第2章 特殊戦闘部隊配属―マッチョ先輩登場!
数日後、セイヤとリサは治安局中央地区管轄の特戦部隊に所属する公務員として職務に就いていた。出動要請がない時は、パトロール隊の補佐として街の巡回をしたり、警察隊の捜査を手伝ったりするが、それ以外の時間は訓練に充てられていた。
「セイヤ、射撃訓練に行こうぜ」
同僚のジャン・クローが声をかけてきた。
ジャンは、セイヤより4期上の先輩で、任務の時にはバディを組むセイヤのパートナーである。
赤髪で愛嬌のある顔立ちをしていたが、男性ホルモンが過剰に分泌されているのではと思わせる大いなるマッチョであった。制服を着崩し、たくましい胸板を見せつけるがごとくシャツのボタンを2つほど外し、ちょっと暑苦しいオーラを放つ。
特戦部隊の隊員は皆、そこそこにマッチョだが、ジャンはその中においても『マッチョの中のマッチョ』『スーパーマッチョ』だった。
そんなマッチョが集う特戦部隊室はむさ苦しいことこの上ない。
特戦部隊は二人一組で動くことが多く、ほとんどの隊員にはパートナーが決められている。セイヤとしてはリサと組みたかったが、新人同士の組み合わせなどあり得ず、このジャンという筋肉お化けがセイヤの相棒となった。
一方、リサには決まったパートナーがいなかった。
誰も女のリサと組みたがらず、外回りの仕事の時だけ、先輩たちが持ち回りで適当に組んでくれていた。
「この部隊では女性隊員は初めてでな。皆、どう扱ったらいいのか分からないのだろう。私の命令でパートナーをつけられないこともないが、周囲の者も君自身も、お互いに慣れることを優先したい。まずは様子見をさせてくれ」
直属の上官となる特戦部隊ファン隊長はリサにそう説明した。
マッチョたちを率いるファン隊長も同じくマッチョで、濃ゆい顔をした食えない感じのおじさんだったが、そんな隊長はリサをこう評してくれていた。
「私は、訓練生時代からキミの射撃の素質を買っていた。キミも特戦部隊を希望していると聞いて、人事に推薦し、キミを採ることにしたのだ」
リサはパートナーがいてもいなくてもどちらでも良かった。かえって決まったパートナーがいないほうが煩わせられることもなく、ラッキーだとさえ思っていた。
――私の売りはやっぱり射撃か。なら、もっと腕を磨かなきゃ……。
書類仕事が片づいたので、さっそく射撃場に行ってみたリサだったが――セイヤとジャンが先に来ていたので、そのまま踵を返した。
あれからずっと、リサはセイヤを避けていた。
・・・
「あれ、あのコ、うちのリサじゃないか」
ジャンの声に、射撃の準備をしていたセイヤは振り返ってみたが、もうリサの姿は見えなかった。
「射撃訓練に来たみたいだけど、オレたちの姿を見たら帰っちゃったぜ。感じ悪いよな~」
ジャンはセイヤに同意を求めたが、セイヤはどう反応していいか分からず、ジャンから視線を逸らした。本当ならば、ここは適当に話を合わせて詮索されないようにするのが一番よかったが……できなかった。
「ん? お前、ひょっとしてリサのこと気に入ってる?」
案の定、ジャンは食いついてきた。
「いえ、そんなんじゃ」
「そういやあ~、同期だよな~、お前とリサ」
「……」
「もしかしてリサと何かあったのか?」
詮索モードに入ったジャンは射撃訓練もそこそこに、しつこくしつこくしつこくセイヤを問い詰める。
「オレたち、パートナーだろ。話せよ。秘密は守るからさ。それとも、このオレを信用できないのか?」と迫り、ついには――
「話さないなら、ほかのヤツらにお前とリサが何かあったらしいことを尾ひれをつけて言いふらす」と脅してきた。
ああ~何でこんなことに、と思いつつ、セイヤは仕方なく――「内緒ですからね。先輩を信用して話すんですからね」とリサとのことをかいつまんで話した。
セイヤの話を聞いたジャンは顎に手をやり「ほお~」とニタニタする。
「このことは、ほかの人にしゃべらないでくださいね」
セイヤは念を押す。
が、それには応えず、ジャンは話を進めた。
「で、どうするよ?」
「はい?」
「リサはお前に惚れているから、ああいう態度になるんだろうよ。ここは一つ、男のお前が迫ってやれよ」
「え、どうしてそういうことになるんですか?」
「オレの経験上では、そういう判断になる」
「リサはオレを避けているんですよ?」
「お前のことが気になるから、わざと避けているんだろ」
「え」
「行け。唇の一つくらい奪ってこい。大丈夫だ。このオレが保証するぜ」
「え」
「万が一、撃沈した時は、このオレがお前の骨を拾ってやろう」
「撃沈って……保証してくれるんじゃないんですか?」
「お前さあ、恋に保証を求めるなよ」
「さっきと言ってることが違うじゃないですか」
「言葉の綾というやつだ。細かいことは気にするな」
「撃沈するくらいなら、今のままでいいです」
「なさけないヤツだな。ここは特戦部隊だぞ」
「関係ないでしょ」
「い~や、ここは女に飢えたヤロウどもの巣窟だぜ。さっさとモノにしないと、ほかのヤツに取られるぞ。それでもいいのか?」
「……」
何も応えないセイヤに、ジャンはズバリと訊く。
「リサに惚れているんだろ?」
「いえ……その……」
セイヤは口ごもる。
そんなセイヤにイライラするかのようにジャンは問い詰める。
「なぜ、ごまかそうとする? さっきからずっと『リサが好きだ』という反応をしておいて」
「……」
セイヤは完全に固まってしまった。
ジャンはため息をつきながらも、ニヤリと笑う。惚れた腫れたの類の話が大好きのようだ。
「仕方ない。ここは先輩としてお前の恋愛相談にのってやろう」
「いえ、けっこうです」
「遠慮は無用だ」
「いえ、遠慮してません」
「このジャンに任せろ。オクテなお前の面倒をとことん見てやるぜ」
「先輩、聞いてます?」
「任せてくれないなら、ほかのヤツに話す」
「約束、破る気ですか」
「リサをモノにできたらオレに酒でも奢れ。撃沈ならオレが奢ってやる。あ、トイレ」
「え……ちょっと」
ジャンは言いたいことだけ言って、さっさとトイレに行ってしまった。
論戦には少々自信があったセイヤだが、ジャンには全く論理が通じないことを知って、頭を抱えた。
――ジャン先輩、おそるべし。
・・・
それからさらに数日が過ぎた。
リサは相変わらずセイヤを避け、決して視線を合わせようとしなかった。
格闘術の稽古でもリサはセイヤを頼らず、ほかの部署に所属する女性隊員に頼んで、空いている時間に相手をしてもらっていた。
そこまでしてオレを避けるのか、とセイヤはため息をつくしかなかった。
ジャンは『行け~』というジェスチャーを送ってくるが、正直うざい。
「んも~じれったい。本当にほかのヤツに取られちゃうぞ」
暇を見つけてはジャンはセイヤの尻を叩く。今日は格闘術の稽古を終えた更衣室で絡んできた。
「ったく煮え切れないヤツだな。オレがリサに話をつけてやろうか?」
「やめてくださいっ」
着替えの手を止め、セイヤはいつになく強い口調で拒否した。
「わかったよ。ま、やっぱ男として自分で話をつけたほうがいいとオレも思うしな」
さすがのジャンもこればかりは聞いてくれたようだ。
そんなジャンから視線を外し、セイヤはシャツのボタンをはめながら淡々とした口ぶりで言い足した。
「もし、ほかの男と一緒になることがリサの希望ならば……それでいいです」
「何?」
本気で言っているのかとばかりにジャンはセイヤの顔をマジマジと見つめてきた。
「オレはリサが危険なことにならなければ、それでいいんです」
「つまらないヤツだな」
ジャンが鼻白むように、ため息をつく。
「つまらなくて結構です」
本当に放っておいてほしかった。このモワっとしたマッチョ臭が漂う更衣室からも早く出たい。
が、ジャンは顔を落とし、ベルトを締めながら気になることを口にした。
「危険なことにならなければ、か。だが特戦部隊に入った以上、それは難しいかもな」
「……」
セイヤは無言のまま、ジャンに視線を戻す。
服を整えながらジャンは話を続けた。
「話を聞いていると、確かにリサはちょっと危なっかしい感じがするよな。気をつけてやれ」
そして遠くへ目をやり、さらにこう嘆いた。
「近頃、うちの管轄外でも凶悪事件が頻発しているし、犯人がなかなか捕まらない。……西地区だったかな。つい最近、殉職者が出たようだ。マスコミはあまり報道しないがな……。犯人が射殺されると大騒ぎするくせによ」
・・・
仕事を終えて寮に戻ってきたセイヤは自室に入るなりベッドに寝転がった。食堂に行って夕食を済ませなきゃと思いながらも、妙に疲れていて食欲もわかなかった。
それに――食堂にまだリサがいるかもしれない。
いつの間にかセイヤのほうもリサを避けるようになっていた。
気まずい思いはしたくない。
そうやっているうちにリサとはさらに距離ができてしまった気がする。でも仕方なかった。
セイヤは仰向けになり大きくため息をついた。
さっきの『殉職者が出た』というジャンの言葉が重く圧しかかる。その言葉を聞いた時、なぜか嫌な予感がした。
――リサは、兄の死を未だに引きずっている。
リサの兄を殺した犯人は捕まることなく逃げ切った。それで犯人を逃がしたくないという強い思いに駆られるのだろうか。
あの『ひったくり事件』の時、犯人らはナイフを見せつけた。
どんなに訓練を受けた者でも一瞬、身がすくむだろう。
なのにリサは躊躇なく犯人に突進していこうとした。
そこに、怖いもの知らずというよりも「刺されても構わない」というような自暴自棄の空気を感じた。
そう、あまりにもリサは危なっかしい。
本当ならばリサのパートナーとなって見守りたかったが、それは叶わない。特戦部隊に出動要請が来るような大事件の現場では、バディを組んでないリサとは別行動になるだろう。
と、ここまで思案した時、自分はなぜリサのことがこんなに気になるんだろう、とセイヤはふと考え込んでしまった。「惚れているのか?」という質問に率直に答えることができないのに。あんなふうにして避けられているのに。
危なっかしいリサと安定志向の自分。正反対のようでいて、お互い似た者同士のところもある。リサと同じく自分も天涯孤独で寂しさを抱えている分、リサの姿に自分を重ね合わせてしまうのかもしれない。
「ほかのヤツに取られるぞ」というジャンの言葉にも、内心、心穏やかではいられなかった。「ほかの男と一緒になることが本人の希望ならば、それでいい」とは応えたけど、胸がモヤモヤしていた。
論理的思考を好む自分は自己分析も得意だったはず。なのに、リサをほかの男に譲ることができるのか、それともできないのか――リサに関してのみ、自分の心が分からないことにセイヤは戸惑っていた。
譲れるものはさっさと譲り、その代わり、絶対に欲しいものや譲ることができないものに対して、最大限の努力をして取りに行くつもりだし、戦ってでも守る。そう考えていた。
けど、どんなにがんばっても、リサの心を手に入れることはできないかもしれない。
――だから予防線を張ってしまうのかもな。
わりと自分が臆病であることに気づいてセイヤは失笑した。「恋に保証を求めるなよ」というジャンの言葉が沁みる。
安定志向の自分は、不安定な恋愛は不向きだ。
ヘンに関係が壊れるよりは、友人のままでいいとも思っていた。友人でいたほうが穏やかに心地よく過ごせる。リスクのある変化は望んでない。
そう、セイヤは自分が大切にしている者を失うことを最も恐れていた。それはたぶん、幼い頃、両親を突然失ったことが影響しているのかもしれない。
だからリサとの友人関係をずっと保つことができたのだが……結局、今はリサに避けられている。
そもそもセイヤは人間関係を結ぶのが苦手だった。人と深くつきあったこともない。だから今も、どうしたらいいかまるで分からなかった。
ただ『リサを守りたい』というこの気持ちだけは確かだ。
――リサを見守るためにオレにできることは……
セイヤはそれだけを考え続けた。
・・・
リサとセイヤの関係は修復できないまま、時が流れていった。
リサは誰とも親しくならず、淡々と仕事をこなした。
ほかの男に対してもリサは距離を置いている――セイヤはそれだけで充分だった。ジャンがけしかけても乗らず、リサとの距離を保った。
このまま大きな事件も起きず、リサが安全に仕事ができればそれでいいとさえ思うようになっていた。
リサとは同じ職場なので縁が完全に切れることはなく、そのうちにまた距離が縮まるかもしれない。いつかリサのほうから歩み寄ってくれるかもしれない。そんな希望がずっと続く生活――それで上等だと。
しかし、セイヤとリサが特戦部隊に配属されて半年経った晩秋の頃。
すでに深い雪で覆われている高山地帯にあるトウア水力ダム発電所建屋内にて人質をとった立てこもり事件が発生し、セイヤとリサが所属する治安局中央地区の管轄内の事件として特戦部隊出動となる。