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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン2
33/73

断章 復讐

 オレの弟が死んだ。まだ13歳だった。

 学校の屋上から誤って落ちたということで事故として処理された。


 屋上には数人のクラスメイトらがいたらしく、弟は自分からフェンスを乗り越え、悪ふざけをしていたと言う。


 ――ウソだ。弟は無理やりそうさせられたのだ、いじめっ子のクラスメイトたちに。


 地面に激突した弟の頭蓋骨は割れ、虐めの記憶を破壊するかのように脳漿が頭から飛び散っていた。


 最近、学校ではトウア人によるシベリカ人への虐めが問題になっていた。


 なのに……先生たちは平和主義や人権主義を唱えながら、何一つ有効な対策をとってくれず、弟はトウア人らに虐め抜かれた。

 そしていじめっ子らのウソを易々と信じ、弟の飛び降りを事故とした。


 本当は先生も虐めに気づいていたはずだ。でも平和人権教育をしていた自分のクラスで虐めがあったなんて認めたくなかったのだろう。最低なヤツラだ。


 ――いや、何もできなかったオレこそ最低だ……。


 弟が虐められていることは、うすうす分かっていた。なのに見て見ぬふりをしてしまった。


 なぜ、先生や弟を虐めたヤツらと戦うことができなかったのだろう?

 やっぱりトウア人に遠慮があったからなのか。


 オレ自身も一部のトウア人らに嫌がらせを受けていた。臆病風に吹かれてしまったのかもしれない。


 そんなことを弟の葬式でぼんやり考え込んでいたら、知らない女の子がやってきた。弟と同じ年頃の、無表情な瞳をした子だった。


 何となく気になり、オレは『彼女』に話しかけてみた。


『彼女』は、弟の自殺事件に痛ましさを感じ、葬式に参加できずとも冥福を祈るためにやってきたと遠慮気に答えた。


『彼女』も通っている中等学校でトウア人から酷い虐めを受けているという。ただ、弟と同じようにそれは最初からではなく、ごく最近になってかららしい。


 そう、あのルイ・アイーダがテレビに登場し、あの女の発言が世間に影響を与え始めてからだ。


 ルイ・アイーダはこれからもテレビで、シベリカの悪口を繰り返すのだろう。

 そして、オレたちシベリカ移民はますます嫌われるんだ……。


 周りのシベリカ人たちも、こんなトウア社会で生きていくのが辛いとこぼしている。

 でも生活基盤はトウアにあるので、トウアから離れることは簡単にはできない。


 ――ルイ・アイーダがいる限り、トウア人によるシベリカ人差別はなくならない……。


 無表情の『彼女』を見て、オレは弟の姿を思い出した。


 弟も死の直前、表情が無く何の感情も表さなくなった。世の中をあきらめている、自分にあきらめている。だから泣くこともなく、辛さを顔に出すこともなく、表情が消えていったのだろうか。

 そう、すでに弟は心を殺されていたんだ。


 ――今度こそ、戦わなくては。


 オレは何もせず弟を死なせてしまった。もう二度と同じ過ちは犯したくない。『彼女』を死なせてはいけない。心からそう思った。


 ――まずはテレビでシベリカの悪口を言いふらすルイ・アイーダをやっつけよう。


 でも、どうやって?


 何気に「ルイ・アイーダの情報が欲しいよな」と『彼女』に話しかけたら、『彼女』はオレに協力すると応えてくれた。

『彼女』にはシベリカ人の仲間がいるそうで、相談すれば皆も助けてくれるだろうとのことだった。


 こうして……まもなく、ルイ・アイーダに天誅を下す日がやってきた。

 ルイ・アイーダが友人らしき男女とトウア市立動物園へ向かったという情報を『彼女』の仲間たちがつかんだのだ。


 ルイ・アイーダは日頃はクルマでの移動が多く、襲うのが難しかったが、動物園や公園ならば、わりと長い時間散策するだろう。チャンスだ。


 オレはさっそく動物園に行き、ルイ・アイーダを探した。ルイ・アイーダは変装じみた格好をしていたけど、すぐ見つけることができた。


 が、ルイ・アイーダと一緒にいる友人とやらが邪魔だった。


 オレは機会を伺った。

 ルイ・アイーダが一人になる時があればいいのだが……。


 数時間後、幸運にもその時がやってきた。


 オレはルイ・アイーダに背後から近づいた。


 そして、刺した。

 ――弟の無念を思い知れ。


 ナイフを引き抜いた。ルイ・アイーダの顔が歪み、その体から血がこぼれた。

 ――いい気味だ。


 もう一度刺してやろうと思った。今度は『彼女』の分だ。


 だがその時、離れたベンチにいたルイ・アイーダの連れの女が気づき、こちらへ猛ダッシュしてきた。


 ――ん? あれは……以前に話題になった『特戦部隊のヒロイン』じゃなかったっけ?


 ずっとルイ・アイーダだけ見ていたから『ヒロイン・リサ』がいるとは気づかなかった。


 ――ヤバイ、あれはただの女じゃない。格闘術の訓練も受けている治安部隊の人間だ。


 ここは一先ず逃げるしかない。


 ――ルイ・アイーダとヒロイン・リサが友人だったとはな……。


 残念ながら……『彼女』の分は刺せなかった。



 それから――

 逃げ帰ったオレは『彼女』と彼女の仲間に、ルイ・アイーダを刺したことを報告した。


「ありがとう」

 相変わらず無表情だったが『彼女』はお礼を言ってくれた。


 その言葉に心が感じられなかったが仕方ない。きっとトウア人らの虐めで心を殺されかけてしまっているのだろう。


 ――いつか感情のこもった『彼女』の「ありがとう」が聞きたい……。


 仲間たちはオレを讃えながらも心配した。このままでは捕まってしまうと。


 ――いや、大丈夫。オレは未成年だ。


 しかも、あの分じゃルイ・アイーダは死なない。たいした罪に問われない。少年院行きだとしても短期間で済む。自首して反省している振りをすれば、数か月で戻ってこられるはずだ。


 ――少年院から出たら、オレも仲間になりたい。


 そう言うと仲間たちは喜んでくれた。


 ――共に戦おう。


 オレたちの目的は各地方に点在する『シベリカ人街』をトウアから独立させることだ。トウアから独立できれば、トウア人に虐められずに済む。トウア人と対等でいられる。


 ここはシベリカ人の街だ。オレたちのものだ。


 手始めに今、仲間たちは、オレのために弟の仇を討つ計画を練っている。


 ――そうだ、弟を虐めたヤツらへも仕返ししなければ。


 あいつらは弟の葬式に出席はしたものの、反省している様子は全く見られなかった。葬式が終わったら何事もなかったかのように、おしゃべりしながら楽しそうに帰っていった。


 あいつらはルイ・アイーダよりも罪が重い。弟のクラスのやつら全員、弟と同じ目にあわせてやりたい……。


 そんなオレに仲間たちは「任せておけ」と力強く応えてくれた。オレが少年院にいる間に片をつけてくれるという。


 嬉しかった。

 今のオレには志を共にする大勢の仲間がいる……。


 戻ってきたらオレもこの身を戦いに投じよう。我が同胞のために。


 ――トウア人め、思い知るがいい。

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