雨の中の君
雨が道路を濡らし、アスファルトの独特な匂いを湧き出す。僕はこの匂いが好きである。つまり、雨は嫌いじゃない。
「雨はやだなあ〜」
どうやら隣を歩く彼女は違うようで湿気によってアイロンが取れたというその長い黒い髪の先を指でくるくると弄ぶ。
「巻いた感じ出ないかな〜」
髪の毛の心配ばかりして、僕が手に持つ1本の傘には興味がないようだ。僕の左肩はだいぶいい具合に湿ってきた。雨は嫌いじゃないが、濡れることは好きではない。
「そういえば、今日日本史の教科書忘れちゃった!貸してちょうだい!!」
彼女は両手の掌を合わせ、僕の方に向き直る。身長の高い僕を見上げる目と眉の下がったその顔は、まだ幼さを残す。
「...いいよ」
軽く遇うような返事をすると、「ありがとう」とだけ言ってまた進行方向に向き直る。それから少しして「じゃああとで!」と前方のピンク色の傘を目掛けて走っていった。
僕のビニール傘の右側の空間には、まだ彼女の香りを残しているようであった。それを詰めてまた歩き始めた。ようやく左肩も入る。
だが、まだそこに彼女がいるように躊躇う僕もいるようで、左肩は再び傘の外に出てしまう。