世界一不幸な少女の最高最良な最後の日(バッドエンド)
「もう、その方法しかないのか? もし、俺が触れてお前が死んだら、俺にはもう何も残らない。その虚無感で世界を壊し尽くしてしまうかもしれない。お前と生きた、お前が愛したこの世界を。だから……俺はお前に触らない。世界一の幸運? 巫山戯るな。愛した女すら触れない奴の何処が幸運なんだよ」
「ふふ、そうね。貴方は不幸ね。でも、私は幸運よ? だって、貴方に出会えたもの。私に降りかかる不幸を全て耐えてくれて、あまつさえ、その不幸から私を守ってくれたんだもの。私が世界一の不幸なんて笑わせてくれるわよ。私以上に幸運な人なんて居ない。いいえ、居ちゃいけないの」
私はそう言うと、いうことを聞かない身体を必死に起き上がらせ、未だ起き上がれないでいる彼の手を握り自分の頬に当てた。
「やめろ! お前まで居なくなるのはやめ…………っ?!」
私の行動に虚を突かれたのか、身体中傷だらけなことも忘れて、彼は上半身を起こした。
「ほら、無理して動かないの。私は大丈夫。だって私は……老い、以外では死なないのだから」
「その呪いはもう無くなっただろうが!」
彼が悲痛に叫ぶ。
私は零れそうになった涙を振って、話し始める。彼の前で涙を流したら、きっとこの後の世界に絶望してしまう。本当にこの世界を壊し尽くしてしまう。そんなことにはさせない。だって、彼は世界一優しい人だから。世界一、みんなを愛している人だから。
「未来の話をしましょ。私ね夢があるの。貴方と結婚して、海が見える丘に2階建ての家を建てて、家族で暮らすの。子供は3人がいいわ。女の子、男の子、女の子の順番。名前はまだ考えてないけど、でも……みんな優しい子に育つと思うの。貴方に似て、ね」
彼は今にも泣きだしそうな顔で話を聴いている。時折、「うん、うん」なんて頷いてくれている。私は笑顔で話し続ける。訪れるはずだった未来の話を。一生叶えられない最高の人生を。
私は油断して涙が零れそうになった。ダメだ。ダメだダメだダメだ。私は空いてる手をきつく握った。爪が食い込んで血が流れる。
「でね――――」
一瞬、頭の中が真っ白になった。気付いたら目の前には彼の顔があった。彼の唇が私の唇に押し当てられ、私の言葉を遮ったのだ。
私は、彼に行動させないように話し続けていたのに、弱音を吐かないように話し続けていたのに、泣かないように話し続けていたのに、1人になる覚悟をするため、最後の最後まで彼の顔を見るために話し続けていたのに、彼はこんな時まで私の我が儘を聞いてくれないらしい。
「やめてよ。最後にこんなことするなんて、馬鹿じゃないの? 最後ぐらい私の我が儘聞いてよ! こんな、こんなことされたら――」
――泣いちゃうじゃない。弱音吐いちゃうじゃない。貴方とずっとずっと生きていたいって言っちゃうじゃない!
「うるせえよ。最後じゃねえし、そもそも、そんな顔してるお前が悪い。……泣きながら笑うやつがどこにいるんだよ」
「……え?」
私は空いている手で頬に触る。すると、指伝いに温かい液体が地面に落ちた。
「あ、あれ? おかしいな。なんで、私。え、え? 私、泣いて……る? 待って、待って待って、こんなハズじゃ。え、えーと、違う、これは違うのよ。ただ目にゴミが入っただけよ。な、泣いてないから」
私は必死に涙を拭った。何度も何度も。それでも、涙は零れ続ける。私の意思とは関係なく、いつまでも止まろうとしない。
「いいよ。もう、いい。我慢すんなよ。んーと……ありがとな。俺なんかの為に泣いてくれて。正直、凄い嬉しい」
違う。違う違う違う。違う! 貴方の為なんかじゃない! これは私の心が弱いから勝手に流れてるだけ。貴方との別れに涙なんか流さない! 貴方とは最後まで笑っていたいんだから! 涙なんて……流さないわよ。
「大丈夫、大丈夫だから。俺はもう大丈夫。だから、泣くなよ。俺まで泣けてくるだろ」
「泣いてない! 泣いてなんか、ない!」
「もう、いいから」
そう言って彼は私を抱きしめ、今にも泣きそうな震える声で、私を慰め続けてくれた。
「お前ってこんなに優しかったんだな」
「……」
「お前って、こんなに温かかったんだな。全部、初めて知った」
「……当たり前でしょ。初めて抱きしめてくれたんだから、ばか」
「馬鹿はないだろ馬鹿は。これでも全国1位の頭脳だぞ」
「そういう意味で言ってるんじゃないわよ。あーあ、色々と考えてた私が馬鹿みたいじゃない。ど-してくれるのよ」
「いいじゃないか。結局、俺たちは最後まで締まらない方が似合ってるって事だ」
「ふふ、そうかもね」
暫くして落ち着いた私は彼と軽口を交わしてると、涙が止まっているのと同時に、終わりが近づいていることに気が付いた。
……はぁ、最後ぐらいかっこよく去りたかったわね。私の方が1つ年上なんだから、私の意志をもっと尊重してくれてもいいのに。まっ、それじゃあ彼らしくないかしらね。
その自由なところも、優しいところも、屈託のない笑顔も、時折見せる真剣な眼差しも、何者にも屈しない強さも、全てが彼で、彼の全てが愛おしいのだから。
惚れた弱みってやつかしらね。昔の私と彼を知ってる人が見たら何を思うのかしらね。きっと「偽物だー」なんて騒がれちゃうのかしら?
いいえ、きっと「おめでとう」って言ってくれるわね。みんな彼のことが大好きで、何より優しい人たちだったから。
……もう、時間ね。最期にきちんと挨拶しなくちゃいけないわね。退屈な日々から救い上げてくれて、最高の日々に連れ出してくれた彼に、今までありがとう。さようならって。そして、いつまでも愛し続けます、って。
「今ま――――」
「今までありがとうな。こんなどうしよもない俺なんかの傍にずっと居てくれて。嬉しかった」
彼は私の言葉を遮って、別れの言葉を口にする。
「お前が居てくれれば何もいらなかった。お前を守るためなら全てを投げ捨てれた。……正直、俺がこんなこと思うなんて夢にも思わなかったよ。昔の俺に今の姿を見せてやりたいな。きっと、唖然とするか、逃げ出すぜ? こんなの俺じゃないって。でも、これが今の俺なんだ。お前に出会って、救われて、長い間旅をして、俺は変わったんだ。昔の俺が否定した、最高の人生を謳歌する人間ってやつに。それもこれも、全部お前のおかげだ。俺はお前を愛してる。だから、俺の傍から一生離れんな」
彼は抱きしめる強さを一層強くした。
「本っ当に最後まで私の意志を無視するのね。ちゃんと言うこと決めてたのに、笑顔で居なくなれるハズだったのに、もう笑顔なんて作れないじゃない!」
私の目から涙が零れる。最初は1つ1つだったのが次第に増えていき、止めどなく溢れ出る。
「もう、私は消えるんだから! 最後ぐらい年上の私に格好つけさせなさいよ!」
「年齢なんて関係ない。格好つけんのは男の役目、だろ? お前が言い続けたことじゃねえか」
私の覚悟なんて素知らぬ顔で彼は笑う。その顔はあまりにも無邪気で、その瞳は全てを受け止めていて……。
「……そうね。私が言い続けたんだったわね」
そんな彼を見た私の心は静かに晴れていき、憤りや焦燥なんてちっぽけなものは、全て消えていた。今は、ただただ胸いっぱいに幸福感が広がっていた。
「そうそう、お前が言い続けたんだ」
私たちは笑い合う。けれど、涙は溢れ続ける。でも大丈夫。悲しいから泣いているんじゃない、心の底から笑ってるから流れるんだ。
一息ついた私は彼を離し、告白の返事をした。
「ごめんなさい。貴方の傍に一生居ることはできません。ここでお別れです。 貴方と旅した3年間は毎日が楽しくて、辛くて、初めてのことだらけで、全ての日々が愛おしい。だから、私はこの思い出を胸に先に旅を再開します。今までありがとう。そして――」
彼は顔をくしゃくしゃに歪めて、何かを言いたそうに口を開けている。それでも、もうこれが最後だ。さぁ、ちゃんと気持ちを伝えよう。そして、別れを告げよう。
「貴方のことを愛してます。だから、貴方もやる事を片付けたら私の後を追いかけてきてね? ズルなんかしたら、私が貴方を殺すから」
私は人生の中で最高の笑顔を作り、彼を抱きしめた。もう身体に力は入らない。それでも、精一杯抱きしめた。彼がなんと言っているかはもう聞こえないけれど、抱きしめ返してくれた温もりだけは伝わってきた。
ふふ。最期まで私みたいな変人を愛してくれてありがとう。先に行っちゃうのは許してね? でも、貴方なら必ず追いついてくるって信じてるから。
バイバイ。
愛してる。
行ってきます。
どれくらい時間が経っただろうか。いつの間にか朝日は昇り、明るい太陽が俺たちを照らしていた。身体中の傷は癒えており、抱きしめていた彼女からは息が消え、腕に彼女の身体が重くのしかかる。
ああ、死んだのか。また、俺が殺したのか。どす黒い感情がひっきりなしに心の中を暴れまわる。
それでも、俺は迷わなかった。
もう、死のうとは思わない。それが彼女との約束だから。俺は全てを終わらせて、彼女の理想の姿で追いつくのだから。
俺は立ち上がり、空に拳を突き上げた。
「ああ! こんなもん今日中に片付ける! お前の笑顔を見るためなら全てを壊し尽くしてやる。走ったって無駄だからな? 必ず追いついてもう1回抱きしめる! 次は絶対離さないからな。お前が嫌って言っても絶対に離さない! そして永遠に幸せにしてやる!」
俺は高らかに吠え、自分に喝を入れた。
人殺し機械? 死神? だからどうした。今やその肩書が心強い。
「待ってろよ、創造神、破壊神。俺たちの人生を狂わせた事、後悔させてやる。テメェらが泣いて、土下座して許しを請いて、命乞いをした後に……殺してやる」
創造神に好かれ、破壊神に嫌われた、全てを殺す最凶の少年は最期に向かう1歩を踏み出す。
「テメェらの命は俺の手の上だ。精々、小細工を考えることだな。真正面から全てを、ぶち壊してやるよ」