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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン4
60/73

第2章 極秘任務

 薫風に揺れる新緑が眩しく、初夏を感じさせる陽気となっていた。


 セイヤとリサの自宅マンションに、先日買ったソファとテーブルが届いた。業者の人に居間まで運んでもらい、テレビ前にベージュ色の布製のソファとガラス製のテーブルが配置されると、部屋の様子がぐっと豪奢な感じになった……気がした。要は雰囲気だ。


 業者の人が帰り、リサはさっそく寝室から運んできたぬいぐるみ『ゴリラ3兄弟』をソファに並べ、ソファの座り心地を楽しむ。

 ついでにテレビを点けて、そのままくつろぎモードに入りつつも、ある報道がリサの表情を曇らせた。


 新聞でも目にした『12歳の子どもが殺された事件』だ。


 そう――ここんとこ連日、10歳~12歳くらいの子どもが殺される事件が続き、無差別に子どもを狙った連続殺人の可能性が示唆されていた。これで三人目である。


 いずれも西地区・北地区・東地区で起きたことであり、リサらが所属する中央地区治安部隊の管轄外の事件であったが、中央地区でも話題になっていた。


 今回の西地区、そして以前の北地区と東地区で起きた事件については、その管轄の警察捜査隊がそれぞれに動いていたが、犯人の目星はつかめていないようだった。


「イヤな事件……」

 ついリサは独り言を漏らす。


 そこへシャワーから上がったセイヤが『ゴリラ3兄弟バスタオル』のゴリライラストがない裏面で頭を拭きながら居間にやってきた。


「あ、ソファがきたんだな」


 そう言って、ぬいぐるみの『ゴリラ3兄弟』に目をやった。やっと寝室から去ってくれてホッとする。もちろんソファに居座られるのも愉快ではないが、寝室に居られるよりはいい。


「うん……」


 リサは返事をしつつも視線はテレビに向けたままだったので、セイヤもテレビへ目をやる。


「また子どもが殺された事件か……」


 いずれも刺殺であり、心臓を一突きされており、同一犯による連続殺人の疑いが出てきた。


「これで三人目……無差別なのかな。3件の家族はお互い交流もなく、見知らない全くの赤の他人らしいし」


 その時、ニュースでは被害者について近所の人の声を届けていた。


『ええ、7年か8年くらい前に越してきたんですが、当時、その男の子は病弱だったようで、いつもお母さんが心配している様子が伺えました。でもやっと元気になって、外を飛び回っている姿をよく見かけました。本当に……かわいそうに……』


 やりきれない思いにリサは深くため息を吐いた。せっかく新しいソファとテーブルが届いてワクワク気分だったのに、すっかり萎んでしまった。


   ・・・


 翌日、特命チーム7名は治安局長室に呼ばれ、ルッカー局長からある任務を命じられた。


「今日から2週間、民主平和党クジョウ首相の筆頭秘書官マオー氏の孫および民主平和党ヤハー副首相の孫の24時間警護ですか……」


 任務内容を復唱しながら『ゴリラその1』ことリーダーのゴンザレは怪訝な色を隠せなかった。特命チームが動かなければならないような仕事に思えなかったからだ。


「2週間後には国政総選挙がある。立場が立場だからな。公にしたくないということで、我が特命チームが担うことになった」


 ルッカーは机に両手を組み、威嚇するようにゴンザレを見やる。まるで疑問を持つことは許さないとばかりに。


 部屋は一瞬で張りつめた空気になる。ルッカーの前に並んだゴリラその1=ゴンザレ、ゴリラその2=アザーレ、メガネ=フィオ、クール=グレド、そしてジャンとリサは思わず目を落とす。


 だが、セイヤだけはどこ吹く風で、ルッカーからの視線を受け止め、長々と疑問を呈した。


「電話で『孫を殺す』と脅迫されたとのことですが、ボイスチェンジャーを使われたため性別が分からず、マオー氏もヤハー氏も犯人に心当たりもないとのことでしたね。そしてその脅迫内容では、犯人は取引を持ち込んでいません。

 だとすると単なるイタズラや嫌がらせかもしれません。マオー氏とヤハー氏であれば、それぞれ一流の民間警備会社に頼むこともできたはずです。民間だって客の個人情報は守ります。

 なのになぜ公の特命チームが動くのですか? しかも24時間警護というのは尋常じゃありません。犯人が殺害に動くという根拠は何ですか? この犯人は2週間後に行われる総選挙に関係あるのでしょうか? 

 しかしマオー氏もヤハー氏も犯人に心当たりはないのですよね? でもイタズラや嫌がらせとは考えず、殺されると思っているのですよね? 矛盾してませんか?」


「お前は私の命令に従えないというのか?」


 ルッカーは射抜くような鋭い視線をセイヤへよこす。


「いえ、疑問に思ったことを述べただけです。今、かなり質問をさせていただきましたが、それだけ不自然だということです。これでは任務遂行に支障をきたします」


 セイヤの言うことはもっともだとばかりにリサとゴンザレとフィオは頷く。グレンは相変わらず無反応。ジャンとアザーレは口をあんぐりと開けて、セイヤとルッカーを交互に見やっていた。


 ルッカーは軽くため息をつくと頬をゆるめ苦笑した。

「納得いかなければ上官にも臆せずに理路整然と物言いするか……お前らしいな」

 そう言うと、改めて全員を見回し、厳しい表情に戻った。

「今から言う内容は極秘扱い。外部に漏らせば厳罰対象となる事案だ」


 特命チーム7名は、この任務を担うに至った詳細な経緯をルッカーより説明された。


   ・・・


 トウア国では2週間後、国政総選挙が行われることになり、各党の候補者は選挙運動に忙しい日々を送っていた。


 先の国会襲撃事件で、国会議員の8割が死亡あるいは重傷を負い、議会を遂行することが困難となり、今のトウア国は立法府が機能していない状態だ。


 事件後、トウア国はさらに治安が悪化し、暴徒が闊歩する混乱状態となり、一時は物流が滞り、戒厳令が敷かれる事態となったが、軍の出動によりやっと社会が落ち着いてきたので、民主平和党のクジョウ首相は解散することにし、総選挙の運びとなった。


 ちなみに――トウア国の法では、議員は解散と同時にその地位を失うが、クジョウ首相は、新しい内閣が発足するまで『首相の権限』を持つ。解散や議員の任期満了による国会議員の地位を失っても、次の首相が決まるまでその地位が保たれる。


 そのクジョウ首相は世論調査では90%の支持率があり、クジョウ氏が率いる民主平和党は大勝し単独過半数を取ると予想されていた。クジョウも再び首相の地位を獲得するだろうと言われている。


 そんな状況下で起きた『民主平和党クジョウ首相の第一秘書マオー氏およびヤハー副首相の孫の殺害予告事件』だが――


 なぜマオー氏とヤハー氏は単なる悪戯とは思わず、自分の孫の命が狙われると確信しているのか――それは先の、ほかの地区で子どもが殺された3件の事件と関係していた。


「殺された三人の子どもと、マオー氏とヤハー氏の孫は、8年前の同じ時期にシベリカで密かに心臓移植手術を受けていた……そんな共通点があったのか」


 特命チーム専用室に戻ったセイヤは誰に言うのでもなく独りごちた。


 犯人は、マオー氏とヤハー氏に『先の3件の事件の被害者が8年前にシベリカで心臓移植を受けていること』を示唆し「孫を同じ目にあわせる」と脅したという。


 マオー氏とヤハー氏は脅迫を受けた後、選挙前の大事な時期ということで、治安局より先にまずクジョウ首相に打ち明けた。そしてクジョウ首相からルッカー局長に相談が行ったのが、事の経緯の始まりだ。


「何で? 心臓移植すると誰かに恨まれるのか?」


 ルッカーが言葉を濁しながら説明したため、ジャンにはまだよく分からなかったようだ。


「シベリカでは臓器売買ビジネスが横行していて、特に子どもを対象にした売買が盛んだという噂を聞きます。恨んでいるとすれば、心臓を取り出されてしまった子らの関係者かもしれません。だから先の三件の被害者の殺され方が……心臓一突き」


 ジャンの問いにセイヤが足もとの床を睨みつけながら説明した。


「え? 臓器売買って……生きている子どもから心臓やら臓器を取り出すってことか? それって殺人じゃねえかっ」


 思わずセイヤの胸ぐらをつかんだジャンはそのまま質問を続けた。


「まさか、殺された三人の子どもの親とマオー氏・ヤハー氏はそれを知りながら、自分の子どもや孫に心臓移植をさせたのか? 臓器売買に加担したってことか?」


「いえ、臓器売買に加担したというのは言い過ぎでしょう。脳死者からの正規の移植だった可能性もあるわけだし。ただ、臓器売買の疑惑を持ちながら、移植手術を受けさせた可能性も否めません」


 胸ぐらをつかまれたままのセイヤはジャンの視線を微妙に外しながら答えた。


「それを選挙前のこの時期に世間に知られたくない、だから極秘扱い……。なるほどな、臓器売買が疑われる移植手術にクジョウの秘書や党の重鎮が関わったことを世間が知ったら、クジョウ率いる民主平和党は大打撃だからな。……何だか胸糞悪いな」


 ジャンはそう吐き捨て、やっとセイヤから手を放した。

 が、ジャンの怒りに同調することなく、セイヤは冷静にこう分析する。


「いえ、極秘扱いの理由は別にあります。

 そう、トウア人が、しかもトウア国の政権与党である民主平和党関係者が、シベリカ人の子どもの臓器を買ったという疑惑を、トウアにいるシベリカ人らが知れば、黙ったままでいるはずがありません。またあちこちで暴動を起こす可能性があります。

 選挙の時に戒厳令が敷かれる事態になったとしたら大変です。その場合、選挙が先送りになるかもしれません。が、それだけは避けねばなりません。治安をこれ以上悪化させず、速やかに選挙を行うべきです。

 極秘扱いは国と国民のためなんです」


 本当ならば、この件はあくまでマオー氏とヤハー氏個人の問題であり、民主平和党は関係ないのだが、世間はそう見ない。

 また、数人のトウア人が個人的にシベリカ人の子どもを食い物にしたかもしれないのであって、このことでシベリカ人がトウア人全てに怒りを向けるのもおかしいのだ。

 そもそも臓器売買による移植だという証拠はない。


 しかし、シベリカ人の多くはそうは考えてくれないだろう。疑惑だけで黒とし、トウア人そのものを憎悪する。


 もちろん、その反対もしかり。一部のシベリカ人が何か個人的に犯罪を行った場合、トウア人は『シベリカ人が起こした犯罪』だとして、シベリカ人全体を嫌悪する。


 こうして、お互い民族憎悪を募らせている。それが今、トウア社会で起こっている現象だった。


 なので、この件を世間に知らせるとしても時期を考慮しないといけない。

 国と国民の利益になるかならないかで判断するべきで、それが正しいかどうかは関係ないのだ。


 世間に知らせたために起こりうるマイナス面があまりに大きければ公表しないほうがいい――セイヤはそう考えていた。


 そこへ、リーダーのゴンザレが話に入ってきた。


「さっきの局長の話によれば、マオー氏は選挙が終わったらクジョウ首相の秘書を辞職し、ヤハー氏は急病という名目で立候補を取りやめ、そのまま政界から身を引くそうだな……。選挙が終われば、孫の護衛はおそらく民間の警備会社に頼み、引き継いでもらうんだろう。

 だが、選挙が終わるまでは、彼らの孫がシベリカで心臓移植を受けていた件は極秘だ。

 だから守秘義務違反に厳罰が伴うオレたちにお鉢が回ってきたのか……」


「なるほど、2週間の警護期間の意味はそういうことだったのか。で、今までシベリカで心臓移植した子が三人殺されているから、マオー氏とヤハー氏の孫も殺される可能性が高いと判断したわけだ。

 んじゃあ、やっぱりマオーもヤハーも犯人に心当たりあったんじゃねえか」


 ジャンの舌打ちの混ざったつぶやきに、セイヤは首をかしげた。


「いや、彼らは殺害予告してきた犯人そのものには心当たりはなかったかもしれません。心当たりがあるのなら、オレたちは子どもの護衛するとともに、犯人の捜査のほうも命じられていたと思います」


「ん……」


 言葉を飲み込んだジャンを尻目に、セイヤは考えをまとめる。


「犯人は、マオー氏とヤハー氏に、先の3件の被害者と彼らの孫の共通点を示唆して脅したとはいえ、何も要求してこなかったのだから、脅迫したというより殺害予告をしたと捉えたほうがいいでしょう。

 それまでマオー氏もヤハー氏も、先の3件の殺人事件の被害者が、自分たちと同時期にシベリカで心臓移植を受けたことを知らなかったと思います。

 局長の話によれば、マオー氏とヤハー氏もクジョウ首相に打ち明けるまで、お互いの孫のことは知らなかったとのことでしたよね。それなのに犯人側は、その3件の被害者とマオー氏とヤハー氏の孫が8年前にシベリカで心臓移植を受けていることを知っていた――そんな情報を得られる立場にいたということです。

 対して治安部隊警察捜査隊側は、3件の殺人事件についてはそれぞれ管轄が違うところで捜査しているので、被害者の共通点なんて分からなかったと思います。しかも心臓移植は8年前の話で、事件と関係あるとは考えなかったでしょう」


「確かに普通、8年も前のことが犯行動機になるとは思えないしな」


 ジャンも顎に手をやり、思案気に顔を床に落とす。

 それを引き継ぐようにセイヤは推測を述べた。


「今も、警察捜査隊は3件の被害者の共通点を知らないままかもしれません。オレたちも局長から話を聞くまで知りませんでした。選挙が終わるまでは世間に嗅ぎつけられないようにしたいでしょうから、警察捜査隊に情報が行っていない……いや、行かせないようにしているのかもしれません」


「じゃあ、犯人は選挙が終わるまでこのまま野放しってことか」


 ジャンは苦虫をつぶしたような顔を再びセイヤに向けた。


「だから、オレたちにお鉢が回ってきたんです。もちろん、警察捜査隊の連中だって守秘義務に反すれば厳罰食らいますが、この事件に関わっているのは東・北・西地区の警察捜査隊ですから、あまりに人数が多すぎます。どこから漏れるか分からず、リスクが高すぎます」


「なるほど、このことを知る人物は限られるべきということで、僕たち特命チームが選ばれたんですね」


 フィオもメガネの位置を直しながら頷き、セイヤを見やる。


「犯人はすでに三人の子どもに手をかけてます。マオー氏とヤハー氏の孫も狙われる可能性は高いです。ただ、先の3件の殺人事件には予告はなかったのに対し、ヤハー氏とマハー氏のところには『孫を殺す』という予告があった――しかも、もうすぐ総選挙という時期に。このことはやはり引っかかりますが……」


 そう言いながら、セイヤはまだ考え続けていた。


 ――あまりに疑問点が多すぎる。心臓移植は8年前の話だ。なのになぜ今になって?


 いや8年後の現在、やっと復讐者の手にその情報が入り、調べがついたから実行したということなのか?


 しかし、ならばなぜマオー氏とヤハー氏へ孫の殺害予告をする? 予告をすれば相手は当然、警戒する。その分、殺害実行が難しくなる。


 やはり選挙が関係しているのか? 選挙前のこの時期、このことが公になって得をするのは、クジョウ首相率いる民主平和党に敵対する勢力だ。だからマオー氏とヤハー氏にだけ殺害予告をし、公になることを狙った?

 だとすると、これは復讐ではない――?


「ま、とにかくその孫とやらを護ろうぜ。そりゃ臓器売買なんて許せねえが、だからといって心臓移植した子どもが殺されていいことにはならないからな」


 思考の世界にいたセイヤをアザーレの言葉が引き戻す。


 グレドは相変わらずこれといった反応は示さなかったが、厳しい視線を虚空に放っていた。

 セイヤの話をずっと聞いていたリサはやりきれなさを抱えつつ、任務を遂行することだけを考えた。心臓移植をした子どもには罪はない。


 こうして7名はミーティングを終え――


 クジョウ首相の秘書だったマハー氏の孫の警護にはジャンとセイヤとリサの三人が、ヤハー副首相の孫にはゴンザレ、アザーレ、フィオ、グレドの四人がつくことになり、それぞれ警護対象の許へ向かった。

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