現実に戻ると、両親が帰国していた。父さんとの会話
■ 現実に戻ってきたら、両親が待っていた
「大和、大和」
低くて軽い声に目を覚ます。もじゃもじゃ頭、四角い眼鏡、ごつい鼻、こげ茶色に焼けた肌、分厚い唇。
「父さん」
「大和、帰ってきたぞ」
父:明日谷幸男が抱き着く。俺も抱き着く。
――親子でBLかって、やめてくれ。3か月ぶりに帰ってきた父さんだ。優しくて時に厳しい父が、俺は好きだよ。あんたはどうなんだ?
「父さん、母さんはどこにいるの?」
「下で留奈と話をしているよ」
俺は階段を下りる。胸まで届く黒い髪の毛、少しずんぐりとした鼻、新しい時代を見つめる瞳、赤いバラが持つ明るさを2段階落とした唇。シャベルを握ったまま、姉と妹と盛り上がる母:明日谷幸子。
「大和、フランスは面白かった」
バシバシ、音を立てて俺の肩をたたく。アルムの世界でのトレーニングより、母の話を聞く方が疲れがたまるって、どういうことだ? 姉と妹はワクワクしながら話を聞いているが、俺にはついていけない。
「母さん、大和と食事に行っていい?」
「男は男同士でいってきなさい。じゃあ今日の晩御飯は私と留奈と美鈴で食べているわ」
「ああ、そうしてくれ。あさってはみんなで食べに行こう」
父が運転する車に乗る。
「大和、お前、ずいぶんさわやかな表情をしているな。そんなにお父さんと会いたかったのか」
「いや、そうじゃないよ。いい夢を見ただけ」
「夢か。お前はもう夢精をしたの?」
車が止まる。
「父さん、いきなり何を言い出すんだ」
「いいじゃないか、男だもん。俺は覚えていないけれど、小学校6年生のとき、夢精して、それからいろんな本や動画を見たぞ。お母さんには恥ずかしいから内緒な」
「い、言わないし」
信号は赤。歩行者信号がパカパカ光る。
「お前、好きな女の子、いるのだろ、留奈が言ってたぞ。その子、家に連れてきてもいいからな」
信号は青に変わった。
「そ、それは」
「性格がブスじゃない限り、歓迎する。顔は別にブスでもいいからな。性格だぞ、性格」
時速60キロを出す。
「その子は美、美人だし」
「いいねえ。明日谷家の血を継ぐのは留奈でも美鈴でもない。大和、お前だけだからよ。お父さんの願いとして、結婚してきちんと子供を産み、孫を見せてほしいものだ」
信号が黄色になり、車は突っ走る。
「ま、まだ早いよ」
「俺らが生きている業界は早いから、つい、同じ調子でしゃべってしまった」
「お、親父のファッション業界は今、どうなっているのさ」
信号機が赤になり、親父はウインカーを右に点滅させた。
「今は時代の流れもあってか、目立つ色が大切だ。フランスは今、移民問題で治安が揺れて、現実の不安から目をそらすために、人は楽しい方へ向かう。その気持ちは衣装にも表れる。トレンドを抑えるのが大変でね」
右に曲がった。と思ったらすぐ左に曲がる。
「大和、世界は広いよ。フランスにいれば、日本が今、どんな問題にさらされているか。日本がどうみられているか。日本はどうして地震が頻繁に起きても、自分に自信がなくてチャンスを逃しているか。いろいろと気づかされる」
「地震と自信は関係ないでしょ」
「56だ語呂」
十字路が見えた。
「そうだ、お前、ぽえぽえ7のチケット、ほしくないか」
「どうしたんだよ、お父さん、まさか」
まっすぐ進む。
「チケット、もらったんだ。3枚もらってきた。お父さんとお母さんは仕事だから、お前たちで楽しんできなさい」
車は目的地にたどり着いた。もしかしたらこれも、アルムの世界で起きた合宿の効果なのかも。偶然なのか、必然なのか、わからない。神様が決めた脚本通りに動いているのか。それも分からない。いずれにしろ、うれしい事実に変わりはない。