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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン2
23/73

第2章 暗殺計画

 地下鉄中央駅爆破事件の翌日。

 ルイ・アイーダはあるホテルの一室にて、現在シベリカ国の支配下にあるアリア国から第三国に亡命し密かにトウアにやってきたアリア人と面会していた。


 ルイは、旧アリア国大統領だったアイーダ氏の孫娘であり、いわばアリア系トウア人である。


 旧アリア国がシベリカ国と戦争をしていた当時――

 幼かったルイはトウア国へ母親と逃れ、アリア国が敗戦してからもトウア国に留まり、そのままトウア国に帰化した。


 が、大統領の祖父は戦犯として処刑され、軍人だった父は戦死し、母は病で亡くなり、ルイは孤児となってしまった。母親が遺してくれた莫大な資産はルイが成人する18歳まで凍結され、その時8歳だったルイはトウア市立第一未成年養護施設へ送られた。


 そこでセイヤに出会い、9年後にはリサとも出会い、彼らと友情を育みながら学生生活を送った。ルイを特別視せず色眼鏡で見ないセイヤとリサとの縁は、ルイの心を救った。卒業後の進路は彼らと別々になったものの、今でも友だちづきあいは続いている――。


 そんなルイの表向きの顔は、トウア国立大学・歴史学科近代歴史研究室に所属する女子大生であり、その可愛らしいお嬢様的な外見と『戦犯の孫娘』という立場を売りにして、時々テレビの討論番組やワイドショー、ニュース番組に出演するコメンテーター業も担っていた。


 今のトウア社会で彼女を知らない者など、そういないだろう。


 が、その華やかな生活の裏で――ルイは凍結解除となった亡母の莫大な遺産を元手に、同胞のアリア人とネットワークを築き、シベリカについての情報を得るようにしていた。


 戦いに勝つには、情報力が大きなカギを握る。

 そうして得た情報を分析し、どのように使うか、それが勝敗の分かれ道となる。


 そう、大統領だった祖父が治めていた頃の旧アリア国について、大学で研究していたルイは今ではこう推察していた。旧アリア国は、シベリカ国の謀略によって戦争に引きずり込まれたのだと。

 ちなみに世界では、シベリカとの戦争に敗れる前のアリア国を『旧アリア』と呼んでいる。


 ルイは今まで調べてきた旧アリア国で起きた事件の数々を思い起こす。そして昨日のトウア市で起きた地下鉄駅爆破事件とその直後に次の爆破予告があったことと、かつて旧アリア国で起きた事件との類似点から、このアリア人がもたらした情報にある確信を得ていた。


 この面会を終えた後、ルイはすぐさま治安局の情報部を訪ね、そこで『トウア市へ視察に訪れるシベリカ人地方議員マハート氏への暗殺計画』と、今回の地下鉄中央駅爆破事件および爆破予告の関連性を示唆し、情報提供した。


 だが、机を挟んでルイと向かい合っている治安局員の反応はいまいちであった。


「それはあくまでも、あなたの憶測ですよね。そんな憶測で治安部隊を動かすわけにはいきません」

 とルイの言うことをまともに取り合う気はないようである。


 それでもルイは説明を続けた。


「なぜ、犯人は日にちを指定してまで爆破予告をするのでしょう。治安部隊は当然、その日に合わせて、予告のあった地下鉄全駅と広範囲にわたる繁華街、オフィス街に厳重警戒態勢を敷きますよね。つまり人員の大半はそちらに割かれることになります。これは陽動作戦としか思えません。相手の真の狙いはほかにあります」


 ここで一息つくと、ルイは目の前にいる治安局員をまっすぐ見つめ、強調するように言葉を紡ぐ。


「それが今回、ここトウア市に視察にくる『シベリカ地方議員マハート氏の暗殺』だと考えられます。爆破予告で示された日程は、マハート氏のトウア市滞在日と重なります。かつて、戦前の旧アリア国でも似たような状況下で『シベリカ要人暗殺事件』が起きたことがありました」


 それでもピンと来ないらしい治安局員は矢継ぎ早にルイに問う。


「なぜマハート氏は狙われているのですか? なぜシベリカの地方議員の暗殺をわざわざ我トウア国で仕掛けようとするのですか?」


 まず一つ目の質問にルイは答える。


「マハート氏を中心にしたグループは、現在のシベリカ中央政府の拡大路線に批判的です。私は第三国に亡命したアリア人と接触しましたが、その方もマハート氏暗殺を危惧してました。

 現在、アリア国はシベリカ国の支配下にあり、アリア人もシベリカの情勢について敏感にならざるを得ず、水面下ではいろいろと情報収集をしているのですよ。彼らの分析では、マハート氏は今のシベリカ国を仕切る人たちにとって邪魔な存在でしかなく、暗殺される危険性が高い人物だと考えられてます」


「はあ」

 治安局員は相槌は打つものの反応はうすい。


 が、とにかくルイは話を進めた。二つ目の質問の答えだ。


「予算の関係上、マハート氏もトウア国にまで護衛をぞろぞろ引き連れてくることはできないでしょう。このマハート氏の護衛の数がいつもより少なくなる機会をシベリカ中央政府が逃すはずがありません。

 それにもし仮にシベリカの地でマハート氏を暗殺すれば、マハート氏を支持している市民らが暴動を起こす恐れがあります。

 シベリカ国は内紛のきっかけになるようなことは避けたいので、簡単には手を下せません」


 ここまで話すと、治安局員の顔が少し引き締まったように見えた。

 一息ついてルイは続ける。


「しかし、マハート氏の暗殺がトウアの地で行われ、犯人が捕まらなければ、犯人はトウア人かもしれないと思わせることができます。シベリカ中央政府にとっては、邪魔なマハート氏を消し、マハート氏を支持している市民の怒りをトウア国に向けさせることができます」


「ふむ」

 ようやく治安局員の相槌は前向きになった。


 ルイはまず、シベリカ国の状況を説明する。


「シベリカはあれだけ広い国土を持つ大国です。優先すべき課題は、内紛によって国内を分裂させないことです。そう、人口増加に歯止めがかからず、貧富の差が大きいシベリカは内紛の危険性を常に抱えているのです」


 治安局員は先を促すようにルイを見やったので、そのまま一気に話し通した。


「貧しさは国民の不満を生みます。その不満が内紛へつながるのをシベリカ国は恐れてます。だからこそ豊かさを求め、拡大路線へ行く考えがシベリカの主流を占めます。

 ですが、中にはマハート氏のように『シベリカは身軽になって再建したほうがいい』と思っている人たちもいるのです。つまり、各地方を独立させ、国の規模を縮小していけば、養うべき国民の数も減り、コンパクトに国をまとめ上げることができる、それこそが豊かさにつながるという考えです。

 貧しい地方にいるシベリカ市民の多くはマハート氏を支持しているので、シベリカ中央政府は、国内において簡単にはマハート氏を攻撃できないのです」


「分かりました。情報提供、感謝します」

 治安局員は深く頷いていた。


「必ず上の人に伝え、手を打ってください。もし治安局がこれを無視し、マハート氏が暗殺された場合、私は治安局に前もって情報提供していたことをテレビで訴えますよ。情報提供があったにも関わらず何もしなかった治安局は、世間の批判に晒されることになるでしょう」


 ルイはそう釘を刺し、部屋を後にした。長い廊下の向こう側に化粧室が見えた。

「そうだ、このことをセイヤとリサにも伝えておかなきゃ」


 化粧室に入ったルイは『大事な話をしたい』という旨のメールをセイヤとリサに送る。


 もちろん、特戦部隊に所属するセイヤとリサがこの件について動くとは限らない。治安局がどのように対処するのかも分からない。


 けれどルイにとっては、セイヤとリサだけが一番心を許せる仲間だ。

 学生時代、彼らだけはルイを『戦犯の子孫』扱いしなかった。彼らは大切な友人でもある。だからこそ、彼らにも関わってくるだろう重要な情報は共有したい。そう考えていた。


   ・・・


 治安局は、ルイ・アイーダからもたらされた『マハート氏暗殺計画の件』について、その対処を特戦部隊ファン隊長に一任することにした。

 もし仮に暗殺が行われるとすれば、狙撃である可能性が高いと考えられ、銃撃戦・狙撃の専門である特戦部隊に任せるのがいいだろうという判断であった。


 治安局上層部から命を受けた特戦部隊ファン隊長は思案する。


 ――情報部から聞いたルイ・アイーダの情報と分析はそれなりの説得力はある。先日、明らかにされた爆破予告は、治安局の目を爆破事件のほうへ向けさせる陽動作戦だという可能性もなくはない。


 だが、治安部隊は予告された爆破の阻止へ動くほうを優先する。予告があった以上、爆破が起きる可能性も捨て切れない。もし予告通りに爆破が起きたら、その被害は甚大である。


 ルイ・アイーダの言うことは決定的な証拠がなく、結局は憶測だ。


 ただ万が一、暗殺事件が起きてしまったら……ルイ・アイーダから情報を得ていたにも関わらず、治安部隊は何もしなかったということになり、治安局は世間から非難され、責任を問われるだろう。それだけは避けたい。少なくとも治安部隊はその対策に動いていたとしたい。


 ――では、誰を『マハート氏暗殺阻止』に行かせるか?


 ここでファン隊長は、あの三人の顔を思い浮かべた。『発電所立てこもり事件』で命令に従わなかったセイヤ、リサ、ジャンだ。


 ジャンはセイヤに弱みを握られて仕方なく協力したということになっているが、彼らの様子を観察しているうちに、それはないと考えていた。ジャンは自分から加担したのだ、と今では確信している。


 が、そんな彼らは主犯を確保した。命令に背いたが、結果は出したのだ。


 ――この件をあの三人に任せてみるか。あいつらは命令通りに動かすよりも、ある程度裁量を任せて働いてもらったほうがいいかもしれん。リサは女だから期待はしないが……それでも最近、射撃の腕が上がっているのは確かだ。



 そんなわけで隊長室に呼ばれたジャン、セイヤ、リサの三人は、トウア市へ視察に訪れるシベリカ地方議員マハート氏の暗殺を阻止するようにとファン隊長から任務を与えられた。


「え? オレら三人だけで、ですか?」

 ジャンはファン隊長に訊き返す。


「そうだ。マハート氏のトウア市滞在は爆破予告された同じ日程と重なる。とはいえ、暗殺の件はあくまでも『あり得るかもしれない』程度の話だ。しかし無視もできない。もし暗殺計画があるとすれば、狙撃される可能性が高いだろうということで、銃撃専門の訓練を受けている我が特戦部隊がこの件を受け持つことになったのだ」


「待ってください。自分はいいとして、セイヤもリサもまだ新人に毛が生えた程度ですよ?」


「暗殺計画の件はあくまでも憶測情報だ。そんなことに人員を割くわけにはいかない。治安局としては爆破予告の件を優先せざるを得ないのだ。実際、中央駅爆破事件があって、多くの被害者が出たのだからな。予告があった地下鉄全駅、繁華街、オフィス街にて厳重警戒態勢をとり、爆破を阻止せねばならない。よって、こちらにも相当数の人員を割くことになる」


 反論は許さないとばかりにファンはジャンを見据える。


「だからマハート氏暗殺阻止の件は、お前ら三人で受け持ってほしい。もちろんお前らのほかに、シベリカからやってくるマハート陣営側の護衛もつく。その護衛と連携し、マハート氏を護れ。

 ジャン、お前がリーダーとして、セイヤとリサを従えろ」


   ・・・


 隊長室から出たジャンは、後ろから続いてきたセイヤとリサを見やった。

「この件に三人しか人員を割かないってことは、暗殺情報をあまり重く見ていないんだろう。ま、とりあえず、がんばろうぜ」


 そんなジャンにセイヤはコッソリとつぶやく。

「……リサを置いていくわけにはいかないですか?」


「そりゃあ、できないだろ。ま、暗殺計画情報も単なるウワサって感じだし、だからといって何もしないってわけにもいかないから、オレら三人が指名されたんだろ」


 セイヤはリサと共にこの暗殺計画情報について、すでにルイから話を聞いていた。ルイの言っていることは説得力があり、暗殺計画の可能性は高い気がした。それなのにたった三人で対処しろというのに不安を感じた。自分はいいけど、リサを危険に晒したくない……。


「何の話?」

 リサがジャンとセイヤへ交互に視線を移しながら訊いてきた。


「セイヤがリサを置いていきたいってさ。リサって信用されてないんだな。自分の身も守れない『お荷物な女』って思われているんじゃないのか」

 ジャンはちょっと意地悪い笑みを浮かべた。


「先輩…っ」

「何それ」


 リサが、あたふたしているセイヤを睨みつける。


「まあまあケンカするなよ。『特戦部隊の名物カップル、離婚の危機』ってウワサがたつぞ」

「先輩が煽っているんじゃないですか~」


 セイヤはジャンに恨みがましい視線を送ったが、ジャンは素知らぬ顔でそっぽを向いた。


「セイヤも隊長と同じ……私をバカにしているんだ」

 ボソッとつぶやいたリサは顔を落とす。


「そうじゃない。心配なだけだ」

 セイヤはとりなすものの、リサはセイヤと視線を合わせようとはせず、下を向いたまま吐く。


「私もセイヤのことが心配だよ。お互い様じゃない」


 そこで、やれやれとばかりに苦笑まじりのジャンが中に割って入った。


「ったく『心配』バーゲンセールってか。んじゃあ、お前らはお互い守り合うことを最優先しろ。その上で任務を遂行すればいい。オレは任務を最優先する」


 そう言って、ジャンはセイヤのほうへ目を向けた。


「オレは何度かリサの射撃訓練を見ているが、リサは確実に腕を上げた。大きな戦力になる。お前の心配も分からなくはないが、リサを信じてやれ」


 その言葉でリサは顔を上げる。そしてこっそりジャンを伺う。自分を認めてくれるジャンの言葉が嬉しかった。ジャンはただの『セクハラ先輩』ではなかったのだ。


 そんなジャンはセイヤに向けて、話を続けていた。


「あの『発電所立てこもり事件』の時、命令に背いてまでリサを救出したいっていうお前を一人で行かせてやっただろ。そりゃ心配だったさ。でも、お前なら大丈夫だと信じたから、オレは行かせたんだ」


 セイヤもハッとしたようにジャンへ視線を合わせた。

 二人の視線を浴びながら、ジャンはこう締めくくる。


「信じるって、けっこう勇気がいるんだぜ。だからセイヤ、お前もリサを信じる勇気を持て。で、リサもセイヤを裏切るような無茶なことはするな。以上」


 セイヤとリサは改めてジャンを見直した。

 ジャンも『オレ、今ちょっといいこと言ったよな~』と悦に入っているようで、いつになく偉そうに胸を張っていた。


 しばしの余韻の後、セイヤとリサは口々にジャンを讃える。


「先輩……たまにはいいこと言うんですね」

「下品なだけじゃなかったんですね」

「だからこそ先輩の下品な言動は許せるんだな」

「下品だけどなぜか憎めない。先輩のなせる業ね。さすがジャン先輩!」


 だが、ジャンには悪口にしか聞こえなかったようで――

 ムッとした様子で「下品ってオレのことか?」と分かりきったことを訊いてきたジャンに、先輩ったら何を今さら……と思ったセイヤとリサであった。

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