変身(ショートショートVer)
2時間前に降り出した雪は静かに降り積もり、あたりをうっすらと白く染め上げた。おそらく私の頭や肩の上にも、同じだけの雪が積もっているのだろう。
私は手袋を外すと、手のひらで雪を一片捕まえた。あたりの寒さもあり、しばらく原型を留めていたが、少しずつ溶けていき、やがて小さな水滴になった。
ただそれだけだった。
ただそれだけだったのに、瞳からは涙が零れだし、私はそれを止める術を持っていなかった。
「一緒に街を出よう」
そう言った男は、約束の時間に現れることは無かった。
……どうせ止まらないのであれば、この涙が頬をつたい下に落ちるまでに、雪に変わりますように……
私の願いは神様に聞きとげられることはなく、それでも私は泣くことしかできなかった。
「使う?」
目の前に、真っ白なハンカチが差し出された。顔を上げると30歳くらいの女性が立っている。
真っ白なコートと帽子、ブーツを身につけ、その装いとは対照的な真っ黒な髪を腰のあたりまで伸ばし、何より小さな顔に大きな瞳や赤い唇がとても印象的だった。
……キレイ……
私は少しの間女性に見とれていたが、ハンカチを受け取り涙を拭いた。女性が私の頭や肩に積もった雪を払ってくれる。
「……ありがとう……」
私はハンカチを軽く払って、女性に返した。
「男?」
一瞬逡巡したが、小さく頷いた。
「涙が雪に変わりますようにって思わなかった?」
どうして分かったのか不思議だったが、なぜかその質問にも頷いていた。
「私は神様じゃない。けどその願いを叶える手伝いが出来る……どうする?」
女性が何を言っているのか、理解できなかった。
ただこの女性の声や言葉には、抗えない魅力があった。
その質問にも頷きを返そうと思ったそのとき、女性のコートを小さな手が引っ張った。いつの間にか女性の後ろに、少女が立っていた。
「ねぇ、まだぁ?」
「もう少し待っててね」
女性は少女に優しく微笑んだ。少女はつまらなそうに歩き出す。女性は私の方を向き
「私も信じていた男に裏切られ泣いた。あの子は親に虐待されて泣いていた。この世界には雪に変えてでも、消しちゃいけない涙や誰かに届けたい涙があるの。でも、それを実現するには自分を変える必要がある」
「……あなたみたいになれる?」
「なれるわ。でも戻れない」
「もう帰りたい場所なんてないわ。……お願い……」
その言葉を聞いた女性は私の顔に優しく息を吹きかけた。少しずつ気が遠くなっていく。
こうして私は雪女と呼ばれる存在になった。