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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン4
68/73

第4章 強制捜査

 クジョウ首相の元秘書や民主平和党元副首相が、自分の孫を助けるためにシベリカ人の子どもを食い物にした可能性があることがテレビで放送されてから、シベリカ人たちの反発が広まり、その一部が暴徒化し、あちこちで暴動が起きるようになった。


 が、それは前もって想定されていたので、治安部隊は軍の力を借り、鎮圧した。


 その後、治安部隊と軍は『シベリカ人街』を取り囲み、検問を設け、シベリカ人たちを監視することになった。反発するシベリカ人もたくさんいたが、問答無用で抑え込んだ。


 今のところ、戒厳令を敷かずに済み、国政選挙はそのまま行われる予定だ。


 そんな折、特命チームはルッカー局長より任務を授かった。


 あれから――例の少女は見つかっていない。

 どこかに潜伏しているとしたら、場所は『シベリカ人街』しか考えられない。ひょっとしたら病院を逃げ出した少年も一緒の可能性もある。


 そこで、例の少女と実際に闘ったことがあるジャン、セイヤ、リサに『シベリカ人街』を捜査するよう命令が下った。


 ちなみに軍からの出向組の四人――ゴンザレ、アザーレ、フィオ、グレドは、国会襲撃事件では例の少女と少年を含む工作員らと銃撃戦はしたが、直に戦ったわけではない――は選挙が終わるまで街の警備を務めることになった。


 ジャンとセイヤとリサにとって、マオー氏の屋敷に現れた少女を取り逃がしたことは痛恨の極みであり、今度こそ自らの手で逮捕したかった。

 それに少女を野放しにしたままでは、ダイやヤハー氏の孫がまた襲われるかもしれない。彼らのためにも早期の逮捕が望まれた。


 ルッカーは、ジャンから例の少女を取り逃がしたという連絡を受けた時、警察捜査隊とパトロール隊には『マハー氏の孫の護衛をしていたこと』は伏せ、単に『国会襲撃事件の容疑者を発見。現在、逃走中』として、各地区につながる道路やトンネルに検問を敷かせ、数日間、解除させなかった。


 あれからずっと、少女は中央地区から出られなかったはずだ。つまり、少女が頼れる場所は中央地区にある『シベリカ人街』しかない。


 もちろん検問を設ける時も、まず真っ先に中央地区『シベリカ人街』へつながる道を封鎖した。が、その4日後。党首討論会でトウア人がシベリカ人の子どもを食い物にしたことが知られると、シベリカ人たちのデモや暴動があちこちで起き、治安部隊はそちらへ人員を割かねばならなくなった。その間、検問警備がうすくなってしまった。


 その隙に少女が『シベリカ人街』に逃げ込んだ可能性が高い。ルッカーはそう踏んでいた。


 ……いや、あえて検問警備をうすくさせ、少女を中央地区『シベリカ人街』へ逃げ込むように誘った、と言ったほうが正しいか。


 その中央地区『シベリカ人街』には今現在60万人近くのシベリカ人らがひしめき合って住んでいる。トウア人との間が険悪になるにつれ、シベリカ人らがこの『シベリカ人街』に越してくるようになり、ここ2、3年で街の人口は5割増えた。


 そう――『シベリカ人街』は街というより都市と言ってもいいくらいの規模だ。


 その上、シベリカ人らは捜査に非協力的で、例の少女や少年を見つけることは容易ではなかった。


 特例として少年少女の名前と顔写真が未成年にもかかわらず世間へ公表されることになり、現在も数百人規模の警察捜査隊が『シベリカ人街』を捜査し、聞き込みをしているが、これといって目ぼしい成果は得られていない。



 ということで今、ジャン、セイヤ、リサの三人は中央地区『シベリカ人街』に来ていた。


 ここはかつて貧民地区だったが、移民・出稼ぎ労働者としてトウアにやってきたシベリカ人たちが住み始め、やがて彼らのコミュニティと化し、シベリカ人が多く集まる場所として『シベリカ人街』と呼ばれるようになった。


 猥雑さに満ちたこの地域は、背の高い茶系の建物が不規則に連なり、入り組んだ細かい路地は陰り、昼間でもうす暗かった。おまけに曲がりくねった路が多く、迷いやすい。


 聞き込み捜査が上手くいかない警察捜査隊のほうは、片っぱしから疑わしい建物の強制捜査に乗り出していた。


 もちろん、強制捜査するのに裁判所の令状が必要だ。通常では何かしらの証拠がなければ令状は下りないが、裁判所のほうが審査を甘くし、令状を乱発していた。司法も「早く捕まえろ」という世論に押されてしまっているのだろう。


 法治国家としてこれは問題だが、こういった警察捜査隊の強制捜査のおかげで、捜査すべき範囲が徐々に絞れてきている。


 それに今は軍が街の治安維持に協力してくれており、暴徒は抑えられ、犯罪件数は減っている。治安部隊としても、余力があるこの間に解決したかった。


 ただ、シベリカ人の警察捜査隊への反感は募る一方だった。


 そこでセイヤは私服での捜査を提案し、ルッカーから許可を取った。制服姿だと最初から警戒され、シベリカ人らに身構えられてしまう。私服姿であれば、まずパッと見ではトウア人かシベリカ人かも分からず、相手の警戒心もいくらか和らぐだろう。


 そんな私服姿のジャンたちに割り振られたのは『シベリカ人街』の北側の一角で、そこは主に商店と食堂で占められていた。


「セイヤ、お前もう大丈夫なのか? 足手まといになるのはゴメンだぜ」


 お昼時。家々の台所から放たれる独特の香辛料の匂いが漂う狭い路地を歩きながら、ド派手なプリント柄のシャツを着たジャンは、後ろにいるセイヤを振り返った。


「分かってます」


 セイヤのほうは相変わらず無難に地味なシャツとスラックスでまとめている。


「走るのは控えてよね。お医者さんからも注意されているんだから」


 涼しげな水色のブラウスとパンツ姿のリサもセイヤに釘を刺す。


 医者からは休むようにと言われていたセイヤだが聞く耳持たずついてきてしまったようだ。

 それを聞いたジャンは呆れた声を出した。


「おいおい、やっぱ家へ帰ったほうがいいんじゃないか」


「大丈夫です。オレは体ではなく頭を働かせますから」


 セイヤは、ジャンの『帰れコール』を受け流す。


「じゃあ、さっそくその頭に働いてもらうか。お前なら、どこから手をつける?」


 ジャンは片眉を上げ、試すような視線を送ってきた。

 待ってましたとばかりにセイヤは答える。


「一般シベリカ人は治安部隊には非協力的だけど、かといって例の少女や少年を喜んでかくまうとも思えません。他人をかくまうって、けっこう大変ですから。

 もちろん仲間の工作員関係者かバックについているんだろうけど、彼らも自分たちのアジトにはかくまえません。警察捜査隊が躍起になって探している二人と一緒にいるのは危険です。工作員らも彼らとは距離を置きたいはずです」


 狭い路地を抜け、若干広い通りに出た。そこはシベリカ特産品の香辛料や食材を売る店が並び、賑わっていた。あちこちからシベリカ語が聞こえ、異国情緒が漂う。


 影を落とす日陰は黒さが増し、日向はより白く輝く。空はあちこちに雲をたなびかせながらも晴れ渡り、汗ばむ陽気となったものの、ごった返す背の高い建物群が路地に影を落とし、道行く人を真夏の直射日光から守っていた。


「シベリカ本国から見れば、警察に目をつけられた少女と少年は工作員として利用価値がありません。内紛を抱えたシベリカ国は今は国内問題で手一杯ですから、資金にも余裕がないはずです。利用価値がなくなった彼らをかくまうための無駄金は出さないでしょう。彼らは自力で何とかするしかないと考えられます」


 白熱の陽光を抱く空を眩しそうに見やりながらセイヤは続けた。


「なるほど。で?」


 ジャンが相槌を打ち、先を促す。


「もしオレがかくまう立場ならボランティアではできません。ただ飯は食わせられない。それなりに仕事をしてもらいたい。だとしても人目につかない仕事になるでしょう。食堂なら厨房で皿洗いとか、商店や会社なら倉庫で在庫整理とか清掃とか……集団ではなく一人でできる作業、そして素人でも簡単にできる仕事です」


 ここでセイヤはひとまず区切り、顎に手をやり、考えを整理しながら口を開く。


「大きな会社は人の出入りもけっこうあるのでリスクが高い。ですから会社といっても個人的な零細企業でしょう。それに、あいつらを生活させ寝泊りさせるのに、家の中で一緒に生活するというのはかなり負担です。一方、納屋、倉庫のスペースを少し空けて貸すくらいなら、負担は少ない。

 よって、あいつらは商店か食堂か工場、小規模な会社の倉庫で暮らしていると考えられます。通勤で外に出歩くことも避けたいでしょうからね」


「つまり、単純作業的な仕事を必要とする商店・食堂・工場・会社。その敷地内に倉庫や納屋がありそうなところをチェックしていけばいいってことだな」


 ジャンは頷きながら、確認するようにセイヤを見やった。

 それを受け、セイヤもジャンに頷き返す。


「地下室を倉庫にしているところもあるから、そういうのも見逃さないようにしてください」


「よし、今日はその条件に当てはまりそうなところをチェックしていこう。で、捜査令状を取ってから、本格的に動くぜ」


 やるべきことは決まった。


   ・


 それから数日後。

 ジャンとセイヤ、リサがチェックした場所の捜査令状が下り、三人は強制捜査に乗り出した。ちなみにこれは当然、制服姿で行った。


 その間に選挙も無事に終わっていたので、『シベリカ人街』での強制捜査は、ゴンザレ、アザーレ、フィオ、グルドも参加した。もちろん警察捜査隊の手も借りた。パトロール隊も総出で『シベリカ人街』の見回りを強化していた。


 強制捜査は一部のシベリカ人たちから反発され、軽い妨害を受けたものの、粛々と進んだ。


「でもさ、犯人はもう、強制捜査が終わった区域に移って、そこでかくまわれてたりしてね」


 割り振られた捜索先に向かいながら、リサは隣を歩いているセイヤにつぶやく。今回、ジャンのほうは警察捜査隊のほかの隊員と行動を共にしていたので、セイヤとリサは二人一組で動いていた。


「もち、その可能性が全くないわけじゃない。ただ、強制捜査はいい牽制になったかもしれない。治安局がいかに本気かが感じられたはずだ。治安局ににらまれてまで、かくまおうとする人は少ないだろう。そう簡単に協力者が見つかるとは思えない。

 それに強制捜査が終わった区域にある空き家や空き倉庫、宿屋については引き続き、公安隊や警察捜査隊の監視下にあるしな」


 セイヤは前方を向いたまま応える。


 選挙が終わった今も、ルッカー治安局長の要請により、クジョウ首相は国防軍へ、街の治安維持の協力するよう命を下し、軍による街のパトロールを強化していた。その分、この『シベリカ人街』の捜査に、中央地区管轄の治安部隊・警察捜査隊とパトロール隊のほとんどが動員され、犯人=少女の逮捕に全力を注いでいた。


   ・・・


 こうして警察捜査隊による強制捜査が『シベリカ人街』のあちこちで始まるようになり――


 キリルとサラはすでに強制捜査が終わった区域へ移動しようと試みたものの、彼らをかくまおうという協力者がなかなか見つからず、まだ動くことができないでいた。


 強制捜査を受けた者は、彼らと関わり合いになるのを避けた。トウア人のことが嫌いでも、ここはトウア国であり、ここで暮らす以上は治安局に目をつけられるようなことをしたくはないというのが一般シベリカ人の考えだ。工作員があちこちで協力者を探してはいたが、よい返事はもらえていないようだった。


 そう、セイヤの言うように強制捜査は一般シベリカ人に圧力を与える効果もあったのだ。『犯人をかくまっていたら、ただでは済まない』というメッセージを暗黙のうちに伝えていた。


 警察捜査隊は血眼になってキリルとサラを探している。だから工作員らも自分たちのアジトでキリルとサラを世話するわけにはいかなかった。万が一、警察捜査隊に見つかったら、ほかの工作員らにも害が及ぶ。アジトも使えなくなり、多くの工作員が路頭に迷うことになる。


 今現在、本国シベリカからは『工作活動休止命令』が出されており、支援も打ち切られていた。工作員らは自力で生活するしかなく、自分のことで手いっぱいで、いつまでもキリルとサラのことにかまっていられなくなった。彼らに深く関われば、自分たちも捕まるかもしれないのだ。手を引くしかなかった。


 それに――

 治安局に目をつけられているキリルとサラは、もう工作員として終わっていた。


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