第1話*3
「………ん」
目を覚ますと、辺り一面真っ暗だった。
慌てて飛び起き、枕もとの時計で確認する。
「23時…」
あと少しで日付が変わるところだった。
ベッドから降りて、スカートの皺を直す。
…こんなに寝るつもりじゃなかったんだけどなぁ…。
空腹の訴えは最高潮。
お菓子かなんか、最低限つまむものぐらいあるだろうと、回転の悪い頭で部屋を出た。
「……?」
リビングから、明るい光が漏れていた。
自分が着けっ放しにしたのはわかっているが、何かが、引っ掛かった。
人の気配は、殺せば殺そうとするほど浮き出る というが、まさにそれだった。
リビングの気配は、明らかに身を潜めてその場にいる状態だ。
母が帰ってきたにしては、おかしい。
自分の家でこそこそするなんて馬鹿馬鹿しい話だ。
出しっぱなしのカップの件について一発文句でも言ってやろうかと思い、華美は扉へ近づいた。
「!」
近づいただけで、扉は開けなかった。開けられなかった。
母の他に、もう一人。誰かがいる。
(こんな時間に客…?)
身体中の神経が耳に集中する。
聞いてはいけない 見てはいけないと警告を発するかのように心臓が鳴り響く。
(………!)
華美は逃げ出すようにリビングを後にした。
自室へ駆け込み、叩きつけるように扉を閉めてその場に蹲る。
下に聞こえているかもしれないが、今はそんなことまで頭が回らなかった。
あの瞬間、全てを理解した。
知らない男の声、女の声、知らない母の声。
「………」
あの時眠ってしまわなければ。
面倒くさがらずに外へ出ていたら。
朝まで 起きなければ。
そんなくだらない後悔と絶望が華美の胸の中をぐるぐると渦巻いていた。
冷たい雫が頬を伝う。
「…死して尚、見目麗しい存在に命を与えられし者よ」
訥々と、言葉が漏れる。
華美はぼんやりと思い出していた。
何時間か前の、あの噂。あの話を。言葉を。
馬鹿馬鹿しい。
ホントに悪魔がなんとかしてくれるんだったら、この世に不幸な人間など一人もいない。
それに姿見はあるが、指定された時間と大分ずれている。
しかし、一度口にした呪文は止まることはなかった。
「堕落せし現へ」
起き上がり、姿見の前に静かに立ちはだかった。
一度記憶からすっぽ抜けた言葉だ。間違っているかもしれない。
「偽りの誓約に背き我の元へ姿を……現せ」