オークに転生したけど荒ぶらず穏やかに暮らしてゆくつもりでした
オークに転生したけど荒ぶらず穏やかに暮らしてゆくつもりでした
「我こそは王国の将軍にして姫騎士プリムローズ! そこのオークよ、せめてもの情けだ剣を取る時間をやろう! さあ我が武勇の錆となるがよいっ!」
河原で釣りしてたんですよ釣り。
普通は誰かにとがめられたりとかしないじゃないですか、普通は。
なのに女の子二人がドコドコ現れて、その姫騎士様が何か金ピカの幅広大剣を突きつけてきたんです。
「むっふっふっ、プリムローズお姉さまにかかればお前みたいなヒデブゥなんて一撃の三枚下ろしですぅ! その活躍たるやもはや王国筆頭っ! 時代が時代なら天下の大将軍として中原を暴れ回っていたこと間違いなしのっっ、いよっ、ご褒美シール二重丸のスーパー姫騎士様っ! わぁっサイコーっ、いっそ抱いてっス!」
騎士様の姿たるや目がチカチカして直視出来ない。
なぜなら高級感ある白地の布服の上に、ド派手な金ピカ鎧が装着されて深紅のマントまでなびかせているのだから。
髪もそれと同じ色濃いブロンド。それが腰の長さで几帳面に切りそろえられて、それはもう美しき女騎士様だった。
「あの……俺ここで釣りしてるだけですし、出来ればノータッチの方向で……あ、ダメですか」
「何を寝ぼけたこと言ってるっスかこのボケオーク! オークといえば女の子さらって畑の作物喰い荒らす超危険種じゃないっスか! そうとわかればさっさとお姉さまの経験値にされるですぅ!」
従者の女の子が幼い唇を突き出した。
おそらく14歳前後、桃色のモダンカットがヒラヒラとあざとく揺れている。
まだ成長途上らしく規格が合う装備がないのか、布服の上に皮の胸当てと小手を付けていた。
かわいいけどその片手に持つ短槍は本物だ。
「早く剣を持て! 私に丸腰の敵を斬らせるつもりかっ!」
「そうだそうだーっ、さっさと見苦しく斬られるっス!」
仕方ないので武器に手をかけた。
立ち上がってそのオークソードを姫騎士様に身構える。
「いやあの、来ないで下さいよっ、こんなこと止めて下さい騎士様、俺はただ静かに暮らしてるだけ……うわぁっ?!」
問答無用ってこのことだ。
騎士様の眩しい大剣が閃いて、自分は無我夢中でそれを受け止めた。
オークソードとか言うと響きは強そうだけど、これ青銅をただ固めただけの鉄塊なんです。
「ほぅなかなかやるではないかっ! さすがはオーク、一筋縄ではいかないようだな!」
この人強い。筋力型の重戦士だ。
戦闘特化の巨体種族オーク、その俺の身体がズシリと衝撃に硬直する。
それなのに彼女の動きったら機敏で超マッハ、早くも次撃を繰り出そうと危険な溜めに入っていた。
「やっちゃえお姉さまっっ!」
「いざ覚悟っ!」
来るっ! 大地を踏み締め黄金の姫騎士が超大剣を薙ぐ!
こんなの食らったら鋳造剣なんて絶対折れるしコレ!
「っっ……! っっ?!!」
「あれ、お姉さま……?」
「ふ……ふぁ……ふぁぁ……」
「お姉さまっ、お姉さまどうされたっスかっ?!」
その気迫の美貌が苦悶した。
急激に赤面を始めて、それから一気にだらしなくトロトロに歪む。
「ふ……ふにゃっ、ふにゃっっ、ふぁっ、ふにゃぁぁぁぁぁ……っっ♪」
ドスンと剣と腰が地へと落ちた。
女の子座りになったまま、黄金騎士プリムローズはわけもわからず俺という緑色巨漢生物を見上げていた。
「お、おおおっお姉さまぁぁーっ?! どうしたっスかっ、お腹痛いんですぅ~?!」
「ふ、ふぁ……ふにゃぁぁぁ……♪」
従者が飛び付き介抱するも、その肩に手が触れるなり猫みたいに甘く鳴く。
……やっぱりこうなったじゃん。
ああ、はよ帰ってくれないかなこの人たち……。
実は死んでこの地に転生したんだけど、どうもこの常時発動スキルのせいでまともな生活もままならない。
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[種族・オーク]
[ガードカウンター・チャーム(パッシブ)]
・被ダメージとガード成功時に、敵対象へ誘惑効果を付与する。効果は男女を問わない。
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つまり相手がガチムチ巨漢のオーク兄さん方であっても、問答無用で誘惑効果が発動する。
ああ、恐ろしい力もあったものだ……。
だからオークの里を出て、かれこれずっとあちこちを転々、今はこの河原で暮らしている。
だってほらオークというのがこれ、諸兄らのご期待通り男ばかりの種族なんです。
そんな男と男による熱き戦闘部族の中で、こんなクソ不具合スキル持って生まれたらどうなることでしょう。
ヤバいです。ひとえにヤバいです。
もう故郷には帰れないくらいのハチャメチャ摩訶不思議修羅場アドベンチャーでした!
「こなくそぉ~っ、お姉さまによくも! よくもこんな美味しいシチュエーションを作ってくれたっスね! お前を亡き者にしてお姉さまはこのボクいただくっスぅ~!」
「ええっ?! いやもうやめましょうよ~! こんなことして何の意味があるんですかぁー!」
欲望とよだれをさらけ出しながらも、かわいいロリ従者さんが短槍を突き出してきた。
ヒュンヒュンヒュンと、軽くて鋭くて危険に雨あられなものが飛んで来る。
「わたたたたたたーっスっっ!!」
「あっやだっこらっちょっダメっ、もう帰ってよっ、ひぃーっ?!」
ガードしちゃダメ。
ガードしたらまた発動しちゃう、それまずい。
この従者にまで魅了がついたら一体誰がこの金ピカ姫騎士様を連れ帰るのか。
よし逃げようそうしよう。
従者ロリのラッシュが終わるのを見計らって背中を向ける。
「ぅぁぁ……くっ……逃がさ、ない……。っ、バインド……っっ」
その退路をいきなり魔法のツタが塞いでいた。
君らのために逃げようっていうのに何てことするのさ?!
「逃がさない……わからない……だが、意地でも逃がしてはならない気がするのだ……」
「さすがお姉さま! 後はこのリリアージュちゃんにお任せ下さいっ!」
やる気に燃える従者リリアージュさん。
「出来ることなら四六時中、その醜い顔を眺めてこの感情の出所を探り続けたい……リリ、絶対にソイツをしとめろ……っ」
「はいですぅー! リリやるっスお姉さま!」
お姉さまの言葉が短槍を迷惑に超加速させる。
「うわっわっわっ、ややや、止めてぇーっ!!」
この人たち強い。
従者の方もまだ未熟だけどすごい速い、鋭い、巧み過ぎ。
ああダメ、ああもう避けれない! 受け止めるしかないコレ!
「ひゃっ、ひゃふっっ、はにゃぁぁっっ?!!」
オークソードで突きを受け流すと、桃色のリリさんがピンク色のあえぎを上げていた。
お姉さまと同じく脱力して石の河原にヘたり込み、これも同じように俺というオークを見上げる……。
やっちまった。
またやっちまった。
これまでは相手がオーク男だったし、バインドみたいな妨害魔法なんて使ってこなかったから逃げられた。
「あーあ……」
でもこれはまずい。
このままじゃこの二人、魔獣に襲われておしまいだ。
ほんと何でこんな力持って生まれちゃったんだろう。
会う人会う人にご迷惑をおかけしてしまっている。申し訳ない。ああ生まれてきて申し訳ない!
「あの……俺、この近くに小屋を建てて暮らしてます。それでその……二人には今、魅了の状態異常が付与されてしまっています。その脱力は3時間ほどで治るので、それまでは狭いですがうちの家で休んでいって下さい」
だってここで死なれたら討伐隊とか来ちゃうじゃん。
姫騎士様なんて将軍らしいし、そうなったらオークの里巻き込んで戦争だ。
「き、貴様の家だとぉっ?!」
「そこでボクたちに酷いするつもりなんでしょっ、最低っ! だからオークって最低っ、最低っですぅぅ!」
「いや何でそんなことしなきゃいけないんですかーっ!」
だからやなんだよこの力。
もーやだ、もーやだ、こいつら厄介者。
「くっ殺せっ、さ、触るなっ」
「あっちょっ、今触られるのはちょっとアレ的なっ、ひゃぅぅっ!」
何か甘い声上げる彼女らを一方的に抱きかかえて小屋に運び込んだ。
・
・
・
3時間が経ったんだろう。
元の河原で釣りを再開しつつ、暖かい陽気にうたた寝していると二人がまた目の前に現れた。
脱力状態からは解放されたみたいだ。
「な、なぜ何もしなかったっ! くっ、これは侮辱だな貴様っ!」
「あんな状態のボクたちに、まさか手を出さないだなんて……。もしかすっとホモでしょヒデブゥさんっ!」
どんなこと言われるのかと巨体をビクビクさせてたたら、何かツンデレみたいなことを言い出す。
ホモじゃない。
ていうか名前ヒデブゥで固定しないで欲しい。
ホモじゃない、俺はホモじゃない……。
「ホモは……嫌いだ……。ホモのオークは……もっと嫌いだ……嫌いなんだ……とても、とても……うわ、止めろ何で、何でそんな……っ、おかしいよそんなの…っっ」
里での辛い記憶がフラッシュバックする……。
「あれぇ~何かぁトラウマスイッチ押しちゃいましたぁボクぅ~?」
「ふむ……まあ多少の紳士性を持っているようだな、評価しようヒデブゥよ」
や、だから名前ヒデブゥ違いますって!
とか言いながら二人がおもむろにオークの左右を囲み座りだす。
それぞれが肩を寄せて来て巨体の脇下にぶつかり、甘い女の子の匂いに皮とか鉄の匂いが混じっている。
「だが場合によっては許さん。我々に何をした?」
「そうだそうだっ! こんな醜い生き物にボクが……おかしいよっ! あ、お腹ぷにぷになところはかわいいかも……」
「痛い痛いっ、つかまないで……」
ああこうなったらしょうがない、説明してしまうことにしよう。
「チャームの魔法にかかった経験とかありますか?」
「そりゃまー、軽いのならナンパ男とかが使ってくるけど……ボクら普通に強いからレベル補正で効かないもん」
「うむ、リリに同じく最近は全くといってない」
そんな高レベルさんにまで効いちゃうんだから我ながらあきれる壊れっぷりだ。
てかそこに乙女の柔肌とかが擦り付けられて来て、俺の心境をさらに複雑にしてくれちゃったり。
「申し訳ないんですが……自分の魅了はその、俺本人が頭抱えるくらいに効き過ぎてしまってですね……。ごめん、この通りの魅了状態が10日きっかり続きます」
「うげげっ、なんスかソレェ?!」
「何と……こんな強力な魅了など聞いたこともない。これが人間だったら貴様は王にだってなれるぞ」
そうか、全然考えなかったけど人間にさえ生まれていれば違ったのか。
でもそれはそれで苦労しそうだ、こうやって釣ったり採集したり気楽に生きていきたい。
「そんなわけで10日だけ症状を我慢して下さい。もう歩いたり戦ったりも出来るみたいですし、なら俺のことはほっといて下さい。人にご迷惑をかけたくありません」
話をそれで打ち切る。
でも二人は理由を付けてなかなか帰ろうとしなかった。
いや帰ってもらわなきゃ困る。
捜索隊が来てしまう。こんなオークと仲良くしているところを誰かに見られたらまずい。騎士様みたいな立場の方ならなおさらのことです。
そうやって説得していくと、彼女らは名残惜しさにしきりに振り返りながらもやっとこさ帰って行ってくれた。
しかしそれも心変わりして戻ってこないとは限らない。
残念だけど小屋を放棄して棲家を別に移そう。もう二度と出会わないのがお互いのためだ。
なら川か泉がいい。
人間のテリトリーの方が安全だったのだけど、せっかくだし少し東に旅立ってみようか。
短編なのに実は続きがあります。
少し時間をあらためてからぶっこむ予定です。
↓先日始めた新連載作もぜひごひいきに! 似た性格のキャラ出てくるよ!