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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン4
71/73

第5章 ダークヒロイン誕生

 静寂が広がる闇空の下、家々の灯りがまばらになる深夜。夏が去り、あれだけ騒がしかった蝉の声が消えてしまった中秋の頃。


 浅い眠りから覚め、その後どうしても眠れなくなったルイ・アイーダはベッドから起き上がった。思うところがあり、書斎へ行き、パソコンを起動させ『リサ・シジョウについての記事』をネット検索してみる。


 あるサイトでは、誰かが撮影していたのだろう、『シベリカ人街』で例の少年と少女を、女性隊員が警告も威嚇射撃もなく銃撃し、さらに倒れている少女に銃弾を浴びせたところを撮った動画が流れていた。

 もちろん、その女性隊員はあの『ヒロイン・リサ』だと割れてしまっている。


 リサは再び世間の注目を浴びることになってしまい、ネットに拡散されてしまったその動画は、様々なマスメディアに取り上げられた。

 おかげで、シベリカ人たちと一部の市民団体の間ではリサ・シジョウに対する非難が広がり、リサ・シジョウを刑事罰に問うべきだ、との声も上がっている。


 確かにリサはすでに倒れている少女をさらに撃った。「やりすぎ」「私刑」と言われても仕方なかった。正当防衛という言い訳は成り立たない。


 しかし、トウア国民の多くはリサ・シジョウの味方をした。


 リサが撃った少女は、シベリカで心臓移植を受けた三人の子どもを殺害した容疑があり、先の国会襲撃事件でも多数の議員を銃撃し、中央百貨店でも子どもたちを無差別銃撃し、逃走の際に特戦部隊の隊員を手榴弾で死傷させた凶悪犯である。


 そんな少女に天誅を下したリサに喝采を上げる市民が圧倒的に多かった。


「凶悪犯を逮捕したリサ・シジョウを刑事罰に問えば、そして懲戒免職にすれば、治安部隊の士気が下がり、治安は悪化する一方だろう」ということで、「リサ・シジョウを守ろう」という署名運動やデモがあちこちで行われた。


 ちなみに少女を撃ったリサ・シジョウの言い分はこうだ。

「ここで犯人を逃すわけにはいかないと考え、確実に犯人の体の自由を奪うべきと判断した」「警告や威嚇射撃をしていたら、また逃げられていた。犯人の動きを止めることを優先した」「少女の身体能力の高さは警戒すべきレベルにあった。倒れていても、いつ反撃されるか分からなかった。よって動きを完全に封じるために、犯人の両手を破壊した』


 結局、リサ・シジョウは罪に問われることなく、減給処分だけで済んだ。


 だが今日も一部の『アンチ・リサ派』がネットを使い、リサを糾弾していた。


『あのヒロイン・リサが、少年少女に、警告もなく威嚇射撃もせずに突然銃撃した』

『逃げる少年と少女の背後からヒロイン・リサは銃撃した』

『倒れている少女にさらに銃弾を浴びせた冷酷者リサをクビにするべきだ』

『血で穢れたダークヒロイン・リサ』『危険人物リサ』


 もちろん、リサを応援、擁護するコメントもたくさん並んでいたのだが。


 ルイは、リサが一部のおかしな人間たちにつけ狙われ、実害を伴う嫌がらせを受けないかと心配になった。


 ――ま、でも……セイヤがいるから大丈夫かな。


 通勤・帰宅など外出時は必ず二人一緒に行動し、同僚たちからも配慮されているらしい。


 ――いい仲間に恵まれたようね。


 仲間といえば……ルイの口から思い出し笑いがこぼれる。そう、ルイの許にたまにジャンから何気ない様子伺いのメールが届く。


 ――あの頃は平和で楽しかった……。


 ジャンとリサとセイヤの四人で遊んだ時のことを振り返る。セピア色になってしまったかのように遠い昔のことのようだ。

 あの時のように、気の置けない仲間と心穏やかに暮らせる日はもうないかもしれない。


 今もルイは、昼間、外を出歩く時は護衛をつけている。いつどこで犯罪に巻き込まれるか分からない。トウアはそれだけ危険になった。


 ルイは深いため息を吐き、パソコンを終了する。もう夜明けが近い時刻だ。


 だが、ベッドに戻ってからも、ルイの頭の中をいろいろな考えごとが駆け巡り、眠りから遠ざける。


 リサのことも心配だったが、アリア国のことも気がかりだった。


 ――ルイ・アイーダはトウア国籍を持つ元アリア人、つまり今は『アリア系トウア人』ということになる。

 ルイの祖父アイーダ氏は旧アリア国の大統領だったが、シベリカとの戦争に敗れ、戦犯として処刑された。戦時中、幼かったルイは母親とトウア国へ逃れ、アリア国が敗戦してからもトウア国に留まり、そのままトウア国に帰化した。軍人だった父は戦死、母は病で亡くなり孤児となってしまったルイは未成年養護施設に送られ、母が遺してくれた資産は凍結されることになったが、その後、成人となってからは解除された亡母の莫大な遺産を引き継ぎ、シベリカから独立を望むアリア人を陰で支援していた――。


 シベリカ中央政府は各地で起きている地方独立運動を抑えることに必死であり、その隙にシベリカの属国だったアリア国の市民はクーデターを起こし、シベリカ寄りだった大統領を更迭し、新しい大統領を誕生させ、シベリカからの支配脱却を目指しているところだ。


 ただトウアに帰化してしまったルイ自身は、今のアリア国の政治に関与できない。アリア国は外国人参政権を認めていない。


 ルイは戦時中、母親と共にトウア国に逃れ、アリア国敗戦後はそのままトウアに帰化したことで、アリア人の中にはルイ・アイーダを非難する者もいるという。ルイの祖父・アイーダ大統領は戦犯として処刑されたのに、孫娘は祖父と国を捨てて逃げたとして、ルイは一部のアリア人の反感を買っていた。


 ただ、ルイがトウアに疎開したのは赤ちゃんの時で、帰化したのも母親の判断だ。子どものルイには何の決定権もなかった。

 が、そんなことは言い訳に過ぎないのだろう。


 自分はアリア国籍を取り戻せるのか? アリア国民に受け入れてもらえるのか?


 ルイはため息を吐く。


 詮方ないことをクヨクヨ悩んでも何も解決しない。できることをやっていくしかない。問題が起きたら、またその時に解決策を考えればいい。


 気持ちを切り替えるかのようにさらに息を深く吐き出す。


 そしてもう一度、ジャンからのメールを見て、元気をもらい、空が青を取り戻す頃、ルイはようやく眠りに就いた。


   ・・・


『血に飢えたダークヒロイン・リサへ』

『危険人物リサたんに子どもができたら、その子の心臓を突き刺しちゃおうかなあ』


 セイヤとリサの許にこういった類の嫌がらせが届くようになった。自宅マンションの住所もどこから情報が漏れたのか、ネットで暴かれ拡散されてしまった。

 今日も仕事帰りに郵便受けを覗いたら、封書で入っていた。


「ダークヒロイン・リサかあ。上等~」

 最初の頃は郵便受けを開けるのが怖かったリサも、今では冷笑を浮かべるだけだ。


 脅迫状を前にリサは誓う。

 ――もしも私の家族を傷つけたら、そいつを必ず地獄に突き落とす。


 嫌がらせの脅迫状は全て取っておいてある。捨てはしない。何通かはいつも持ち歩いている。射撃訓練でちょっとでもミスをした時、その脅迫状を読み返し、自分のふがいなさを叱咤するために。軍との厳しい合同演習で折れそうになる自分を鼓舞するために。


 脅迫状はリサのエネルギー源だ。


「つうか『ダークヒロイン・リサ』ってダサッ」

 歪んだ口から笑いが漏れる。


 敵への攻撃を躊躇すれば、情けをかければ、こちらがやられる。治安部隊での最前線で戦ってきて、リサはそのことを痛感していた。

 今でも、あの少女と少年に対する警告なし威嚇射撃なしの発砲、そして少女の両手を破壊したことは後悔していない。


 特にあの少女のほうは、セイヤを刺したのだ。我が家族に危害を加えたのだ。運が悪ければ、セイヤは死んでいたかもしれない。


 その上、あの少女は何の罪もない子どもたちを殺害した。特戦部隊の同僚も殺害した。再起不能の重傷を負わせた。たくさんの人の人生を奪い、その遺族を地獄に突き落とした。


 断じて許せなかった。


 なのに少年法により、少女は社会復帰する可能性がある。その時にまた誰かを殺すかもしれない。あの身体能力の高さは人間兵器だ。だから、その能力を奪ったのだ。


 こういう考えは正しくない、間違っているのだろう。

 それを分かっていて汚れ役をリサは引き受けた。あれは私刑だと言われても仕方ない。復讐心があったのは事実だ。


 けど、リサは自分が悪いことをしたとはこれっぽっちも思えなかった。


 ――私はもう正しい人ではいられない。そもそも正しいとは、どういうことなのかも分からなくなっている。


 そんなことを考えていたら、なぜかサギーのことを思い出した。


 トウアに帰化し、教員となったシベリカ工作員サギー。

 ――未成年養護施設付設学校でリサとセイヤ、ルイの担任教師でもあったサギーは「いかなる理由があろうと殺人を行った者は幸せになる資格はない。それだけの罪を背負う」と言って、人を殺すこともあり得る治安部隊や軍に『悪』のイメージを植え付け、戦うことを全否定した絶対平和主義・教育工作を施していた。


 その後、教員を辞職したサギー自身は戦闘員として国会を襲撃し、おそらく何人もの護衛官や議員を殺害した。クジョウ首相を追い詰めたが、失敗に終わり、セイヤに阻止されたものの最後は自害しようとした。自分の命をかけて『悪』を行っていた。


 なぜ、そんなことをしたのか――サギーの口からは「トウアへの復讐」という言葉しか聞けなかった。


 しかし戦いが終わった後、サギーはとても穏やかな顔になっていた。


 リサは今ならサギーを理解できる気がした。もちろん彼女のやったことは許せないが……。サギーと話してみたかった。


 でも、サギーは今も深く眠ったままだ。


   ・・・


 今日もリサは射撃訓練に励んでいる。

 治安局のごく一部の人間――危険な任務を命じられる治安部隊ではなく、内勤の事務の仕事をする安全地帯にいる職員らは、そんなリサを『魔女』『危険人物』『銃撃マシン』と陰で呼んでいた。

 あの少女を銃撃するリサの動画が、彼らに相当なインパクトと嫌悪感を与えたようだ。


 そんな彼らは正しい感覚の持ち主だ。が、そう思いつつもセイヤはそういった治安局の職員らを覚めた目で見ていた。


 もともとリサは『治安部隊のヒロイン』とマスメディアに騒がれていた時から治安局の一部の人間から眉をひそめられ、やっかまれてもいた。そのことも影響しているのだろう。


 もちろん、リサを応援してくれる仲間もいる。特命チームはもちろんだが、古巣の特殊戦闘部隊の面々など共に任務に励んだ仲間たち、そして海上保安隊、パトロール隊、警察捜査隊、機動隊、要人警護隊など危険な現場で働く――自分も手を血に染める可能性が高く、危ない任務を遂行しなければならない立場の隊員たちだ。


 特命チーム専用室で報告書を書いていたセイヤは手を止め、ふと同じく書類仕事に勤しんでいる『軍からの出向組』の連中に目をやる。


 そういえばこの頃、特命チーム内の仲間意識が強くなったよな――そんなことを思う。


 最近ではゴンザレとアザーレのゴリラペアがリサと普通におしゃべりをするようになっていた。

 先日、グレドを除いた六人で飲み会をやった時なんか、リサとゴリラ連中が酒を酌み交わし合い、何やら意気投合していたようだ。


 酔っぱらって帰ったリサは、自宅のソファに並んでいた『ゴリラ3兄弟』の真ん中のゴリラに向かって、「よし、今日からあなたを『アザーレ君』と呼ぶことにするね」と言い、そして、もう一つを『ゴンザレ君』、もう一つを『ジャン先輩』と呼ぶようになった。


 セイヤとしては、『ゴリラ3兄弟』すなわち『特命チームのゴリラな先輩たち』が、うちのソファを陣取り、リサに割と可愛がられているのは面白くなかったが……ま、仕方ない。


 今夜も飲み会がある。一応グレドも誘ってみるが、いつものごとく断られた。

 ただ、そんなグレドもリサに対し目礼するようになり、グレドとの距離も確実に縮まっていた。


 そう、リサに嫌悪感を抱く者は、たいてい軍に対しても同じ思いを抱く。

 特命チームのゴリラたち『軍からの出向組』も血生臭い連中として、治安局の一部の職員から距離を置かれていた。今では『ダークヒロイン・リサとお似合いの仲間』『手を血で染めた同士』と揶揄されている。


 ここでセイヤは失笑する。

 自分たちにとって、そいつらも理解し合えない小さな『敵』なのだ。


 共通の敵がいると仲間との結束は強くなるものなのかもしれない。それが強敵であればあるほど、仲間の結束はより固くなる。


 家族であれ、職場であれ、国であれ、その中の人間をまとめたいなら、共通の敵を作るのが手っ取り早い。憎悪を煽るのが一番簡単に人を動かせる。

 人は憎悪に乗っ取られやすい。


 セイヤは乾いたため息をつく。今さら、そんなことを考えても仕方ない。頭に巣くったもの思いを追い払うかのように首を振り、心に蓋をし、書類仕事を進めた。


   ・


 昼休みに入った。

 今日は弁当なしのため、セイヤは治安局付設の食堂に赴く。ジャンは昼休みも書類と格闘中、リサは射撃訓練に行ったままなので、先に昼食を摂ることにした。


 手頃なランチセットを注文し、ふと食堂の壁の隅に掲げられているテレビに目をやる。お昼のニュース番組をやっていて「クジョウ政権の支持率が低下している」という話が耳に入ってきた。

 だが、だからといって、ほかの党の支持率が高いわけではなく、民主平和党がこれからのトウア国を導いていくことに変わりはない。


「民主平和党内のクジョウ派は落ちたが、その分、ほかの派閥が息を吹き返すことになるか」


 と、この時、セイヤの中に巣くっていたもやもやした霧が一挙に晴れた。脳細胞が震え、食堂のざわめきが耳から遠のく。


 ――今回の臓器売買に絡んだ事件で、一番得をしたのは民主平和党内のクジョウ派以外の派閥ということか!


 共和党がやったことはあまりにお粗末だった。このことにセイヤは違和感をずっと持っていた。

 だが、実は共和党をつぶすことが本来の目的であったとするなら?

 そして民主平和党がつぶれない程度に、クジョウ派に打撃を与えることが目的だったとするなら?

 あの国会襲撃事件で一番犠牲が多かったのが、クジョウ派に属する議員たちだったとしたら? 


「今回一連の事件が、民主平和党内のクジョウ派に敵対する派閥の計略だとしたら大成功だ」


 霧が晴れた後に見えたおぞましい風景にセイヤは身震いする。

 が、その後、力が抜けたように頬がゆるみ、うすい笑みがこぼれる。


「……そのずる賢さと冷徹さを他国との外交に活かしてほしいものだ」


 政界の連中が、人の命まで利用し、ここまで計算高く冷酷に立ち回れるのであれば、トウアという国はそうそう外国からいいようにはされないだろう。

 政界の連中はとっくの昔に平和ボケから脱していたのだ。国民だけが置いてけぼりを食らっていた。


 ――政界内の謀略……パワーゲームか。もはやオレがどうこうできる話じゃない。オレにできるのは、自分と自分の身近にいる大切な者たちを守るだけだ。


 ふと、あの少年――キリルに「国を変えるべきだ」というような説教したことを思い出し、苦々しい気分に陥る。

「そんな大それたこと自分だってできないのに……」


 セイヤの冷笑は自嘲に変わった。


 ――えげつない政治家たちが暗躍するトウア国も、警戒するべき国かもしれない。


 頭の中で警笛が鳴り響く。


 ――国は多数を守るために少数の個人を切り捨てる。


 シベリカが敵だった時、自分は国側の視点でそれを黙認した。

 が、自分と自分の大切な者が、国から犠牲にされる少数の個人のほうに入ってしまったら……逃げるか、逃げることができなきゃ戦うだろう。

 そして、もし自分の大切な者の命を奪われたら、全力をかけて、どんな手を使ってでも復讐する。


 セイヤは笑みを引っ込めた。そして、なぜかサギーのことを想う。


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