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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン3
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35/73

プロローグ 豊かさを求めて (あるシベリカ工作員の独白)

 ――土の臭いを嗅ぐと故郷を思い出す。


 オレが育ったシベリカの村は埃っぽかった。道路が舗装されていなくて、車が通るたびに細かい土埃を巻き上げていたからだろう。停電もしょっちゅうあって、村全体が貧しかった。


 けど当時、村の外の世界を知らなかったし、自分たちが貧しいという自覚がなかった。


 そんなオレには二つ年上の兄貴がいた。


 兄貴は優秀で、村の学校内ではトップクラスの成績を誇っていた。

 両親は兄貴とオレを較べては、兄貴を見習うようにと小言を漏らしていた。


 正直、面白くなかった。親はいつも兄貴を頼りにしていて、オレのことはちっとも認めてくれない。


 ただ、兄貴のことは好きだった。

 兄貴だけはオレのことを認めてくれたからかもしれない。


 運動だけは誰にも負けなかった。そんなオレをうらやましいと兄貴はよく口にした。オレの自尊心は、兄貴のその言葉で満たすことができた。


 その頃、腕白坊主だったオレはイタズラばかりしていて、大人たちによく追いかけられた。


 ある日、高い木に登り、追ってきた大人たちをやり過ごしたが、下りる途中、ちょっとヘマをやらかし、その木から落ちた。


 その時、突き出ていた鋭い木の枝に頬を引っ掛けてしまい、左頬から口もとにかけて、ざっくり肉がえぐれ、割れた。


 でも医者にかかる金なんてないから、血が止まれば、そのまま放置した。そのせいか今でもオレの左口もとには大きな傷痕が残っている。


 そう、オレの家は村の中でも特に貧乏だった。

 当然、高等学校に進学できる経済的余裕はなく、兄貴は進学をあきらめざるを得なかった。


 結局、優秀だった兄貴も、勉強ができなかったオレも、学校を出てしまえばどんぐりの背較べだ。村の中等学校を卒業したくらいでは条件のいい職につけない。


 相変わらずオレたちは貧乏なままだった。


 その後、兄貴は結婚し、娘が生まれた。


 兄貴の娘はぜんそく持ちでよく苦しんでいた。心臓も弱かったみたいだ。

 でも生活が苦しくて、治療費なんてとても払えない。年老いた両親の面倒も見なくてはいけない。


 そこで兄貴は国のために働く諜報員になった。いわゆる工作員だ。


 工作員として活躍できれば、シベリカ国はその働きに見合う報酬を払ってくれる。

 訓練所に行っている間も、その工作員の家族には月々の手当てが国から支給される。

 その額は、オレたちからすれば破格だった。


 兄貴の妻は最後まで悩んでいた。工作員は危険な仕事だからだ。それに離れ離れに暮らすことになる。

 ……でも娘は救いたい。


 兄貴はそんな妻を説得し、ついに彼女も兄貴の決断を認めた。


 ただ、工作員となった兄貴一人分の手当てだけでは、娘の医療費を支払いながらの生活は苦しかった。


 そこでオレも兄貴と同じく工作員に志願した。


 オレは将来に希望が持てない村の生活にも辟易していた。

 村の外の世界を知るようになってからは、ますますその思いが強くなった。

 今の暮らしは灰色だ。


 ――国家のために活躍すれば英雄にもなれるかもしれない。結果を出せば、たくさんのお金を手にできる。黄金の未来が拓けるんだ。


 こうしてオレも工作員になるための訓練生になった。

 これで兄貴の分も含め、国からの手当てが2倍となり、オレの家は貧しさから解放された。


 両親は初めてオレを認めてくれた。自慢の息子だと言ってくれた。


 兄貴の妻もオレに感謝してくれた。そして心配もしてくれた。


 ――嬉しかった。


 オレは彼女が好きだった。彼女が喜んでくれるなら何でもできる。

 兄貴以上の働きをすれば、もっと認めてくれるだろうか。


 それから――

 兄貴は工作の失敗で、トウア国の治安部隊に捕まり、拘置所の中で自害した。


 敵に捕まった工作員はそうするように国から指導されていた。

 その代わり亡くなった工作員の遺族には、国が豊かな暮らしを保障してくれる。


 反対に国を裏切った者・命令を無視した者は粛清され、家族もろ共、未来が奪われる。


 兄貴の娘は高度な医療を無料で受けさせてもらえることになった。

 両親と兄貴の妻と娘はシベリカ国の都心に住むことが許され、遺族年金が支払われた。


 でも、家族にはもっと裕福な生活をさせてあげたい。オレのことをもっと認めさせたい。兄貴以上の働きをしたい。英雄になりたい。


 ――もっと、もっと……。


 満たされたかった。それだけオレは飢えているのかもしれない。

 それにもう……オレの手は血にまみれている。引き返すことはできない。引き返せば家族に迷惑がかかる。

 国の英雄になれなくても、家族にとって自慢の存在になれればそれでいい。


 ――やっと手にした豊かな暮らし。兄貴の死を無駄にはできない。

 

 現在、シベリカ国は、トウア国を支配しようと様々な工作を仕掛けている。


 トウア国に住む一般のシベリカ人とトウア人の分断を進め、お互い憎しみ合うように仕向け、シベリカ人たちの結束を高め、いずれ彼らを蜂起させる――それが今のオレたち工作員の任務だ。

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