第4章 特命チーム誕生―ルッカー治安局長登場
夏が終わる頃。
治安局中央地区管轄治安部隊では――ジャン、セイヤ、リサは特戦部隊から離れ、仮採用ではあるが『治安局長の特命で動く治安部隊特殊チーム』に配属された。
そう、この三人は先の発電所立てこもり事件の主犯を捕らえ、マハート氏暗殺を阻止し、そしてルイ・アイーダ拉致監禁事件を解決へ導いたとし、その功績が治安局上層部の目に留まったのだ。
この立役者は治安局長ホッシュ・ルッカー。
42歳の気鋭のエリート官僚である。苦労が多いのかすでに白髪だ。細身ではあるが、顔に深く刻まれた皺と鋭い眼光にどこかしら威圧感が漂っていた。首相や大臣ともつながっており、治安関連の法整備にも尽力している。
ルッカーは以前より、これまでの隊の縦割りを見直し、横の連携をスムーズに行えるような組織作りを考えていた。
そこで隊の垣根を越えた別働隊『特命チーム』を立ち上げたのだ。
こうして三人は特命チーム仮採用になったわけだが、機密事項を扱うこともあるとのことで『特命チーム専用室』が与えられた。今後はそこで書類作成や作戦会議が行われることになる。
局長は治安部隊の隊員にとっては雲の上の存在である。
局長室も本館の最上階の10階にあり、普段は立ち入ることがない場所だ。一般の隊員は本館にすら近づくことはない。
『特命チーム専用室』はその局長室と同じフロアにあり、複数ある会議室の一つが宛がわれたようだ。今後はそこで報告書や書類作成を行うことになる。
そのため特戦部隊室を出ることになり、セイヤたちは「お世話になりました」とファン隊長に挨拶に行った。
ファンは微妙な表情の中にもホッとした様子を見せていた。自分の弱みを握っているセイヤたちが離れてくれるからだろう。
セイヤもこれ以上、ファンを利用しようとは思っていなかった。
利用し過ぎれば必ず痛い目にあう。憎まれるのはマイナスだ。
ファン隊長は基本的にこちらの味方である。敵にしてはいけない。そう考えていた。
一方、ルイはこれからの活動資金のことを考え、投資に着手していた。実績がある投資家を数人雇い、リスクを分散させながら確実に資産を増やしていった。
そしてアリア人との連携・人脈づくりに、よりいっそう励んだ。トウアをシベリカから守るだけではなく、祖国アリアをシベリカから完全独立させたかった。これがルイの本当の願いだ。
現在、アリア国はシベリカの属国と化し、アリア領内ではシベリカ軍が駐留し、まるでシベリカ国の一地方扱いだった。多くのシベリカ人もアリアの地に移住してきて、我が物顔で振る舞い、アリア人は隅に追いやられているという。
アリア国に主権がないも同然だった。
こうしたアリア人の窮状を訴えるためにも、機会があればメディアに出るようにしていた。また有名人であり続け、世間の注目と関心を買うことこそが身を守る一番の方法である。
ルイの身に万が一のことがあれば、シベリカ国が疑われるだろう。今回の『拉致事件』で失敗したシベリカ工作員は、そう簡単に手が出せないはずだ。
ルイも己の目的を達成するべく、いろいろ模索中であった。
・・・
残暑も去り、晴れ渡る青空に雲の氷晶がプリズムとなって幻日を浮かび上がらせていた初秋。
今日は待ちに待った休日。
セイヤとリサは日頃の訓練の疲れを取るべく、自宅でくつろぎの時間を過ごしていた。
昼間はまだまだ残暑が厳しかったが、夕方になればエアコンに頼らなくても涼しい風が入り、秋の匂いを運んでくれた。
リサは冷蔵庫からキンキンに冷やした缶ビールを出し、おつまみの枝豆を用意しつつ、居間にあるテレビを点ける。ルイが出演する生放送があるのだ。その番組は高視聴率を誇るニュースワイドショーで生激論が行われるコーナーに登場するらしい。
「もうすぐ始まるよ~」
「ああ」
シャワーから上がったばかりのセイヤはタオルで頭を拭き拭き、部屋にやってくる。そのまま茣蓙が敷いてある床に腰を下ろし、胡坐をかいた。
いずれ、ちゃんとしたソファが欲しいな。いや、こんな狭い部屋に置けないか……。まずは広い部屋よね~と思いつつ、リサは缶ビールをセイヤに手渡す。
「はい、お風呂上りのご褒美」
缶ビールのプルトックを開ける。プシュッと炭酸が弾ける夏の音。
「お疲れ様ということで、乾杯っ」
「といっても、今日はずっとゴロゴロしていただけだけどな」
二人は琥珀色のビールを喉に流し込む。喉への刺激が気持ちいい。これぞ至福の時。
未解決事件や被害者のことを忘れたわけではないが、張り詰めたままでは体と心がもたない。仕事を充分にこなすには体力と気力が必要だ。そう割り切り、オンとオフを切り替え、休息の時間を大切にするようにしていた。
そうこうしているうちに、テレビ番組ではコメンテーター同士の討論が始まった。
テーマは『これからのトウア社会を考える』というものだった。
ルイの弁舌に注目が集まったが、それを牽制するように例のアサト・サハーが絡み、ルイとの一騎打ちになっていった。
サハー氏はもはや『ルイ・アイーダの天敵』という位置づけで、ルイが出演する番組に欠かせない存在になっていた。この二人が出ると視聴率が上がるようだ。
テレビ画面の中で、サハー氏はルイに敵意の視線を向けながら質していた。
・
「この頃、シベリカ人が差別され、嫌がらせを受けていることをご存知ですか?」
「ええ、もちろん存じてます。遺憾なことだと思ってます」
ルイは顔を曇らせつつ答える。
が、その後もサハーはルイを責め、二人の応酬が続いた。
「ルイさん、あなたのシベリカに対する発言が、人々を反シベリカに染め、シベリカ人差別を助長させているのですよ」
「いえ、それとこれとは話が別です。特定の外国を批判することが、その外国人を差別することにつながるというのであれば、私たちは一切、外国に対する批判ができなくなります」
「では、シベリカ人が差別されるのは仕方ないと?」
「そうは言ってません。批判と差別は、全く別の話だと申しているのです」
「先日、シベリカ人の子どもが自殺しました。原因はトウア人の子どもらによるイジメだということです。ルイさん、あなたがシベリカ人イジメを煽っているのですよ」
「イジメや差別を助長すると言って、シベリカへの批判を封じようとするサハーさん、あなたは巧妙に言論封殺しようとしているのです」
「おおげさですね」
「では、政府への批判も、政府へのイジメになりますよね? そう、サハーさんは今まで治安部隊や軍についても散々批判してきましたが、それもイジメということですね」
「政府や軍や治安部隊と、シベリカ人は違います」
「どう違うのですか?」
「政府や軍などは権力を行使する強者側で、シベリカ人は弱者側です」
「シベリカ人を弱者と決めつけることこそ差別ではありませんか? その考えこそシベリカ人をバカにしていませんか?」
「いや、実際にシベリカ人は立場が弱く、外国人であるがためトウア人よりも権利を制限されている弱者でしょ。トウア国籍を取得している移民も目に見えない差別に苦しんでます」
「外国人がある程度、権利が制限されるのは当然です。トウア人がほかの外国へ行けば、権利を制限されるのと同じことです。これを差別とは言いません。お互い様なのですから」
「いや、お互い様と言ってしまっては進歩がないでしょ。トウアが率先して、外国人への差別をなくし、世界のお手本になるべきではありませんか? 外国人にもトウア人と同じ権利を与えることが正しいと思いませんか?」
「論点がずれてます。今は、外国人にトウア国民と同じ権利を与えるべきかどうかを議論しているのではありません」
「とにかく、弱い立場であるシベリカ人への差別を助長するような発言は控えるべきだ」
「何をもって弱者とするかは置いておいて、もし弱者を批判してはいけないとなると、弱者の立場を得た者とそのバックにいる者は逆に強いですね。何をしても批判されないのですから。そう、サハーさんが言っていることは――トウアに住むシベリカ人は弱者だから、彼らのバックにいるシベリカ国に対しても批判してはいけない。トウア人およびトウア国は、シベリカに何をされても我慢しろ、モンクは言うな――ということになります。これはトウア人への差別になりませんか?」
「いや、私はそんなことを言っているんじゃない」
「いえ、そう言ってますよ。後は視聴者の皆さんがどう捉えるかですね」
と、ルイは司会者のようなことまで言って、討論会をまとめてしまった。
・
テレビを見終わったリサは感嘆するように嘆息した。
「はあ、さすがルイだよね」
「でも世の中、正論が勝つわけじゃないんだよな」
ふとセイヤが漏らす。
「え?」
「いや……それよりルイのことがちょっと心配だな」
話題を変えたセイヤは気になることを口にした。
「どういうこと?」
「いや、オレの杞憂で済めばいいんだけど……」
怪訝な顔をするリサを尻目にセイヤは空になった缶をつぶした。
・・・
季節は晩秋へと移り変わっていた。
あれだけ騒がしかった蝉の声が消え、夏の残り香はすっかりなくなり、木々の葉が色づき、涼風が吹き抜けていく。
トウアに住むシベリカ人への嫌がらせや暴行事件のニュースがまた流れていた。
学校ではシベリカ系の子どもに対するイジメ問題も深刻化していった。
シベリカ国への警戒は必要だし、工作員の取り締まりも強化すべきだが、トウアに住んでいる一般シベリカ人・シベリカ系移民はそれとは関係ない。
が、トウア人の間にはシベリカ国への警戒心からシベリカ人への嫌悪感が生まれていた。
その『反シベリカ』への流れを作り出したのはルイ・アイーダだということで、アサト・サハー氏のほか『外国人の人権を守る市民団体』もルイを名指しで非難するようになり、世間はその対立を面白がって取り上げた。
そんな中、リサは暇を見つけては、ルイに連絡をとるようにしていた。
「この頃、人権って言葉も安っぽくなった気がするよね」
『そうね……』
電話口でルイは深いため息をついた。
「ルイ、大丈夫?」
『ええ』
「私とセイヤがアドバイスしたこと、ちゃんと守ってね」
『分かっているって。移動はほとんど車にしているし、出先では一人でいることを避けているし、口に入れるものも気をつけて外食は控えているし、セキュリティ万全の自宅にできるだけ早い時間に帰るように心がけているし』
窮屈な生活だけど仕方ない。警戒し過ぎるくらいでちょうどいい。
「スケジュールや予定も小マメに知らせてよね」
『はいはい』
ルイの声は表向きは元気そうだった。
・・・
それからさらに季節は移りゆき――冬が顔を覗かせていた寒空の日。
テレビ番組の収録が押してしまい、ルイは深夜遅くにタクシーで帰途に就いた。
自宅マンション前でタクシーを降り、エントランスへ入ろうとしたその時だった。
マンションの横にある植え込みの陰から、一人の覆面をした男が現われた。タクシーはもう去ってしまっていた。今、ルイはその覆面男と二人っきりだ。
覆面男はルイへ走り寄る。
マンション内はセキュリティ万全だが、マンションの入り口玄関に入っても、そこから暗証番号を入力し、鍵を差し込まなければ中扉は開かない。マンションに逃げても間に合わない。
男の存在にすぐに気がついたルイは5歩程反対方向に逃げたが、しゃがみ込んでしまった。
男は無言で足音も立てずに近づいてくる。
パン――乾いた銃声。
が、おそらく周囲の家々の窓が閉ざされた中にいる住人には気づくことはなかっただろう。
地面には血の染みが点々と咲き、その上に硬質な音が被さった。ナイフが落ちたのだ。
男は崩れ落ち、地面に膝を着く。
その先には銃を手にした無表情のリサがいた。銃を構えながら男に近寄り、地面に落ちているナイフを遠くに蹴る。
同じように銃を手にセイヤとジャンも姿を現した。
男は右肩を撃たれていた。
仕留めたのは、もちろんリサだ。
「やっぱり、この機会に乗じて襲ってきたか」
セイヤが冷ややかに男を見下ろす。
「ルイ・アイーダを恨む一般シベリカ人を装うだろうが、こいつは工作員だ」
ルイが襲われる前、この実行犯以外にも複数の工作員らしきものが動いていたことは、公安の捜査で分かっていた。個人の犯罪ではなく、組織立った犯罪なのは明らかだった。
「大丈夫?」
リサは、地面に伏していたルイに怪我がないかを確かめた。
「ええ」
ルイは自分を奮い立たせるかのようにニカ~っと笑った。
ジャンは犯人に手錠をかけ、傷の様子を見る。治療を施した後、この件に協力してくれた公安隊に身柄を引き渡す予定だ。
今も密かに公安が張っているはずだが、表に姿を現すことはなかった。
・・・
ルイ・アイーダが襲われたこの事件も世間を大いに騒がせた。
あらゆるメディア関係者がルイを取材したがったが、ルイはまずアントン・ダラーに独占インタビューをさせた。
これによりアントンはライターとしての知名度を確実なものにした。
ルイを襲った犯人はシベリカ工作員の疑いがあることが報道されると、世間の空気は完全に『反シベリカ』となり「治安部隊を強化せよ」という声が高まった。
いつもは治安部隊や軍を敵視している平和主義者たちもトウア世論の流れに逆らえなかった。
来年度は治安部隊関連予算が大幅にアップされるだろうとし、治安局の上層部は密かに勝利の祝杯を挙げた。
一方、サギーは完全に世論操作工作に失敗したことを認識していた。
これまでの工作の目的は『トウア国の治安部隊と軍を弱体化させること』だった。しかし全て裏目に出てしまった。
しかも『シベリカ工作員の存在』を、多くのトウア国民に疑われるようになってしまった。
「完敗ね……」
各マスメディアの報道内容をチェックし終えたサギーの顔が歪む。
ただ、それでもルイを始末しておいたほうがいいという考えに変わりはなかった。放っておけば、必ずルイの存在はシベリカにとって大きな脅威になる。
しかし、いつまでもルイにこだわっていられなかった。本国からの指示で、次の段階に進まざるを得なかった。
本当ならばトウアの治安部隊と軍をもっと弱体化させてから進むべきステージだったが仕方ない。
――次はもう、失敗は許されない。
・・・
ルイを襲った犯人の身柄は、公安の預かりとなった。
その後の調べにより、犯人は不法入国していたシベリカ人であることが分かったものの、例により工作員である証拠は挙がらなかった。
犯人は「ルイ・アイーダを懲らしめようとしただけだ」という供述を繰り返すだけだった。
ルイ・アイーダを監視していたシベリカ人グループも、とりあえず『不法滞在』という罪名で引っ張ってきたが、同じく「ルイ・アイーダに天誅を下そうと思って、仲間を募って犯行に及んだ」とし、自分たちは『工作員』などという存在は知らないと言い張った。
この前のシベリカ系船舶会社を始めとするルイ拉致事件の被疑者らも、ルッカー治安局長の判断で最終的に公安の預かりとなっていたが、こちらも新しい供述は取れず、捜査はあまり進んでいなかった。拉致実行犯も未だ見つかっていない。
そんな犯人=被疑者に対し、公安は自白剤の使用許可を求めた。
が、自白剤使用は原則禁止であり、特別許可が降りるまで相当の手続きを踏まなければならず、時間が長くかかりそうだった。
ルッカー治安局長は以前より、自白剤使用条件についてハードルをもっと下げるような法改正を政府に求め、要望書を提出していた。
その甲斐があってか、与党である民主平和党が閣議決定し、ようやく国会で審議される運びとなっていた。
ほかに公安含め治安局全体にもっと強い権限を持たせるスパイ防止法や国家治安維持法に関する法整備が進められようとしている。
問題はこのことを世間が知った時、世論がどう動くかである。人権派の市民団体は反対するだろう。
しかし、今のトウア世論であれば自白剤使用に賛成するほうへ傾くはずだ。
世論の後押しがあれば、この法案は通る。
そして、なし崩し的にスパイ防止法や国家治安維持法の内容も改正される。
局長室のデスクに広げた様々な報告書を前に、ルッカーはうすく笑みを浮かべていた。




