寄せるように相手を手招きしてみた。


「カモンイケメン!」

「運が無い上に頭の中がからっぽと見える……我はルドルグ――シールドマグナの世界の管理者なのだが」

「管理者?そんなの居ましたっけ?」

「おぬしら現代人と契約している最高管理者とは我のことよ。して、おぬしの名は家城うちぎミナだったか」


 ふよふよと浮かぶルドルグは、瞬時にあらわれた数枚の紙を取り出してミナの情報を読み上げた。ドキドキワクワク、ぶつかったら3秒後には恋に落ちるミラクルイケメンだらけの学園に通うイベントから始まるのだと当初は思っていたのだが。


「時空爆発で当初のイベントは繰り越しだ」

「へ?」

「家城ミナ、おぬしは我の手先となりて女神の覚醒を願いたい」

「はぁ?わたし逆ハー築くのに忙しくてそれどころじゃ」

「女神を救うまで、エンディングを迎えるまで学園には通えぬぞ。そして、この世界から抜け出すためには現代違約金で一千万円を払わねば、時空爆発の犯罪者として指名手配されたとしても?」

「プーが!ただのプーが一千万円も払えるわけないでしょ!わたしにリアルで死ねと?てゆーか、わたし死んでないよね?」


 身体を激しくペタペタ触って、実体があることに安心した。

 冷めた目をしたルドグルが首を振っている。


「おぬしは死んでないから安心しろ。我は守護することに長けているゆえ、時空爆発しても対象者は死なせん――さて、ここからが本題だ、心して聞け。シールドマグナの女神を覚醒することに協力しれくれれば、おぬしのステータスも普通に上昇するし、魔法だって使えるようにしてやる。どうだ、一万円で魔法を使ってみたくはないか?」


 脳足りんのミナはしばらく考え込んでみてから、こくりと頷いた。


「交渉成立だな。ではミナ、我の手を」


 白くて丸い複雑な魔法陣が浮かび上がり、ルドルグから受け取るとミナの身体に溶け込んだ。


「ミナ、経験値は使えザ・ザ・ザ・ザ――」

「ちょっとちょっと、いきなり砂嵐的な音響やめてくんない?てか、まずはこのクマなんとかしてちょーだいよ!」

「チートマータを使えるようにした。これは我からのプレゼントだ――良かったな、チートと名の付く存在が居て」

「何でわたし以外がチートなんだよ、わざとらしい!あ、こらまだ言いたいことがあるっての!」


 ルドルグが一筋の光となって掻き消えた。

 クマはしばらくひるんでいたが、ミナしか居ないと知ると再び体当たりしてきた。


「何か無いの、もうさいあっく!うぅぅ、炎、炎、え、出ないんだけど?ひぃぃ、の、登ってキタァ!ギャアアアアッ!」

 

 鋭く太い爪が大木に刺さり、体格の大きいクマはミナのとこまで登ってきた。

 

「もう良いから!何も無くても良い!」


 ――使いますか?


「ルドルグ!最初っからチートにしといてよっ!バカぁぁッ!」


 ――マイナスから使いますか?


「何にもないのに出せるわけないっての!マイナスでも何でも良いから使いなさいよぅっ」


 ――了解、【マイナス解放】


 機械音声がしたのち、周りが静かになった。

 恐る恐る見てみると、クマが動かない。

 そのうちクマの爪が大木から離れると、地面に強かに転げ落ちた。


「な、なんか知らないけどラッキー??」


 下を見ると、胴体が切断されたクマが横たわっていた。

 大量にしたたる血液をみると、絶命したかのように見える。


 ――ミナ様がマイナス解放と口頭でおっしゃっていただければ、この魔法は発動します。思考発動されるときは、さらなる経験値をいただくことになりますがどうしますか


「脳内でもだいじょうぶってこと?あったほうがいいよねぇ」


 ――了解。クマを倒した経験値を思考発動に割り当てます。これですべての魔法を思考発動できますが、解放していない魔法は使えませんのであしからず 

 

「使えないのにどーしろっての!てかそーゆー計算だと、クマ並みの奴をキルしてかないと、経験値なんて貯まんないじゃん!」


 ――経験値を使う方法もありますが


「ほうほう、経験値無いのに使うってどうやって」


 ――ステータス上昇しない代わりに、魔法をバンバン発動できます。マイナス解放は、いまのミナ様では一日一度が限度です


「えーー!わたしぜんぜん強くない!どーしてくれんの!てかさぁ……わたしの頭の中だけで喋んのやめてくんない?一人で喋っててバカみたいじゃん!」


 ――ルドルグ様は頭の中がからっぽだと揶揄されておりましたが……まぁ一理ありますね。ミナ様が笑いものにされないためにも、姿を現してみましょうか


「イケメンでよろしくね」

「わたしの姿を形作るのも、ミナ様が得る経験値からだとご理解願います」


 機械音声だったものがヒトに形作られて行く。

 ゲノム遺伝子はイケメンではなくショタになり、ニコちゃんマークのTシャツとジーンズをさらりと着こなしていた。


「どうでしょうか」

「将来イケメンになりそーだね。ショタは範囲外だけどよろしくね」

「……では、マグナについてご説明させていただいてもよろしいでしょうか」

「軽くでよろしくね。頭の中に入んないかもだし……あ、ねぇ、それとお腹空いたんだけど」

「ではクマ肉を捌きましょうか。ミナ様、まずは下に降りましょう。どうぞ、足元に気を付けて」


 少年の手を取って下に落ちると、ミナは血なまぐさい匂いに吐きそうになった。背中をさすられ落ち着くと、クマの死体から距離を取って岩の上に座る。

 少年は鉈とナイフを異空間から取り出し、毛皮を勢いよく剥いでゆく。血抜きをし、臭みを取るハーブや塩を空中でまぶすと、ふよふよと浮いたままの肉を観察した。


「万能だね……きみ何でもできるの?」

「ミナ様の経験値で何でもできます」

「勝手に使ってんのかい!」


 栗色の小さな頭に向けてパシリとはたくと、少年は涙目で睨んできた。


「ミナ様の命令第一ですので。で、クマ肉を焼きますけどどうしますか?残りの経験値を使いますか?」

「う……うん、いーよ。使っちゃって!」

「では【炎解放】これ以降、ミナ様は思考魔法で炎も使えるかと思います。経験値1につき、小炎1回ですね」


 ボオオオオッ!と火が噴き出し、異空間から取り出した鉄板をその上に敷いてクマ肉を焼いた。すでに臭みは抜けており、ハーブの上品な香りが鼻をつく。


「きみは料理上手だね……てか、きみの名前は?」

「チートマータに名はありませんが」

「呼びにくいから付けて良い?リクってのはどう?」

「リクですか?」

「うん……地上の生き物を倒してくれた強き者、陸。あなたとなら、良いパートナーになれそーだわ」

「強き者……良い名ですね、ミナ様、ありがとうございます」

「ところで、鉄板やハーブなんてどこにあったの?」

「ミナさまのご自宅にありましたが」

 

 テヘペロしながら言うリクに、ミナの身体はずっこけた。

 

「経験値もお金もありませんので、使えるモノは何でも使えと、ルドルグ様からのご要望です」 

「そりゃまー、借金持ちからスタートだもんね……ひもじいなぁ。ん!ニコちゃんマークのTシャツもどっかで見たと思ったらわたしの部屋にあった服とジーンズか」

「お察しの通りです。ミナさま、お肉焼けましたよ」


 見慣れたテーブルはミナの部屋にあったものだ。

 その上に白いお皿を乗せられて、続いて大きなステーキ肉を召し上がれと設置される。


「ありがとう……ミディアムで良かったのに焼きすぎやん。ちと硬いぃ」

「炎を調節するにはもう1つ経験値が要りますが?」

「ぜいたく言い過ぎました……トホホ」


 お肉ソテーしたものをリクと半分こ。

 ナイフで食べやすいように切ってもらい、口に運ぶとやっぱり硬い。モグモグ何度も咀嚼する。


「ご自宅の冷蔵庫からも調達できますので、ひもじい思いはしないかと」

「わたし居ないのに、食料だけ無くなってたらミステリーだよね?おかーさん怒らないかな☆」


 猫絵の描かれた愛用のマグカップが二つ、デカビタドリンクのペットボトルを異空間から取り出され、リクに注がれ乾杯した。のど越しにくる炭酸がたまらない。


「ミナ様とルドルグ様が会話していたときに、わたしからご挨拶させていただいたのでご安心ください。ただ、ミナ様に多大な借金があると伝えると、母君は無言になっておられましたが」

「ひゃーーっ!それ怖いやつよ……」

「こちらとあちらの世界の時は同じく過ぎますが、あちらに戻られるときは好きな時代に戻せますので、エンディングを迎えてからごゆるりとお戻りください」

「ん?エンディング???女神さまを覚醒させるだけではないの~?」

「女神の覚醒と、時空爆発の事故が起こった目的、シールドマグナの世界とあちらの世界の行き来の管理を、管理者ルドルグ様からもう一人のぺーパー管理者、ミナ様にもさせるとルドルグ様はおっしゃってましたよ」

「な ん だ と」

「『ミナみたいな脳足りんの人間が、シールド・マグナの世界に易々と来られてはマズいのだ。おちおち眠れん、発狂する』とのことで、逆ハーなど一切のハーレム要素を管理者権威でスキル削除されたみたいです」

「わたし来た意味ないし!そんなぁ~~!」


 よしよし、と頭を撫でられた。今の癒しはリクしかいない。


「えっとね、時空爆発したわりには、あちらの世界に干渉できるって何なの?」

「ミナ様たち現代人たちが安心してツアーが出来ないと、ルドルグ様はおっしゃってました。時空爆発ですので、どこの世界の者が、関わってきてるのかそれはまだ調査中なんです」

「意図的に狙われたとかないよね?わたしフツーの人なんだけど」

「何の目的で犯罪を犯したのかも突き止めないといけません。わたしも精一杯、管理者のミナ様に付き従います」

「わたしの経験値を使ってでしょ?」

「そうですね」

「はぁ~……」

「お肉は美味しいですね。ミナ様、明日も頑張りましょう」


 あちらの世界に戻ってベッドで寝たいと駄々をこねると、莫大な経験値をリクに渡さねばならないと言われてしまう。その経験値があれば、こちらの世界ではマーライオン像100個・庭付き豪華なお屋敷が一軒立つレベルだと教えてくれた。


「ねぇっ!経験値ありきな話だと、わたしここでは家を建てなきゃなんないの?」

「可能ですが、それはお嫌ですか?」

「う~~ん……そんなムズイこと言われても……」

「……」

「リク?」

「宿に泊まることもできますが、あちらの世界の生活水準に比べるとさすがにあまりよろしくないので」

「わかった。家を建てることも考えとくね」


 やらなきゃいけないこといっぱいだ。

 今夜寝て、明日起きると今まで喋ったことがぜんぶ抜け落ちそうで怖い。

 ハンモックらしきので、リクと添い寝させてもらった。その際、この近辺はぜんぶブラックホールの海に囲んでもらう。


 一日一度の上限なのに、経験値まで借金して【マイナス解放】してもらった代償は大きいかもしれない。願わくば、ブラックホールのなかに野生動物がいっぱい落ちていますように――

 



完結作品が欲しくて作ってみました。プロット無しだとこんな感じに…

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