いきなり現実に戻された。ツキが落ちて苦しい
語り手は明日谷大和君で、一人称は「俺」です。
人前だと「僕」に変わります。家族の前では「俺」です。
ではごゆるりと楽しい時間を味わってください。
「やまにぃ、朝だよ」
目を覚ますと、エプロン姿の美鈴が立っていた。髪の毛を二つに縛り、ぱっちりした瞳。熟したリンゴのような頬、太陽を反射する白い歯、水玉模様の「あめあ~め」ブランドTシャツと、フリルが付いたピンクのスカート。小学校6年生に入り、ブラジャーを着用した。高校1年生の姉より胸が大きい。
「やまにぃ、どこ見ているのよ。おねーちゃん。やまにぃがね、私のおっぱ……」
時計を見ると、午前7時だった。
「由良、由良はどこだ」
「由良って誰? もしかして彼女ができたの?」
「あ、あ、違う」
口の中がねばねばした唾液に満たされて気持ち悪い。体も重たく感じる。
「早く着替えて、朝ご飯を食べな。遅刻するよ」
「うん。ありがとう」
俺は美鈴の頭をなでた後、自分の頭を押さえた。朝食をとるため、居間につく。姉はテレビを見ていた。ある男性議員の女性差別発言を取り上げていた。
――子供を産まないメスは女としての資格すらない。
「本当、ひどい議員。大和、あんたもあんな発言をしたらだめだよ」
「わかっているよ、お姉ちゃん。そういえば夢の中で、金髪の女から男は死ねって言われた」
あれ、死ねじゃなくて消えろだったっけ。まあいいや。どっちも同じ意味だし。俺がため息交じりに言うと、姉と美鈴はじいっと見る。
「だったら死なないよって言いなさい」
「やまにぃ、もしかしてショックを受けているの?」
女って生き物は……いいや、今日は早く学校へ行こう。自転車に乗る。
「大和、ヘルメットを忘れている」
「あ、ああ」
姉はママチャリに乗った。美鈴は歩く。
「やまにぃ、どうしたの、具合でも悪いの?」
「いや、違うんだ」
「もしかして由良って人に何かあったの?」
ごくりとつばを飲み込む。
「由良ってあの子だっけ? ほら、スーパーであんたが手を振った」
「あの子は須田愛良ちゃん、由良は違うんだ、お、俺の最近できた友達」
二人がじいっと俺を見る。外は晴れているのに、心の中は濃霧だ。
「もういいだろ」
俺は二人に手を振り、立って学校まで漕いだ。10分後、学校にたどり着く。
「おはよう、大和」
同じく自転車を乗っていた風間広が、俺の肩を叩く。
「おはよう、いい天気だね」
俺はうなずいた。太陽が広を照らす。自転車をこいで汗ばんでいるのに、体はまだ重たい。
「大和、俺さ、来週ぽえぽえ7のライブに行くんだ」
「嘘、僕も行きたい」
「当日券を買うしかないよ。予約はもう完売したし」
ぽえぽえ7(セブン)とは7人組のアイドルユニットで、先月オリコンシングルランキングで2位をとった。ほんわかした雰囲気を売りとしており、彼女たちが歌う曲は癒される。
「いいな、僕にも教えてほしかった」
二人でともに歩きながら、教室にたどり着いた。他の友達にも声をかける俺たち。
「悪い、教えようと思ったんだけど、チケット即売した後だからさ。当日券があればいいけれど、みんな押し寄せて来るからなあ。取れるかどうか……」
「広君もぽえぽえ7のチケットが当たったの?」
愛良ちゃんが広に声をかける。俺は彼女に顔を向ける。
「よくとれたね、愛良ちゃん」
「大二郎に取ってもらったの」
「大二郎って?」
口から勝手に言葉が出た。
「わ、私の幼馴染だよ」
「愛良、大二郎君ってまさか、背が高くて坊主頭のかっこいい人?」
愛良ちゃんの友達、名前は保科由美が尋ねる。
「そうだよ。大二郎ったらぽえぽえ7中毒でさ、二人分取れたから、一緒に行かないかって誘われたの。ぽえぽえ7は嫌いなアイドルじゃないから、行きたいなって言って、彼がとってくれたんだ」
へえ~と由美がつぶやく。もう一人の友達が言った。
「私はあまり好きじゃない、特にあまったるいところが」
「それがいいんだよ、英子。ああ、早く当日にならないかなあ」
幼馴染の大二郎君と一緒にいる――。
俺の中で焦りと怒りの炎が音を立てて燃える。頼む、収まってくれ。
「大和、落ち着けよ」
広が俺を見る。
「広、じっと見つめられても困るよ」
「悪い、お前の顔が青ざめて、焦っているのと具合が悪そうに見えたからさ。倒れそうになったら迷わず保健室へ行けよ」
俺は笑顔を作ってうなずいた。
「英子、ぽえぽえ7はね~」
心が重たい。愛良ちゃんが激しく喜ぶ姿を見るにつれ、自分だけが取り残された気持ちだ。
青春の一コマです。
おや、アルムの世界では激しい鳴き声が聞こえます。
とんでもないことになっているそうですよ。