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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン3
40/73

第2章 狙われた子どもたち

 セイヤとリサのお待ちかねの休日がやってきた。


 季節は初秋。白昼は熱中症を注意しなくてはならないほどに残暑が厳しいが、それでも肌を刺し痛めつけるような太陽の光は確実にやわらかくなっていた。


 今日はリサが前々から欲しがっていたソファとテーブルをそろえようかという話になり、トウア中央ビル内にある『中央百貨店』に出かけることになった。前より幾ばくか広い部屋に越したことだし、家賃は上がったものの貯金もけっこうできたし、今までがんばってきた自分たちへのご褒美だ。


 玄関の横にかけてある鏡の前でリサはサングラスをかける。紫外線から目を守りたいというよりも遊び心だ。深紅の口紅もつけてみた。この口紅は、ルイが「たまにはこういうのを使ってみたら」と言って、ずっと前にプレゼントしてくれたものだ。


 そのルイとは最近、当たり障りのない内容のメールのやり取りはしているものの、なかなか会う機会がなく、ましてやジャンを含め、四人で遊ぶことはあの『動物園』以来なかった。

 それにこの頃、ルイには何となく壁を感じるようになり、寂しくも思っていた。


 でも今日は、セイヤと久しぶりのお出かけで、リサの心は浮き立っていた。

「サングラスに深紅の口紅。映画に出てくるミステリアスな女スパイ気分になっちゃうな~」


 リサとしては、ルイとまた親密になれますようにという願掛けの意味もあり、ルイからのプレゼントを身に着けてみたのだが……色白のリサが深紅を使うとその部分が浮いて見え、セイヤから見たら、似合っているとは言い難かった。

 そう、本人は自覚していないみたいだが、リサは化粧が下手だった。


「あ、何か足りないと思ったら香水だわっ」

 ポンと手を打つとリサはまた部屋に戻ってしまった。


「香水なんて……そんなの持ってないだろ」

 香水なんかより風呂上りの石鹸の匂いのほうがいいよな~と思いつつ、セイヤは靴を履きながら、リサが身支度を終えるのを待った。


「う~ん、たしか香水もルイがくれたのがあったはずなのよ。どこにしまったっけ……もらったきり、使ってなかったからルイにも悪くて……」

 部屋のほうからリサのつぶやきが聞こえ、しばらくすると「あった、あった」という声と共に強烈な匂いを身にまといながらリサが部屋から出てきた。


「さあ、行きましょ」

 リサは張り切っていた。黒のタンクトップにジーパン姿だったが、胸元が開きすぎて白い肌が眩しく、あまりに扇情的だった。


 ジャンからは小ぶりだと残念がられるリサの胸だが、なかなかどうしてタンクトップ姿だと実に形良く盛り上がっている様が見て取れた。決して大きくはないが、言われるほど貧乳ではないのだ。先輩がこのプリンっとしたリサの姿を見れば見直すだろう。下品な言い方をすれば『そそられる』だろう。しかし、それはそれで問題だ……。


 とまあセイヤにしてみれば、男の目を惹くような刺激的な格好で外を出歩いてほしくなかったが、リサが楽しそうにしているし、化粧が下手なので、よしとした。体はそそられるが、厚化粧の顔は非常に残念だった。


 そんな二人が目指した中央ビルはトウア市内の中心地に位置する近代的な装いの大型複合施設だ。

 その中にある『中央百貨店』はけっこうな賑わいを見せていた。治安が悪化し、人々が外出を控えるようになり、各地で街の賑わいが消えていこうとする中、この中央ビル周辺だけはまだまだ活気が健在だった。


「家具売り場は6階か」


 セイヤとリサはエスカレータに乗った。エレベータはできるだけ乗らないようにしている。何かあった時、逃げ場がなく、脱出するのが困難だからだ。

 以前はそんなこと気にしなかったが、この頃は有事の際はどう逃げるか、どう身を守るかを考えて行動するようになった。


 エスカレータを乗り継いでいくと、子どもたちが大勢いるフロアに上がった。

「おもちゃ売り場だね」


「子どもかあ……」

 セイヤは何気につぶやいてみたが、聞こえたのか聞こえなかったのかリサはスルーした。


 ――やっぱり、子どもを持つことはまだ考えられないか。ま、仕事あるし、こんな治安が悪化した中、子どもがいたら心配事が増えるだけだもんな。

 セイヤはため息をつく。


 まず治安が悪化しているトウアの今の状況を何とかしたい、それが先だった。


 が、そう思う一方で……子どもができると『授乳期間は胸が大きくなる』という話を聞いたことがあり、それはそれで興味があったりする――そんな不埒な思いも頭をよぎる。


「ここのフロア、ちょっと寄ってみる?」


 リサに声をかけられ、セイヤは我に返りつつも、思わずリサの胸に目をやってしまった。


 ――いかん、オレとしたことが『不埒の王様』であるジャン先輩の影響を受けまくっている、と反省しつつ


 ――授乳期間は胸が大きくなるなんて、これぞ生命の神秘……そうだ、オレはその生命の神秘に触れてみたいだけなのだ――と心の中で言い訳をする。


 そんなセイヤをよそに、リサはこの5階のおもちゃ売り場のフロアで足を止めていた。

「ちょっと大きめのぬいぐるみが欲しいんだけど……ソファに座らせたらカワイイよね」


「ん、じゃあ、そっち先に見るか」

 とにかくリサのボディーガード役として買い物につきあおうとセイヤは気を引き締めた。


 二人はおもちゃ売り場のフロアを歩き、ぬいぐるみが置いてあるコーナーに入った。


 リサは『割引セール』と銘打った大きなワゴンの中にたくさんのぬいぐるみが積んであるのを見て、かけていたサングラスをおでこに乗せ、顔を輝かせる。

 ワゴンの中から、ぬいぐるみをあれこれ手に取り、吟味し、やっとこさ候補を絞った。『ゴリラ』と『ペンギン』のぬいぐるみが気に入ったらしく、どちらにするか悩んでいた。


「ゴリラはやめておけよ……誰かを思い出すだろ」

 セイヤがリサに耳打ちする。


「ん?」

「ジャン先輩が常にうちのソファを陣取っているかと思うとゾっとする」

「……確かに。じゃ、ペンギンにしようか。ゴリラも捨てがたいけど」


 そう言ってリサがゴリラを手放した時、その後ろを目深に帽子を被ってサングラスをし、バックパックを背負った四人グループが通り過ぎていった。見た感じ14~17歳くらいの少年三人と少女一人だったが、なぜか気になったのでセイヤはそのまま目で追った。


 するとその四人は子どもたちに何かを話しかけた。けれど、それはシベリカ語だった。子どもたちはキョトンとした表情で首をかしげていた。


 ――なぜ、シベリカ語で話しかけるのか、それはその子どもがシベリカ人なのかトウア人なのか見極めるため……。


 セイヤはハッとする。


 トウア人とシベリカ人は同じ人種であり、外見的には見分けがつかない。

 長年トウアに住み続けているシベリカ人は流暢にトウア語を話すが、祖国の言語も大切にしており、子どものうちからシベリカ語を習うので、子どもでもシベリカ語を解する。


 ――まさか、ここで子どもを襲う気か?


 一部の過激なシベリカ人たちによる『トウア人の子どもを狙う犯罪組織=トウアの未来をつぶす会』のことがよぎった。

 

 が、すでに遅かった。

 少年たちは上着の内側から銃を取り出し、子どもたちへ発砲し始めた。


「なっ?」

 何発もの銃声と共に、次々に倒れる子どもたちの姿が目に飛び込んできた。


 さすがのセイヤも、銃撃は全くの予想外だった。

 リサも持っていた『ペンギン』を置いて、びっくりした様子で振り返る。


 悲鳴が響き渡り、場内は騒然となった。床が子どもたちの血で染まっていく。


 四人組は無言で銃口を客に向けながら、逃走する。その周りにいた客は固まってしまい、犯人らから遠ざかるようにして道を空けた。


 追いかけようとしたリサをセイヤは止めた。銃も防弾ベストも身に着けていないのに、犯人を追うのは危険だ。まずは治安局に通報し、犯人の外見や様子、人数、走り去った方向、拳銃を持ち発砲したこと、そして被害状況を説明し、救急車を手配した。


 血だまりの中で、親たちが銃撃された子どもらをそれぞれ抱きかかえていた。ある者は泣き喚き、ある者は言葉を失い、ただただ青ざめていた。


「許せない……」

 リサは怒りに顔を歪めながらも、以前セイヤに「決して無茶はしない」と約束した手前、そこに留まった。血に染まりながらピクピクと痙攣を起こしている子ども、グッタリとして全く反応を示さない子ども――その凄惨な姿を脳に刻みつける。手前にあるノホホンとした表情のぬいぐるみが幻のようにかすんだ。


 やがて警察捜査隊が駆けつけ、逃走した犯人の捜索に動く。救急車も到着し、救急隊員が銃撃された子どもたちを病院へ運んでいき、パトロール隊は客を避難させ、辺りに非常線を張った。


 ジャンも駆けつけてきた。治安部隊専用のワゴン車に乗って、防弾ベストや銃など装備一式を持ってきてくれた。


「緊急要請だ。オレら特命チームも参加する。お前ら、犯人の姿、見ているんだろ」

「はい」


 セイヤとリサはワゴン車の中で装備を整える。その間、運転席でジャンが苦々しい思いをぶつけるようにハンドルを握りしめ、独りごちていた。


「犯人は例の『トウアの未来をつぶす会』のシベリカ人グループか?……ついに小さな子どもへの無差別銃撃かよ」


 これはもう決定的にシベリカ人とトウア人の間に修復不可能な深い溝を作るだろう。


 子どもを狙う『トウアの未来をつぶす運動』――憎しみを煽る一番効果的なやり方だ。工作員が一部の過激なシベリカ人を利用して、そうするよう仕向けたのかもしれない。


「トウアではそう簡単に銃は手に入らないはず……少年や少女ならなおさら……」

 リサはホルスターに収めた銃に目をやった。


「工作員が関わっている可能性もあるが、一般のシベリカ人の間でも銃が密かに出回っているのかもな」

 ジャンは前方を見つめたまま舌打ちした。


 そこへルッカー局長から連絡が入った。

 犯人らは繁華街の東外れにある『金属加工センター』が所有する倉庫に逃げ込み、警察捜査隊と特戦部隊がそこを取り囲み、犯人らを追い詰めたようだ。突入する場合は特戦部隊が動くので、その補佐をするようにとの指示を受けた。


「オレたちも特戦部隊に合流する。今後は現場を仕切っているファン隊長に従えとのことだ。ま、特戦部隊はオレらの古巣だし、セイヤとリサは犯人を見ているからな……協力要請は当然だ。さてっ、行くか」


 三人は治安部隊専用ワゴン車で『金属加工センター』の倉庫へ向かった。


「金属加工センターの倉庫……」

 リサは束の間ぼんやりと視線を遠くにやる。そう、そこはリサの兄が殺された銀行があった場所だ。その銀行は移転し、建物は取り壊され、今は『金属加工センター』が所有する倉庫となっていた。


「大丈夫か」

 セイヤがリサの肩に手を置く。


 リサはしっかりと頷いた。今は過去の悲劇に浸っている場合ではない。これから起きようとしている悲劇を止めなくては。


   ・・・


 三人が現場に到着した時、すでに『金属加工センター』の倉庫前に特戦部隊の面々が待機していた。


 ワゴン車から降りたジャン、セイヤ、リサはその特戦部隊と合流した。昼下がりの湿気を含んだ重い空気がまとわりつき、汗が噴き出る。


 ファン隊長を始めとする特戦部隊の面々とは久しぶりの再会だ。

 でも……やはりファン隊長とは気まずかった。ファン隊長のほうも感情を表さないものの、弱みを握っているジャンたちとはあまり関わりたくはないだろう。


 が、これも任務なので仕方ない。お互い、ポーカーフェイスを装う。


 そう――ファン隊長は、かつて特戦部隊に所属していたジャン、セイヤ、リサの上官だった。


 シベリカ工作員が疑われるサギーとファンが愛人関係にあることをルイが突き止め、その情報をもらったセイヤは、ファン隊長と取引をし、セイヤが裏で指揮をしてファンを思いのまま動かしたことがあった。

 ただ、ファンにはサギーの正体は知らせなかった。既婚者であるファンが不倫をしていたことだけで充分な脅しとなったし、サギーが工作員である確実な証拠がなかったからだ。


 そのうちジャン、セイヤ、リサは『特命チーム』へ移動となり、特戦部隊から離れ、ファン隊長とも疎遠になっていた――。


 そんなファン隊長から、三人は状況説明を受ける。


 犯人は逃走の途中で、ベビーカーを押して歩いていた母親を突き飛ばし、赤ん坊を抱えて逃走し、この倉庫に立てこもり、今現在、赤ん坊が人質にされている状態だという。


 なお『金属加工センター』は休みの日で、従業員と関係者全員に確認が取れており、倉庫には犯人らと赤ん坊以外の人間はいないとのことだった。


 倉庫はけっこう大きく、かなり奥行きがあった。

 その周りは塀で仕切られていたが、塀と倉庫の間は広く、倉庫正面口辺りはトラックが出入りできるようになっている。

 その奥にはプレハブの事務所があり、敷地内は不燃ゴミの類があちこちに置かれ、雑然としていた。

 倉庫の出入り口は、今は閉じられている正面のシャッター口と裏口のドアの二か所だ。


「当初、出入り口は、鍵がかかっていたんですよね……」

 セイヤはさっき聞いたばかりのファンの話をジャンに振る。


「ああ、あそこの小窓から侵入したと見ているようだな」

 ジャンが指さす倉庫の側面の上のほうに、小柄な人間なら何とか一人通れるかというくらいの小窓があり、鍵の部分を中心に割られていた。


「あんな侵入しづらそうな高い小窓からよく入れましたよね」


「二人がかりなら侵入は可能だ。例えば、一人の両肩にもう一人が両足をかけて乗って、二人とも立つことができれば、小窓に手が届く。一人侵入できれば、後は中から裏口のドアの鍵を開けてやればいい」


 ジャンはそう言うが、セイヤは違和感を持った。


 ――先輩が言うようなやり方だと、肩を貸す下の者は上に乗る者を支える相当な力が要り、上に乗る者はバランス感覚はもちろんのこと、小窓に自身の体を引き上げる腕力がいる。警察隊に追われ、相当な緊張状態にある中で、一般の少年少女にそんな曲芸じみたことができるだろうか?


 残暑の太陽が、防弾ベストで身を固めた隊員らの体力をじわじわと削っていく。


 中にいる犯人らに呼びかけ、交渉を試みつつも、彼らの要求は「今現在、拘置所、留置所に捉えられている全てのシベリカ人の解放」だった。あの中学校無差別銃撃事件の加害者少年と同じ要求だ。


 銃撃の前、子どもたちにシベリカ語で話しかけた彼ら――これでもうシベリカ人であることが確定したも同様だった。


 倉庫の中の様子を、隙間をたどりながらファイバースコープカメラで探ったところ、倉庫奥にある裏口とは反対側の隅のほうに四人の犯人と赤ん坊がいるらしいことが確認できたという。


 犯人を直接見ているセイヤとリサが呼ばれ、確認を求められた。

 ディスプレイに映し出された犯人らの姿はサングラスは外されていたものの、おもちゃ売り場で子どもたちを銃撃したあの少年少女に間違いなかった。鉄板らしきものをまるで盾のように置いており、犯人らが飲みほしたのだろうペットボトルが傍に転がっていた。


「このままでは熱中症が心配だ。犯人らは水分補給しているらしいだが、赤ん坊はそのまま放っておいているようだ。赤ん坊の命が危ない。二班に分かれ、突入準備を」

 ファン隊長は隊員らに指示する。


 その間、セイヤはずっと考え続けていた。

 前々からこの倉庫に目をつけ、予めここに逃げ込もうと決めていたとすると、今日が休みで倉庫に人がいないことも確認済みだろう。


 ――事を起こす前に、この倉庫で何かしらの準備をしていたとしたら……バックに工作員がつけば、相当な仕掛けができる……。


 セイヤはファン隊長に待ったをかけた。

「トラップが仕掛けられているかもしれません。もう少し調べて慎重に動いたほうが……」


 しかしファン隊長は一籌する。

「犯人は14~17歳くらいの少年少女だ。たいしたことはできないだろう。赤ん坊の救出が優先される」


「彼らは拳銃を手に入れてます。工作員が深く関わっている可能性も否定できません」

 セイヤは食い下がったが、ファンは取り合わなかった。


 ただ、セイヤらに『不倫問題の弱み』を握られているからか、ファンはそう邪険にせず自分の考えを説明した。


「仮に、工作員が少年少女に銃を手渡し、この事件を起こさせたとしよう。工作員らの目的がトウア人とシベリカ人をさらに反目させるために、トウア人の怒りを買おうとしたならば、もう叶っているだろう。この上、少年少女を逃がすために、工作員がわざわざ手間をかけるとは思えんな。逃走まで面倒を見ようというなら、最初から少年少女なんて使わないだろう」


 確かにファンの言うことにも一理あった。しかし、この少年少女は本当にただの一般シベリカ人なのか?


 が、そんなセイヤをよそに、さらにファン隊長は口を歪め、こうつけ足した。

「工作員らが裏で糸を引いていたとして……少年少女を使った理由は、罪が軽くなるからだろう。被疑者が未成年の場合、尋問もそう厳しくできない。我が国は子どもの人権を非常に大切にするからな」


 隊長もトウア国の甘さを苦々しく思っているようだった。


「我々にできるのは犯人を確保し、どこでどのようにして誰から拳銃を手に入れたかを明らかにし、銃の出所を突き止め、それが工作員絡みかどうかを捜査することだ」

 そう言うとファンは、話は終わりだとばかりにセイヤに背を向けた。


 この事件を嗅ぎつけたマスコミがそろそろ報道を始める頃である。


 もちろんパトロール隊が規制線を張り、やじうまやマスコミの連中をこちらには寄せつけないようにしているが、世間は固唾を呑んで注目しているはずだ。

 赤ん坊は必ず救いたい。犯人は少年少女ということで、あまり乱暴なことはできない。だから、せめて早期に解決したい――ファンはそう考えているのだろう。セイヤは引き下がるしかなかった。


 特戦部隊1班2班は、それぞれ倉庫の表口シャッターと裏口のドアから同時突入し、ジャンたち特命チームは万が一に備え、犯人を取り逃した場合に動くことになった。


 犯人が少年少女であるため、射殺はもちろん怪我もさせないよう、よほどのことがない限り犯人への銃撃は控えるよう指示がなされた。


「配置に着こうぜ」

 ジャンは表口、セイヤとリサは裏口で、突入はせず、そのまま待機する。


 が、セイヤの顔色は優れなかった。

「犯人が少年少女だから、こちらが甘く見たり、手加減することも相手の計算にあったとしたら……」

 嫌な予感がしていた。


「ん、何か気になることでもあるのか? ま、お前は心配性だからな……今までもそれに助けられてきたところはあるけど、今回のオレたちの任務は特戦部隊を補佐することだ。ファン隊長の指示に従うんだ」

 そう言うとジャンはセイヤの肩に手を置き、持ち場に行くよう促した。


   ・


 セイヤはリサと共に裏口へ向かった。

 倉庫裏口すぐ近くにはプレハブの事務所があり、塀の向こう側は8階建ての古びたビルが倉庫を見下ろしている。


 陽が傾きつつあったが、まだまだ夕方の空は明るく、依然として生ぬるい空気に包まれており、脱水症状に陥っているだろう赤ん坊の体力が心配された。


 そしてついに――突入命令が下される。


   ・


 特戦部隊1班8名は表シャッター口から、2班8名は裏口からドアを爆破し、それぞれ突入していった。


 が、その直後に大きな爆音がした。崩れるのでは、というくらい倉庫が揺れた。


「何があった?」

 ファン隊長が叫んでいた。


『地雷が仕掛けられていた模様。1班、1名死亡、4名負傷』

 無線機から悲痛な声が応える。


 難を逃れた残りの隊員は、仲間の負傷者を外に引きずり出した。地面には赤い血が帯状に描かれていく。一人は足を失っていた。

 ジャンも、まだ中にいる負傷者の救出に向かう。


 即座に全員一時退却の指示が出された。ほかにもトラップが仕掛けられている可能性があった。


   ・


 裏口からも2班8名も退却し、外に出てきた。そして銃を構え、裏口を囲む。


 リサとセイヤは、2班から少し離れた後方に待機した。裏口ドアは破壊されており、薄暗い倉庫内が垣間見え、埃が光を浴びながら舞っていた。


 しばしの静寂が訪れる。


 と、次の瞬間、爆発音が轟き、鼓膜を直撃する。倉庫周辺の建造物から煙が上がり、ガラスの割れる音が辺りの空気を切り裂いた。あちこちから人々の悲鳴が聞こえてくる。


 特戦部隊はもちろん、非常線を張っていた警察捜査隊やパトロール隊も何事かと視線を方々に彷徨わせる。

 一瞬にして治安部隊は浮き足立った。


「これって……兄さんの時と同じだ」

 リサは、呆然とする。


 ――あの銀行強盗立てこもり事件の時も、その近辺で複数の建造物爆破事件が起きた。銀行を取り囲んでいた治安部隊は、爆破事件のほうにも対処しなくてはならなくなり、右往左往してしまった。犯人はその隙をつき、パニックに陥った人々の喧騒に紛れて、逃走を果たした。逃走を阻止しようとしたリサの兄を殺して――。


 裏口を囲んでいた2班は周囲の爆破に気を取られ、裏口の内側から人の気配がしたことに気づかず、そこから外へ向かって何かが投げられたことへの反応が遅れた。


 セイヤはリサを抱えて、すぐ脇にある事務所の壁際まで飛び、リサの上に覆いかぶさり身を伏せた。


 手榴弾2個が炸裂し、2班8名の隊員らを襲った。


 耳をつんざく破裂音と共に人間の肉片が四方に飛び散る。


 硝煙と埃で空気が霞む中、隊員らのほとんどが血に染まりながら倒れ込んでいた。任務を続行できそうな者はいなかった。


 と同時に、裏口から犯人の少年少女らが飛び出してきた。


 セイヤは即座に飛び起き、一団へ銃を構える。

 が、それに気づいた一人の少年が赤ん坊をこちらに放ってきた。


 とっさにセイヤは構えを解き、赤ん坊を受け止めようと銃を手放してしまった。


 セイヤの目にこちらへ銃口を向けている少女の姿が映る。

 ――しまった……やられる。


 銃声がした。

 セイヤは赤ん坊を受け止め、抱えながら倒れ、転がる。


 ふと顔を上げると、少女が右肩を押さえていた。撃たれたのは少女のほうだった。


 さらに銃声が続き、少年二人が倒れた。足を両手で押さえ、うめき声を上げていた。


 だがその間に、もう一人の少年と肩を撃たれた少女はプレハブの事務所裏側の奥の塀に向かって走っていた。


 その少年と少女に狙いを定め、銃を構えるリサ。


 が、またもやすぐ隣の8階建てのビルから爆発音がし、5階の窓ガラスがほぼ全て割れた。ガラス片がキラキラと輝きながら凶器となってリサの上に降り注ぐ。


 起き上がったセイヤは赤ん坊を片手で抱きながら走り、もう片方の手でリサを自分の許へひっぱり込んで上から覆いかぶさり、身を伏せた。


 また爆発音がし、さらにガラス片が雨霰のように降ってくる。ヘルメットと防弾ベストが襲ってくるガラス片から守ってくれていたが、とても体を起こせる状況になかった。


 やがて――

 爆破が収まったと判断し、セイヤが防御を解き、顔を上げた時には、取り逃がした二人の犯人の姿はすでに見えなかった。


 セイヤの腕の中で赤ん坊が弱々しい声で泣いていた。

 その隣にいるリサは顔を上げ、赤ん坊を見つめた。


 ――赤ん坊を真ん中に自分たちの未来を想う。

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