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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン2
28/73

第3章 意外な助っ人

 ルイ・アイーダ拉致事件が解決し、周囲は落ち着きを取り戻した頃。


 閑静な高級住宅街にある高度なセキュリティシステムが施されたルイの自宅マンションにて、アンティークな装飾が施された豪奢な客間にセイヤとリサは招かれていた。


 ガラステーブルを挟んだその向かい側にはアントン・ダラーが革張りのソファにどっかりと腰を下ろしている。


 本格的な夏となり、外は胸が苦しくなるほどの猛暑だったが、部屋内はエアコンが効き、ひんやりとした空気を運んでいた。


「この度はお世話になりました」

 ルイは約束していた残りの報酬をアントンに渡すと、少し離れた一人用ソファに腰掛けた。


「今回の事件でのあんたの独占インタビュー、オレにやらせてくれるんだろ。持ちつ持たれつってヤツだ」

 ルイから封筒を受け取ったアントンは冷めた笑いを顔に張りつけ、札束を確かめる。

「それにしても、お前らがこのオレに取引を持ちかけてくるとはな」


 実は、今回の拉致事件でルイが雇った見張りの一人がアントン・ダラーだった。


 ――そのきっかけは、リサがアントンへコンタクトを取ったことから始まった。


   ・・・


 セイヤが子どもの頃に起こした棍棒殴打事件が週刊誌で騒がれ、アントンから下品なからかいを受けた夜、リサはその事件の経緯をセイヤから詳しく聞いた。


 そこで、セイヤだけでなくルイも軽くではあったがアントンからイジメられていたことを知り、リサはふと思ってしまったのだ。ひょっとしたらアントンはルイのことが好きで、ちょっかいを出し、それがイジメになってしまったのでは、と。


 その頃からルイとセイヤは仲がよかったという。ならばアントンは、セイヤへの嫉妬心から嫌がらせに走ったのかもしれない。


 実はリサも子どもの時分、特定の男子からイジメられ、学校に行くのを嫌がったことがあった。その時、兄が相談に乗ってくれ、こう言ったのだ。「もしかしたら、そいつ、リサのことが好きだからイジメるのかもしれない。オレも好きな子をイジメたことがあったから何となく分かるんだよ」と。


 その後、兄がそのいじめっ子に話をつけてくれ、リサはその男子と友だちになれたのだ。


 リサは、カバンからアントンの名刺を取り出していた。

 兄が話をつけてくれたように、自分もアントンと話をつけられるかもしれない……。


 週刊誌の標的が自分からセイヤに移っていった時、リサはこれ以上、セイヤがネタにされ、世間から攻撃されるのを防ぎたかった。

 元はといえば、自分が『特戦部隊のヒロイン』と祭り上げられたことが元凶だ。


 リサはアントンに連絡を入れ、話をつけに行った。


 セイヤが虐めを受けていたとはいえ、アントンに大怪我を負わせるまで殴り続けたのはやり過ぎだ。それについてアントンに謝罪し、許しを請うた。


 意外にもアントンは真面目にリサの話を聞き、セイヤ自身からの直接の謝罪ならば受け入れると応えた。

 リサは仕方なくセイヤにこのことを打ち明けたのだった。



 セイヤは、リサが自分に黙って勝手にアントンに会いに行ったことを怒ったものの、こうも考えていた。


 ――身の回りの『敵』はできるだけ作らないほうがいい。自分たちはもっと厄介で大きな敵と戦っているのだ。謝罪することで解決するなら、余計な敵は減らすべきだ。


 それにリサがこれ以上、ネタにされるのを避けたかった。週刊誌にネタを売るライターのアントンに憎まれたままでいるのは得策ではない。


 セイヤはアントンに会い、過去に暴力を振るったことを謝罪した。


 土下座をするセイヤの頭を、アントンは足で踏んづけた。


 それでもセイヤは頭を下げたまま、ただただ詫びを繰り返した。

 自分がアントンに詫びることで、リサを守ることにつながるのならば土下座など何でもないことだ。


 やっと足をどかしたアントンはセイヤを見下ろし、唾を吐きかけた。

 が、セイヤはおとなしくそれを受け、再び頭を地にすりつけ、謝罪の意を示した。


「フン、挑発には乗らないか。まあ、いい。どうせ形だけで心から反省なんてしてないよな。とはいえ、こんなオレに土下座までするとは……ま、気分は悪くないぜ」


 こうしてセイヤはアントンと和解に持ち込んだ。



 その後、棍棒殴打事件の記事が週刊誌に載った時からアントンとのことを気にしていたルイは、セイヤとリサから和解した旨の報告を受けた。


 アントンを毛嫌いしていたルイだったが、敵を増やしたくないというセイヤの話を聞き、考え直した。

 いや、アントンを嫌っていたからこそ、どうせならとことん利用してやろうと思った。


 そう、アントンはライターであり、マスメディア側の人間だ。マスコミ関係者との人脈もある。

 情報戦を仕掛けてくるシベリカとの戦いは、マスメディアをいかに利用し、世論を味方につけられるかにもかかっている。ならばアントンとつながるのは悪くない選択だった。


 アントンが計算高い人間であれば、こちらの取引に応じるだろう。

 協力を得られるのであれば、そういった仲間は多いほうがいい。


 ルイは、アントンを損得勘定で動く人間だと判断していた。だから、あの棍棒殴打事件でセイヤの反撃を受けた後、虐めをやめた。損得勘定よりも自尊心で動く人間であれば、プライドを傷つけられたとしてセイヤに仕返ししたはずだ。


 そこでルイはアントンへ取引を持ちかけた。

 マハート氏暗殺未遂事件の後、おそらく自分の身に何かが起こる、大きなモノが釣れるはずだと。

 だから自分を見張り、自分の身に何か起こった時、セイヤとリサに知らせ、治安局への通報のタイミングについては彼らと相談してくれと。

 その後、ルイ・アイーダへの独占インタビューはアントン・ダラーにやらせると。

 報酬も出すから、こちらに協力してくれと。


 そんなルイの考えに対し、セイヤは当初、形だけの和解したとはいえアントンと組むことに反対した。アントンは信用できない、裏切るかもしれない。最悪シベリカ側とつながる可能性もある。


 しかし、それについてはルイは抜かりなく、すでにアントンの身辺調査も行っており、今のところシベリカ工作員とつるんでいる様子はなさそうだった。


「アントンが信用できるかどうかよりも、計算高い人間かどうかが決め手だ」とルイはセイヤを説得した。


 ――計算高い人間のほうが動かしやすい。


 もし仮に、アントンにサギーらシベリカ側の人間が近づき、取引を持ちかけたとしても、情報漏れを防ぐため口封じをする可能性が高いシベリカ工作員らよりも、そこそこ良い条件を出す安全な自分たちを選ぶはずだ。


 ルイとセイヤの取引に、アントンはあっさりと応じた。ルイの見立て通り、アントンは実利を取ることを優先する人間だった。そういう面はセイヤと似ていた。


 セイヤは、ルイを見張る人間をもう一人置くことで、アントンと取引をすることを認めた。


 もちろん、アントンには必要最小限の情報しか与えず、『ルイを見張ること』『何か起きたら証拠を押さえ、セイヤに知らせること』『その時々のセイヤの指示に従うこと』など任務内容だけを話し、全容は話していない。敵がシベリカ工作員であることも知らせなかった。アントンが裏切り、敵と通じることを最も警戒した。

 ちなみに、もう一人の見張りにもアントン同様、最低限の情報しか与えてない。


 が、心配は無用だったようだ。


 アントンはビジネスライクな男だった。作戦の全容や目的の詳細を知ろうとはせず、報酬さえもらえればよかったようだ。


 結果、裏切ることも仕事を投げ出すこともせず、期待以上に働いてくれた。拉致の証拠の写真もきちんと押さえ、見張りや尾行などプロの探偵並みで、その腕はなかなかのものだった。


 こうして『ルイの囮作戦』は無事に終了した。


   ・・・


 ルイから報酬を受け取ったアントンは「先に帰る」と席を立った。

 ちょうどセイヤもトイレのために部屋を出たところだった。


「なあ」

 アントンから呼び止められ、セイヤは振り返る。


「昔、養護施設で……お前の親が写っている写真をダメにした時、お前があんなに怒るとは思わなかったんだよなあ……。だって、お前はそれまでもオレのちょっかいに怒ることなかったし。オレにしてみりゃ、あれもちょっとした悪戯だった……」


 玄関先の廊下でアントンは独り言のようにこんなことを漏らした。

 セイヤは反応は示さず、黙って耳を傾けた。


「……親が写っている写真を塗りつぶしたのって、そんなに悪いことだったのか?……今でも分からねえ。もちろん、お前のアソコに悪戯したのはやり過ぎたかもしれない。お前が切れるのも理解できる。でも、その前の写真の件については……悪かったとは思えねえ……」


 そう言いながら、アントンはセイヤに視線を合わせることなく、玄関へ向かい、そのまま去っていった。


 アントンの背中が視界から消えると共に、セイヤの脳裏に、昔、養護施設で聞いたウワサ話が甦ってきた。


 ――アントンは親から酷い虐待を受け、保護されたという。


 当時は特に何も感じなかったが、今、初めてこう思う。

 短い間だったとはいえ家族に愛され育てられた自分はアントンに較べて恵まれていたのかもと。


 そして、違う生き方をしてきた他者と気持ちを共有することの難しさを痛感する。

 アントンの家族に対する思いは、セイヤとはだいぶかけ離れていた。


 アントンとはたぶん友人にはなれない。だが、取引でつながる仲間にならばなれるかもしれない。

 組むのであれば、相手に騙されるような善良な人間よりも、性格が悪くても猜疑心と警戒心が強く計算高い人間のほうがいい。

 そのくらいの人間でなければ、サギーやシベリカ工作らと渡り合えないだろう。


 しばらくルイとおしゃべりを楽しんだ後、セイヤとリサも帰途に就いた。

 街は夜の帳に包まれていたが、未だ昼間の熱気が残り香となって漂い、生ぬるい風が頬を撫でていく。


「私たち、まだ全然勝ってないよね」

「ああ」


 そう、このルイ・アイーダの拉致監禁事件と地下鉄中央駅爆破事件・ホテル爆破およびマハート氏暗殺未遂事件との確固たる関連性までは突き止められなかった。


 爆破事件および爆破予告と暗殺未遂事件がシベリカ工作員によるものだったという証拠は挙げられず、死亡した五人の暗殺者以外、犯人も見つかっていない。


 ルイ・アイーダ拉致監禁事件のみ、シベリカ系船舶会社が関連していたが――

 なぜ、ルイ・アイーダをそのような目にあわせたのかという理由については「ルイ・アイーダがシベリカを敵視する発言を繰り返すので、ちょっと懲らしめようと手荒な手段を講じてしまった」という説明しかされず、シベリカ国の関与やシベリカ工作員の存在を示す自供は得られてなかった。


 拉致実行犯も捕まっていない。すでにシベリカへ、少なくとも海外へ逃亡した可能性が高かった。

 サギーが関係していた証拠も挙がらず、サギーは容疑者にもなり得なかった。


 それでもこの犯罪が組織的であったと証明されただけでも大きな前進だった。シベリカ国の関与やシベリカ工作員の存在が疑われるとし、いよいよ公安隊が本腰を入れることになった。

 

  ・・・


 その後、アントン・ダラーによるルイ・アイーダの独占インタビュー記事が、トウア国で最も発行部数が高い週刊誌に載った。トップで誌面を割き、大きな扱いであった。


 先日の拉致事件のことを中心に、シベリカ工作員の存在を臭わし、これまで世間を揺るがせた大事件を絡めながら、シベリカへの警戒を呼びかける主張がなされ、マハート氏暗殺未遂事件とホテル警備人殺害・ホテル爆破事、そしてその陽動作戦と考えられる地下鉄中央駅爆破事件および爆破予告事件もシベリカ国が関わっていた可能性が濃厚だとした。


 世間の関心が高かった『ルイ・アイーダ拉致事件』についての独占インタビューは話題になり、アントン・ダラーはフリーライターとしての知名度を上げた。


 そしてトウア世論はさらに『反シベリカ』へ傾いていく。

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