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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン4
72/73

第5章 お守りに代わるもの―サラとキリル

 トウア国立中央総合病院が襲撃された。

 キリルとサラが運び込まれて1か月後のことだった。


 トウアに住むシベリカ人の少年たちの間では、「トウア人に天誅を下した」としてキリルとサラは英雄扱いだった。特にサラについては「シベリカ人の子どもらを食い物にした憎きトウア人を罰した」として崇拝されていた。


 そして間もなく、英雄キリルとサラを助け出すために、シベリカ人の少年たちが集まり『反トウアチーム』が結成され、二人が入院していたトウア国立中央総合病院を襲ったのだった。


 当然、キリルとサラを監視していた治安部隊隊員らが応戦したが、その時、キリルとサラについていた監視はそれぞれ2名、計4名しかおらず、多勢に無勢。監視係の隊員らは、場所が病院内であり、相手が少年だったことから銃の使用に躊躇してしまい、しかし格闘術だけでは対応しきれず、金属の棒やナイフ、スタンガンなどを持った少年らにやられ放題だったという。


 その間にキリルとサラは『反トウアチーム』の少年らの助けを借りて逃げた。


 通報を受けて、特戦部隊や特命チームが駆けつけた時には、キリルとサラの姿はもうなかった。


 とりあえず『反トウアチーム』を抑え込み、非常線を張った。

 彼らはまだ傷は完治していない。遠くに逃げられるはずがない。


 だが、警察捜査隊とパトロール隊が必死で捜索するものの、手掛かりはつかめず、キリルとサラを見つけることはできなかった。


 そんな大わらわの治安部隊を尻目に幌付軽トラックが喧騒にまみれた夜の街を走り去る。


   ・


 中央地区の中心街から郊外へ出る間際、軽トラックは治安部隊が設けた検問所で一時停止させられた。

 トラックの荷台には様々な荷が積んであった。検問所のパトロール隊員らはいくつかの荷物を調べたものの、さすがに全部を調べる余裕はなく、怪しいところはなさそうだったので、そのまま通してしまった。


 軽トラックは西地区へ向かう。

 相変わらず道路は大渋滞。途中、何度か検問があり、治安部隊が一台一台のクルマを調べていた。


 夜は荷を積んだトラックが多い。荷を決められた時間までに届けなくてはならない運転手らが検問する隊員らを怒鳴り散らしていた。


 トラックはそこも難なくクリアーする。調べるクルマの数があまりに多いので、調べるほうもおざなりにならざるを得ないだろう。

 検問所の隊員らの疲労もピークに達していたようだ。治安部隊側の人手不足も響いていた。


「全て計算通り」

 運転席の女は笑みを浮かべ、ゆるゆるとトラックを走らせる。連なるクルマのライトが並び、普段は闇に呑まれる田舎の道を煌々と照らしていた。


 やがて、クルマの群れはスムーズに流れるようになり、トラックも速度を上げた。

 未明の頃、ようやく西地区『シベリカ人街』へ入り、迷路のような道を進みながら、ある町工場の敷地内に停まった。


 トラックから降りた女は荷台へ上がり、荷物を次々に脇に退かす。

「もう大丈夫よ」


 積まれていた荷物の中から、サラとキリルが出てきた。

 キリルは荷台から降りると訝しげに女に問うた。


「なぜ、オレたちを助けた? 何をたくらんでいる?」


 キリルの目の前にいる女=ミスズは荷物を元の位置に戻し、振り向いた。

「さあね。なぜかしらね」


 そう、キリルとサラの逃走を手助けしたのはミスズだった。彼らを幌付き小型トラックの荷台に積んだ段ボール箱の中に隠し、ほかの荷物と一緒に紛れ込ませ、西地区の『シベリカ人街』まで送ったのだ。


 病院襲撃計画も予め知っていた。所詮、素人が立てた計画だ。内容は杜撰。よって守秘についても杜撰で、ミスズはスパイをやっていた頃の伝手でその情報を手に入れ、そして誰ともつるまず個人的にこっそりとキリルとサラを逃がす準備していたのだった。


「一度はサラを始末しようとしたわけだし、だから信用しろとは言わない。……ただの気まぐれと思ってけっこうよ」


 ミスズはそう答えたものの、心の中ではこう思っていた。


 ――とにかく、私はトウアのマスコミが大っ嫌い。


 今のマスメディアはシベリカ人を嫌悪し、反シベリカ一色だ。

 ほんの数年前までは「貧しいシベリカを助けよう」「シベリカ人や外国人たちにもっと権利を与えよう」「シベリカ人を差別するな。仲よくしよう」などと叫んでいたくせに。本当に臆面もなく手のひらを返す。


 ――だから反対に、私はシベリカ人を応援したくなったのかもしれない。


 ちょっと前は、臓器売買が疑われるシベリカで心臓移植させた親たち、そしてマオー氏とヤハー氏が世間から非難されていた。が、親の一人が自殺したことにより、トウア世論は矛を収めた。

 今現在は、壊滅状態となった共和党の悪口よりも、シベリカ人の暴動について取り上げ、シベリカ人叩きに一生懸命だ。


「ま、あなたたちが捕まると私も困るのよ。警察に私のことをしゃべられては困るしね」


 手を叩きながら荷台から降り、地面に立ったミスズは、うすく燈る外灯の下で訝しげな表情を崩さないキリルを、そしてサラを見やった。サラのほうは相変わらず無表情だ。


 ――サラと自分が何となく似たところがある。だからちょっと助けてやりたくなったのかもしれない……。


 サラから視線を外したミスズは、ふと頬をゆるめる。

「じゃあね。もう捕まらないように用心してよね」


 ミスズは軽く手を上げるとトラックに乗り込み、エンジンをかけた。


 キリルは不可解そうな顔をしながらもミスズを見送った。サラもトラックを見つめる。


 曲がりくねった道が多い『シベリカ人街』。トラックの尾灯はすぐに見えなくなった。

 まだ夜が明けきれぬ静けさが沈む中、秋の虫の声だけがひっそりと空気を揺らしていた。


   ・


 それから――


 キリルとサラは協力者の伝手を頼り、あるシベリカ人の会社倉庫を借り、当分の間、そこで生活することになった。


 西地区の『シベリカ人街』を管轄する警察捜査隊は、中央地区ほど厳しくなく、警戒もゆるく、これといった監視体制も敷かれていなかった。ここなら安心して隠れて暮らせそうだった。


 薄暗い粗末な倉庫の中で、キリルとサラは体を休めるべく、埃臭いマットの上に寝転がっていた。周りは段ボール箱が高く積まれ、出入り口からは彼らの姿は見えない。倉庫内は上のほうに小窓が一つあるきりで、閉塞感が半端ではなかったが、その分、安心感を与えてくれた。


 そこで、ふとキリルが思い出したように口を開いた。


「あのさ、捕まった時のことだけどさ、あの治安部隊の男の質問にけっこう答えていたよな。敵といっていい相手にお前があれだけしゃべるの、めずらしいな。なぜだ?」


「……何となく、話してみたかった」


「どうして?」


「あいつ……悪いのはシベリカ国だと言った。今までそんなこと考えたこともなかった。でも、妹たちを殺したのは臓器売買組織だ。そんな組織がはびこっているシベリカっていう国に疑問を持った。思えば、トウアにはそんな組織があるっていう話、聞いたことがない。子どもが売られたり、あちこちで誘拐されたりという話も聞かない。だから、話してみたくなった」


「……そうか」

 確かに自分たちの国がどういう国なのか――考えたことはなかった。


 ――国を変える……か。


 あの時、男から言われたことが、いつまでもキリルの頭にこびりついていた。

 自由を与えられ、最初は戸惑っていたが、いつの間にか「自由を手に入れた自分が本当にやりたいこと」を考え始めていた。そして「大切な者」について思った時、ふとサラを見つめてしまった。


 ――サラがオレにとって大切な者なのか。

 ――いや、けっこう長く一緒にいたから、単に情が移っただけだ。

 ――でも、それがオレにとって大切な人ということになるのか。


 その時、キリル自身が男に言った言葉が思い出された。


『大切な人が死ねば、寂しいとか悲しいとか、そういう気持ちが持てるんだろうな。身の回りに大切な人がいて、そういう感情が持てるヤツらは幸せだよな』


 キリルは想像した。もしサラが死んだら、自分は寂しいのか、悲しいのか?

 よく分からなかった。


 でも、できれば傍にいてほしい……。そう思った時、なぜか感情がコントロールできなくなった。


『せいぜい苦しめ』

 また男の言葉が頭をよぎった時、キリルは何かに耐えるように頭を抱え身を縮め伏せ込んだ。


   ・


 そんなキリルをサラはただ黙って見つめていた。

 結局また、キリルに助けられ、借りを作ってしまった。


 ――そう、あの時も……。


 サラの心がざわめく。


 ――ずっと昔。工作員訓練生時代。


 シベリカの工作員訓練所で優秀だったサラは指導教員から贔屓されていたためか、ほかの訓練生から虐められていた。殴られる蹴られるのは当たり前。給食にゴミや唾、虫などゴキブリを入れられることもしょっちゅうだった。


 でもサラはあまり気にならなかった。殴られ蹴られるのも避けようと思えばできたし、反撃もできたが、あえてしなかった。生きながらに心臓を取り出されることに較べたら些細なことだ。妹を見捨てた罰として、もっと虐めてもらいたいくらいだった。


 そんなある日。

 シャワーを浴びている時、妹の形見となったお守りが消えてしまった。


 それは、幼い妹が母親に手伝ってもらいながらも袋を作り、中に紅い石を入れ、お守りにと、サラの誕生日にプレゼントしてくれたものだった。石も川辺で一生懸命探したらしい。鮮やかな色をした紅い石は太陽に当てると輝きを増し、本当にきれいだった。


 サラはずっとそのお守りを身に着けていた。

 何を奪われても頓着しなかったサラにとって、これだけは手放せない『譲れない何か』だった。


 消えたお守りをサラは必死で探した。

 そんなサラを、訓練生らはクスクス哂いながら眺めていた。


「汚かったから、ゴミと一緒に捨てられたんじゃない」と、ある訓練生がからかった。


 紅い石を包んでいた袋はすでに汚れ、ところどころ擦り切れ切り、ボロボロの状態だった。サラはゴミ捨て場に飛んでいき、そこでゴミまみれになって探し回った。

 訓練生たちは大笑いだった。


 そこへキリルがやってきた。

「お前が探しているのはこれか? あっちの木の枝にぶらさがっていたぞ」

 サラが探していたお守りを手にしていた。


 サラはキリルからお守りをひったくるようにして受け取った。ホッとしつつ、お守りを身に着け、顔を上げた時には、もうキリルはそこにいなかった。


 お礼を言う前にキリルはどこかに走って行ってしまった。


 それからも、何となくキリルにお礼を言いそびれ、ずっとそのままになっていた。

 キリルはすっかり忘れていたようだが、サラにとっては『大きな借り』だった。


 けれど今、そのお守りはサラの手元にない。


 トウア国立中央病院か、あるいは警察にあるのか――『反トウアグループ』の少年たちと病院から逃げる時、お守りを探している暇などなかった。


 でも、なぜかもう……お守りにこだわっていない。

 不思議な気持ちだった。


 それにお守りを握りたくても、今のサラにはそんな握力がなかった。女の銃撃によって、両手共に自由が利かなくなってしまっていた。形成手術によって手の形らしきものはくっついているが、モノを持つことも困難だ。


 そして――天国というものはないのか? あの男の言った言葉がいつまでも心にこびりついていた。


 ――死んだら、消滅するだけ。


 では、今まで自分は何をやってきたのか……。妹や子どもたちは天国に行けないのか。

 その救いのなさにサラは膝を抱え身を縮めた。生まれて初めて、恐怖心というものを抱いた。感情の蓋が開きそうになる。


 隣ではキリルの声を押し殺した慟哭は続いていた。

。キリルに返したつもりの借りが、またできてしまい、どうすれば返すことができるのか考えたが、分からなかった。ただキリルの傍にいることしかできない。


 ――お守りに代わる何かを自分は得た?


『せいぜい苦しめ』

 あの男の言葉が聞こえてきた。

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