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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン2
30/73

第4章 ルイ・アイーダ襲撃事件―真相

 今回の『ルイ・アイーダ襲撃』をセイヤは前もって想定していた。


 ルイの拉致事件後、セイヤはサギーがこのまま引き下がるとは思えなかった。

 サギーの工作は失敗続きだったから、焦りも働いていただろう。

 条件がそろえばルイを始末するほうへ動くのではと危惧を抱いていた。


 まずはルイに相談し、アントンとほかの探偵にルイの周辺をそれぞれ探らせてみた。

 彼らも尾行と見張りのプロなので、もしルイの周辺で妙な動きがあれば感じるものがあるだろう。そこで何の動きもないようであれば、単なる杞憂だ。


 しかし、探らせてみたアントンらの感触は「ルイは何人かに尾行されているようで、怪しい動きがある」というものだった。


 サギーを始めシベリカ工作員らが、まだルイにこだわっている。

 ルイは再度襲われる可能性が高い――セイヤはそう判断した。


 最近、シベリカ移民への差別や嫌がらせが増えてきたが、その原因を作ったのはルイ・アイーダだという声がテレビなどでよく聞かれるようになっていた。

 ごく一部の人の意見だが、テレビは『ルイ・アイーダを批判する者』を面白がって取り上げていた。


 そう、今ならばルイに手を出しても、トウア国民に「ルイ・アイーダはシベリカ人に憎まれていたから襲われた」と思わせることができるのだ。


 サギーらが避けたいのは、シベリカ国が工作員を使って殺人という重犯罪を行い『国として動いたこと』をトウア国民に知られることだ。

 だが『一般のシベリカ移民の個人的な恨みによる犯行』であれば問題はない。


 もう拉致誘拐などと手間のかかることをする余裕はなく、今度はルイの殺害を企てるかもしれない……。

 セイヤは策を講じるべく動いた。



「それにしても、お前は敵の考えをよく読むよな」

 特命チーム専用室で報告書を書き終えたジャンがセイヤに話しかけてきた。


「相手の立場になって考えてみただけです」

 そう応えながら、セイヤは今までのことを反芻する。


 もちろん、この『作戦』は予めルイに伝え、いろいろと指示していた。そして帰りが夜中になった時に狙われる可能性が高いことも知らせていた。


 いや最初は、こんな危険なことなどせず、ルイには護衛をつけるようにと忠告した。

 だが、ルイは「拉致事件と同じように囮になるから、犯人を捕まえてくれ」と頼み込んできた。

「危険だから」と断っても、ルイは頑として聞かず、「護衛はつけない」と言い張った。


 その時のルイは無表情だった。が、感情を押し殺しているようにも見えた。その感情とは『怖れ』ではなく『怒り』だ。そう、ルイは怒っている……サギーに対して、そしてシベリカに対して。

 ルイは決して退かないだろう。


 思えば、ルイはサギーらと同じく大陸系の人間だ。

 地続きの国境線。敵はいつ攻めてくるか分からない戦々恐々とした中、血塗られた戦争の歴史を生き残ってきた民族だ。

 やられたらやり返す。戦うと決めたら、勝利を手にするまで戦い抜く。そういう血が流れている。

 そしてルイには譲れない何か強い思いが秘められているようだった。


 セイヤはルイを護るために、その戦いに加勢せざるを得なかった。



 セイヤは、まず公安隊の協力を仰ぎたいとしてルッカー局長へ直談判した。

 自分たち特命チームは隊の垣根を越えた活動ができるということで、局長の鶴の一声があれば、公安をバックにつけることが可能だった。


 ルッカーは、セイヤの考えに乗ってくれた。

 先の『ルイ・アイーダ拉致事件』の被疑者らの供述にほとんど進展が見られなかったこともルッカーの背中を押した。


 セイヤはルッカーを通し、監視と尾行のプロ中のプロである公安隊に働いてもらい、ルイ・アイーダ周辺に怪しい動きがないかを本格的に見張った。工作員らも注意していただろうが、人海術が使える公安の動きは察知できなかったようだ。


 程なくして公安は『ルイ・アイーダを監視するグループ』の存在を突き止め、そのグループも監視対象にした。


 こうして公安の協力を得ながら、犯人が植え込みに隠れているところも知った上で、リサとジャンとセイヤは狙撃手として密かに配置につき、ルイが襲われるのを待った。


 ルイ・アイーダ暗殺には、まず銃は使われない。トウア国では一般人の銃の所持は禁止されている。一般シベリカ人の個人犯罪に見せかけるにはナイフで刺殺しようとするだろう、とセイヤは踏んだ。


 ルイには、昼間の移動はできるだけ車を使わせ、出先で一人になることを禁じた。

 そうすれば、ルイを襲う機会は自宅マンションから車までの移動の『ほんの一時』でしかなくなる。


 敵側は当然、第三者に目撃されたくないだろうから、狙う時間帯も限られてくる。

 それは道端に人がいなくなり、一般人が眠りについている夜遅くから明け方だ。


 調べようと思えば簡単に調べられるルイの学校や仕事のスケジュールを工作員らは当然、把握しているだろう。そんな彼らがルイを狙う日時の予測は簡単につく。


 そしてその日。

 ついに犯人が現われ、ルイはセイヤに言われた通り、マンションには入らず、そのまま狙撃の邪魔にならないよう身を伏せた。万が一に備え、防弾ベストも身に着けていた。


 そう、ルイは――犯人がマンション横にある植え込みに隠れていることも、セイヤから連絡を受け、前もって知っていたのだ。

 犯人が現われてから、リサとジャンとセイヤの狙撃の邪魔にならないよう、どう移動し、どの位置で地面に伏せるかも指示を受けていた。


 例え、犯人への狙撃が失敗しても、銃声がした段階で犯人はそれ以上ルイを襲おうとせず、そのまま逃げるはずである。


 ――と、裏ではこのように事が運ばれたのだった。


しかし、残念ながら今回も証拠不十分でサギーにはたどり着かなかった。


   ・・・


 ジャンとセイヤとリサは改めて局長室に呼ばれた。

 この部屋だけ分厚い絨毯が敷かれ、重厚さを感じさせる机や椅子、テーブルにソファなどが置いてあり、治安局の中の異空間だった。


「今回もご苦労だった」

 ルッカー局長は満面の笑みで出迎え、直立する三人を労った。絨毯のせいか、足元が何となく不安定で落ち着かない。


 笑顔のルッカーを前にしても、緊張感に包まれるジャンとリサだったが、セイヤは冷静にこの上司を観察していた。


 どこか自分と同じ臭いを放つこのルッカーという男――現実主義者で論理的思考を好む一方、情には流されない冷徹な性格。勝利のためならば何でも利用し、邪魔な者は切り捨てる。そんな空気を感じ取っていた。


 けれど、シベリカとの闘いに勝つには、こういう人物が必要だ。

 そして、こういう人物が国の中枢にいるからこそ、トウアはジハーナのようにならずに済んでいるのかもしれない。


 この局長室も、訪問者に威圧感を与えるようにあえて重厚さを演出しているのだろう。

 ここを訪れた者はあっという間に局長と部屋の雰囲気に呑まれてしまう。


 そんなことを考えているセイヤと、ルッカーの目がほんの一瞬、合った。

 ルッカーが軽く頷く。まるでセイヤの考え読み取ったかのように。


 セイヤは目を伏せ、表向きの服従の意を示した。



 当初、ルッカーから命令されて仕方なくセイヤたちに協力していた様子の公安隊も、この『特命チーム』に一目置くようになった。


 そして、セイヤがサギーをマークするよう進言しておいたため、サギーは公安の監視対象になった。

 ちなみにファン隊長はすでにサギーと手を切っていたので、公安に疑われることなく、そのまま特戦部隊の隊長として任務に励んでいる。


 また、この事件を知った世論の「公安はシベリカ工作員を見つけ、監視せよ」「公安にもっと予算をつけよ、強化せよ」という声が高まり、今までどちらかというと日陰の存在だった公安隊は一気に『トウア社会から頼りにされる存在』となった。



 局長室から戻ったジャンのテンションはいつになく高かった。

「お前ら、今日は祝杯を上げるぞ。セイヤ、もう減給処分はとっくに解かれているはずだから、奢れよな。あの『立てこもり事件』の時の借りを返せよな」


 そんなわけでセイヤとリサはつきあわされることになった。


 その居酒屋は治安局の近くにあるリーズナブルな気安いお店で、多くの客で賑わっていた。

 三人は店員に案内された席に着き、飲み放題コースにして料理をいくつか注文した。


 しばし待つと、ビールと共に料理が次々運ばれ、テーブルに並んだ。


「今月の生活費、ちょっと節約モードに入るからねっ」

 喧騒と揚げ物の匂いの中で、リサはちびちびとビールを舐めつつ半眼でセイヤにつぶやく。


「いつも節約モードのくせに……」

 セイヤはコロッケを口にしながら、ため息をつく。


 そこへ、ビールをガバガバ飲みつつジャンが話しかけてきた。

「……でさ、狙っていた治安局の女子職員に『女の敵』って言われて撃沈したんだけどさ」


「そうなんですか。まあ、あれだけ無自覚にセクハラしていれば、そうなりますよね」


 突き放すように応えるセイヤに、ジャンはしつこく絡んでくる。


「い~や、あの立てこもり事件の時、お前がオレの女性問題をでっちあげて、オレを脅して協力させたことにしたことから始まったんだから、お前が何とかするのが筋ってもんだろう。あれから『女の敵』っていう言葉が、治安局内でのオレの枕詞になっているんだよ」


「いえ、日頃の先輩の下品な行いが、そうさせている気がするんですが」


 セイヤは反論するものの、ジャンは聞いちゃおらず、唐突にこんなことを言い出す。


「そこでだ、ルイさんって彼氏いるのか?」

「え、いないと思います。だよな、リサ」


 とっさのことだったので、セイヤは正直に答えてしまった。


「……セイヤったら、そんなこと言っていいの?」

 リサが忠告したが、もう遅かった。


「よし、ルイさんにオレを紹介しても何の問題もないということだな」

 ジャンがニヤついた。


「あ~、セイヤ、知らないからね」

 リサはビールを仰ぐ。


 リサとジャンを交互に見やりながら「え? え?」と慌てているセイヤの肩にジャンは手を置き、こう命じた。


「ルイさんを誘ってさりげなく席を設けて、ルイさんとオレの間を取り持て。いやあ、ちょっと高嶺の花かなとは思っていたんだけど、二度も助けたんだし、縁があるってことだよな」

「え……」

「じゃ、よろしく」


 そう言うとジャンは酒をガバガバと流し込みながら、店員を呼び、おかわりを追加し、おつまみもあれこれ頼んでいた。


「……あんなのを紹介したら、さすがのルイも怒るかな」

 セイヤは呆然としつつも、ジャンと一緒にコロッケを追加注文するのを忘れなかった。


「セイヤがバカ正直に『ルイに彼氏はいない』なんて答えるからよ。いつも慎重なくせに、こういったことについては考えが及ばないというか……疎いんだね」

 リサが呆れたようにつぶやく。


「いやあ、まさか、お前らがルイさんのような人とお友だちだったとはな。運命を感じるぜ」

 ジャンだけはいつまでもご機嫌だった。


 ちなみにルイはわりと巨乳であり、どうやらこれもジャンのタイプだったようである。

 そう、ルイは童顔に巨乳、そして知的お嬢様なのだ。


   ・・・


 ようやく、ジャンから解放されたセイヤとリサは帰途に就いた。


 季節はもう冬。家々の窓から漏れる灯りに心が和む。冷たい空っ風が吹いていたが、お腹もいっぱいだし、お酒の効果もあってか体はポカポカしていた。


「解決していない事件もあるし、本当はまだ浮かれた気分になれないけどな」

 セイヤが独り言のようにこぼす。


「でも、こういった息抜きは必要だよ。これからもいろんな事件が起きるだろうし、張り詰めたままじゃ持たないでしょ」

 リサは白い息を吐きながら、顔を空に向けた。けっこう星が見える。思わず頬がほころぶ。


 が、セイヤがツッコミを入れてきた。

「今日の、息抜きになったか?」


 リサもハタと考え込む。

「確かに……先輩、容赦なく注文しまくるから、奢るこっちとしてはストレスだったかも」


 減給処分は解かれたものの、貯金もしたいし、欲しい家具や家電製品もあるし、節約しなくては。給料日が待ち遠しい。


「ま、とにかく、これからも仕事、がんばろう」

 立ち止まったリサは何気にセイヤの手を取った。


 しかし、セイヤは無言だった。リサに手を取られたまま、ブラブラさせている。


「誓う。決して無茶はしないよ」

 リサは力強く宣言した。もう、罪悪感にまみれて自分を粗末にするような危なっかしいリサではない。頼れる仲間だ。


「……約束だぞ」

 セイヤはリサの手を握り返す。


 真のパートナーとしてリサと一緒に任務を全うしよう――やっと、心の底からそう思うことができた。

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