第1話 悪魔も泣き出す午前四時
自分の周りには、計り知れないほどの失望と絶望がはびこっている。
正確に言うと、周りというより自分が勝手に思っているだけなのだけど。
例えば、後ろで大声上げながら雑談に投じているクラスの団体。
例えば、はしゃぐ生徒たちを背中にひたすら授業を続ける大人。
例えば、どちらにも属さない無関心の人。
いつもの風景でいつもの出来事のはずなのに、どういう訳かとても気分を重くさせる。
窓の外で燻っている黒い雲もそれを助長するには十分な理由だった。
今日は傘持ってきてないのに…
窓の外を眺めていた早雲華美は、不機嫌な表情は崩さないまま、後ろの団体へ視線を移す。
時計は、もうすぐ終業の鐘を鳴らす時間を指し示そうとしていた。
今日は花の金曜日。
この鐘が鳴れば何よりも楽しい休日が待っている。
浮かれる気持ちもわからなくはないが、朝から今の今までよく飽きもせずに喋っていられるな、と華美は思った。
そんな華美の視線に気付いた一人の女子が、心中を知ってか知らずか、話しかけてきた。
「退屈そうだね」
「まぁ実際に退屈だし」
「華美もこっち混ざればよかったのに。まさか真面目に授業でもうけてたの?」
余計なお世話だ、と言おうとしたが、飲み込んだ。
「みんなでさ、明日の予定立ててたんだけど」
「明日?」
「ボーリング。実はさ、あんまり人数いないんだ。華美こない?」
愛想笑いで首を横に振った。
以前も『人がいない』とかいう理由でカラオケに連れ出され、目にした光景は建前上の合コンだったことがあるのだ。
「華美がいると楽しいのにー」
そう言うと、彼女は団体から名前を呼ばれて輪の中に戻っていった。
よりいっそう気分が重くなった気がして、前を向くと同時に華美は机に突っ伏した。
たとえ向こうが楽しくても、こっちの気持ちを無視されては困る。
あともう終業1分前くらいかな、と華美が思った時、後ろの団体が急に声を潜めて喋り始めた。
華美には、聞きたくなくても真後ろにいるので耳に入ってしまう。
なんのつもりか知らないが、噂話の類だったら他でやってくれ、と華美は思った。
「嘘でしょ?」
「誰かやったの?」
「ほんとなんだって。うちの部活の後輩が…」
「そういうのいいから、早く言えって」
聞こえてきたものがどんなにくだらない内容であろうと、嘘であろうとホントであろうと、華美には関係ない。
それが、そのときの真実だった。
「……午前4時56分に、姿見の前に立って、ある言葉を唱えると…」