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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン3
53/73

第6章 血に染まった手

「ほぼ、思い通りに行ったな」


 中央地区治安局長室で、椅子に浅く腰掛けたホッシュ・ルッカーは机の上で手を組み、うすい笑みを浮かべながら、目の前で直立しているセイヤ・シジョウを見やった。相変わらず恫喝の色を含んだ鋭い目つきだったが、セイヤは臆することなくルッカーに視線を合わせる。


「しかし、国会議員の8割がいなくなり、可決すべき法案がストップしたままです」


「とりあえず選挙だな。ま、ほとんどの国民は目が覚めただろうから、まともな政治家を選んでくれることを信じよう」


「……ですが、犠牲者のことを思えば、あまりに荒療治だった気もします」


「国会襲撃事件に限っては、一般市民は犠牲になっていない。犠牲者は公僕と国会議員だ。彼らは『今までの世間』と『今までの法』に殺されたのだ」


「国会襲撃事件では、ついに軍は動きませんでしたからね」


「もちろん、治安部隊だけで対処するようにした私も同罪だ。が、首相も国内テロに軍を動かすことには消極的だった。テロについては治安部隊で対処してほしいと言うのが以前からの首相のご意向だ。つまり首相も同罪ということだ。しかし、それを言うなら、軍を法でかんじがらめに縛りつけ、そうせざるを得なかったという点で、国民含めこの国全体の罪だ」


 その言葉を聞き、セイヤはルッカーから少し視線を逸らした。首相は自身があそこまで危ない目に合うとは想定していなかったのでは、と思った。


 それでも……実際に工作員らの襲撃を受けた首相は軍の出動命令ができなかった。いくら軍の最高指揮官とはいえ、議会の承認を得ず独断で軍を動かすわけにはいかなかったのだろう。トウアの法はそうなっている。けれど、あの場で議会の承認などと言っていられる場合ではなかった。


 そしてルッカーのほうは首相が死んでもかまわないとすら思っていたのかもしれない。首相の死はトウア国民に相当なインパクトを残す。国民は軍と治安部隊のさらなる強化を望むようになるはずだ。軍への足枷もなくす方向へ――そういった法改正もすんなり通るだろう。


 そんなセイヤの心の内に湧き出た疑問を察したかのように、ルッカーは言葉を被せた。


「本当の敵はシベリカ国のような我が国の権益を狙う外国だ。今回の犠牲者はシベリカ国に殺されたと言うのが一番正しい。『今までの世間』と『今までの法』は結果的にそれに加担してしまったのだ」


「……」


 無言のセイヤをねめつけ、さらにルッカーは問いかける。


「世間は国家権力の恐ろしさばかりを取り上げるが、本当に一番恐ろしいのは世間だと思わんかね?」


「……ええ、民主主義社会である以上『世間の空気』は政治に多大な影響を与えます。だから、シベリカ工作員はまず世論操作を仕掛けてました」


 恐ろしいのは世間の空気。これには同意するセイヤだった。


 思えば、あの『シベリカ人労働者による発電所立てこもり事件』も、シベリカ国の作戦を有利に進めるための世論づくりとして行ったと推測できる。民主主義国家トウアに多大な影響を与えているのが世論、民意だからだ。


「一番の権力者である『世間の空気』は変わった。これからトウア国は変わるだろう。犠牲者の死を無駄にしてはいけない」


「超法規的措置で、軍が街の治安を取り締まるようになったのですから、すでにトウア国は変わりました」


「確かに。多くの国民が軍の働きを歓迎し、期待している。つい最近まで考えられなかった現象だ」


 ルッカーは口許では笑みをこぼしていたが、目は笑っていなかった。


「ただ、軍にばかり活躍されていては、我々治安部隊の存在価値がなくなってしまう。だから治安部隊にも軍並みのスキルを持ってもらいたい。我が国は中に対しても外に対しても強くあってほしい。私は軍と治安部隊の垣根を取っ払いたいのだ」


「特命チームに来た軍からの出向組四人がその象徴ですね」

 セイヤはそう言うと、探るようにルッカーを見つめた。


「それに……四人は例の作戦にも関与したのではありませんか? アリア国やマハート氏率いる地方独立運動家へ武器や兵器の密輸、運搬の手助けをする実働部隊として動いた。そんな反平和的な超法規的措置に関わってしまった四人を軍から引き離し、近くで監視するために、うちで引き取ったのでは?」


「ま、それは機密事項になる」

 ルッカーは人差指を立てて振った。おどけた笑顔だったが、しかしその尖った眼光は「これ以上、追究するな」と言っていた。


「君にもルイ・アイーダへの口利きや、シベリカ国の地方独立運動を手助けする作戦計画を立ててもらった。マハート氏を引き込めという君の案もなかなかのものだった。本当にご苦労だった」


 この機密作戦の前からすでにルイとマハート氏は手を組んでいたのだが、今回の作戦にマハート氏のグループを組み入れ、ルイとアリア人地下組織との連携がスムーズにいくようルッカーに口添えをし、仲介したのがセイヤだった。


 ルイともあえてビジネスライクに取引した。国家が絡む極秘事案――知り過ぎないほうがいい。ルイもそれが分かっていたようで、アリア国について最低限の情報以外は教えてくれなかった。


 こうして、いろんな立場の人間の思惑が重なりあい、トウア国がアリア人とマハート氏の支援をし、バックについた。


「では、失礼いたします」

 セイヤは一礼をし、治安局長室を出た。


 空きの会議室が並ぶ人気がない静まりかえった長い廊下を歩く。


「強くあってほしい……か」

 ルッカーの眼光から解放され、思わず、独りごちてしまった。そして、あの軍出向組四人のことを思った。


 例の機密作戦『シベリカ内紛工作』にて――あの四人は武器や兵器の密輸、運搬、あるいはその後方支援をしていたのだろう。そして、戦場を経験した。


 アリア国やシベリカ国の周辺地域は不安定で犯罪者やテロリストらが跋扈し、しょっちゅう紛争があり、無法地帯と化している。武器や兵器の密輸、運搬はそういった地域を経由する。


 彼ら四人は、紛争による人の死も見てきただろう。その中には損傷の激しい死体もあったはずだ。


 そしておそらく四人は、自分の身を守るために、任務を遂行するために、人も殺した……。

『シベリカ食品加工工場』での容赦ない殲滅もこの経験があったからこそだ。


 そんな彼らからすれば、治安部隊所属の自分たちは相当ぬるく見えただろう。だから最初は、見下すような態度になってしまったのかもしれない。


 そう、居酒屋でフィオが言っていた『辛い経験』とはこのことだったのだ。戦場で損傷の激しい死体を目の当たりにし、そして、人を殺し、自らの手を血で染めた……。


 いつの間にか、セイヤは己の手を見つめていた。自分もあの四人と同じだ。


 ――オレはシベリカ国の内乱の手助けをした。内乱を起こす連中から見れば『正義の独立戦争』『革命』だ。しかしシベリカ国から見れば、それは国を乱そうとする『テロ行為』ということになる。


 正義は、立場によって変わってしまう。善悪は分けられない。


 が、これだけは言える。多くの人が犠牲となる内乱の手助けをした自分も間接的に殺人に加担したのだ。

 自分の手はすでに多くの人の血で染まっている。


 しかし――その代わりに助かった命もある。


 本当ならば、トウア国に住むシベリカ人のさらなる大量殺戮があったはずだ。そのことを名目にシベリカ軍がトウア国に介入する予定だった。


 トウアに対する重大な主権侵害であり、世界各国はそれなりに批判してくれるだろうが、口だけの批判は痛くもかゆくもない。シベリカにとって痛手を負うような制裁を回避できればそれでいいのだ。

 したたかなシベリカ国のこと。世界の主要国と裏取引をし、それをかわす手まで考えていただろう。


 が、シベリカ軍は自国の内紛を収めなくてはならず、トウア国まで手が回らなくなり、トウア国に住むシベリカ人大量殺戮作戦は中止となった。


 またトウア国へのシベリカ軍の侵攻がなくなったということで、多くのトウア人が救われたことも事実であった。


 結局、何を先に救いたいか、優先順位の違いで、救われる命と切り捨てられる命があったということだ。すべての命を救うのは不可能だ。


 そう思いながらも、セイヤは手をずっと眺めていた。


   ・・・


 まだ春と呼ぶには遠い季節。

 セイヤとリサの久々の休日がやってきた。


 ここ最近はトウア国も落ち着きを取り戻し、最悪だった頃に較べれば治安もだいぶ回復していた。


 お昼までぐっすり眠った二人は目覚めた後もゴロゴロとし、暫しベッドとお友だち状態であった。

 しかしリサはどうしても行きたいところがあり、「えいっ」とばかりに起き上がる。布団との別れは名残惜しかったが、また夜になれば再会できるのだ。


「私、ちょっと出かけるね。セイヤは疲れているだろうから寝てていいよ」

 リサはセイヤに声をかけ、着替えを始めた。


「オレも行くよ。女の一人歩きはまだまだ危険だろ」

 そう言うとセイヤも体を起こした。


「そこいらの女と一緒にしないでくれる? 私は軍の特殊訓練も受けている治安部隊特命チームの一員なんだから……」

「でも銃が携帯できるわけじゃないしな」


 リサにはもれなくセイヤがついてくる――というわけで、どんなに疲れていてもセイヤの束縛力は健在のようである。


 そう、セイヤは特命チームに配属された時から、ルッカー治安局長に「任務の際は、常にリサと組ませてほしい」と、リサと自分が離れないで任務につけるようお願いをしていた。それだけは譲れない条件だった。

 特命チームのリーダーである『ゴリラその1』にも、ルッカー治安局長からそのように取り計らうように話が行っていたのだろう。だから今までの任務も常にリサと組めていたのだ。


 でも、そういったセイヤの束縛は全く気にならないリサであった。

 リサだってセイヤのことが心配なので、常に自分の傍にいてくれたほうが安心だ。



 そんな二人は、リサの兄が亡くなった銀行跡地――今現在『金属加工センター』が所有している倉庫跡にやってきた。


 ここは再び事件の現場となり、地雷や手榴弾が使われ、特戦部隊の隊員が亡くなったことで、倉庫は取り壊され、更地になっていた。爆破事件に巻き込まれた周囲の建造物も取り壊しや修復工事が行われている。


 リサは持ってきた花束を、荒涼感漂うその更地の片隅に置き、兄に事件の報告をする。

 何と言っても一番大きかったのは、兄を殺した犯人を捕まえたことだ。中央百貨店で子どもたちを銃撃し『金属加工センター倉庫』で特戦部隊の隊員を殺害した少女は逃がしてしまったが、残りの少年のほうは捕らえたことも報告した。

 それからサギーを捕らえたことも……。


 ただ、そのサギーは依然として意識不明が続いている。

「目を覚ますのがイヤなのかな……死に場所を求めていたんだもんね」


「ん?」

 リサの独り言に、セイヤは首をかしげた。


「ううん、何でもない。行こうか」

 日が暮れて、だいぶ寒くなってきた。


 二人は家路に就く。

 夜が訪れた空の下で、街が燈り始めた。家々の窓からこぼれるささやかな灯りはホッとさせてくれる。


「トウアもこれで少しは平和になるかなあ」

「ああ」

「シベリカは今、内乱状態だから、当分、トウアには手が出せないよね」

「……」


 セイヤの相槌がなくなったので、リサはふとセイヤに目をやった。

 セイヤは立ち止まり、なぜか自分の手を見つめていた。


「どうしたの?」

「いや」


 セイヤが言いよどんでいると、リサはいきなりセイヤの手を取った。


「私、この手、好きだよ」

「……」

「何度もこの手に助けられたっけ」


 そう、死に場所を求めて彷徨い、無茶を仕出かすリサをつかみ、引っ張り上げてくれたのが、この手だった。


「……でも」

 リサに手を取られたままのセイヤの顔は暗かった。

「うん?」


「この手はもう……たくさんの人の血で染まっている……」

 セイヤはボソっとつぶやいた。そこに冷たい風が吹き抜ける。


「だから何?」

 突然のリサの鋭い声。思わずセイヤはたじろぐ。


「え?」

「あなただけを悪者にするつもりないよ」

「……」

「私の手も血に染まっている。国会議事堂でたぶん何人もの敵を殺している」


 一緒に罪人になろう――リサはセイヤの手を握った。 


「どんなに血に染まろうが、私はこの手が一番好きだからね」

「……」


 黙ったままセイヤはリサの手を力強く握り返した。

 その手はとても温かかった。

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