最初の一歩
スイングドアの入り口の前で、犬人族の少年、アベルは大きく息を吸った。
手持ちの財産は、大きめのリュック、護身用のナイフ、いくらかの銀貨。それだけ。
息を止めて踏み出した最初の一歩は、少年の期待とは裏腹に、何事もなくギルドの喧騒の中に吸い込まれていった。
ここ、ゲイルは冒険者の街である。北に豊かな森と数多くの古代遺跡があり、初心者から中級者までの冒険者が、登竜門としてやってくる場所として有名である。
そういうわけで、ここの冒険者ギルドはいつも冒険者で賑わっていた。ロビーでは、掲示板を睨んで仕事を探す者、パーティメンバーを募集する者、情報交換する者、予定を打ち合わせる者、銀貨を山分けする者などでごった返していた。奥の窓口には、一般向けの看板が三つ、買取専用が二つあり、どれも相談者で埋まっていた。
アベルはドアをくぐったところで立ち尽くしてしまった。ギルドの様子は、コーンウェル村の実家に立ち寄った冒険者達からよく聞いていたが、実際に目の当たりにすると、その賑わいに圧倒された。
不意にアベルは肩を叩かれた。体がビクッと反応し、そのまま硬直。頭の中は真っ白になった。
「坊主、邪魔だぞ。さっさと中に入れ。」
落ち着きを感じさせる声で少し硬直が溶け、何とかゆっくり振り返ると、目の前に使い込まれたハーフプレートの胸当てが飛び込んできた。思わず脇にあとずさって目線を上げると、無造作になでつけられた銀髪とやや尖り気味の獣耳が目に入った。典型的な男の狼人族の戦士だった。
アベルがあわてて脇に寄ると、その戦士は少し不思議そうな顔をしたが、そのまま買取窓口に向かって歩いて行った。その後ろを猫人族の女戦士、犬人族の男魔術士と男運び屋、殿に羊人族の男斥候という感じの者たちが続いた。実家でよく見かけた、典型的な遺跡探索パーティだった。
アベルは彼らを呆然と見送った。
彼らが買取窓口で報酬の手続きを始めた頃、アベルはやっと硬直から立ち直った。そしてやっとギルドに来た実感が湧いてきた。まずは深呼吸して意識をはっきりさせた後、意を決して一般窓口に向かった。
アベルはとりあえず、一般向けの一番左隅の窓口に並んでみることにした。なぜ一番左なのかというと、窓口のギルド職員が、この中で一番優しそうな兎人族の女性だったからであった。
しばらく待った後、順番が回ってくると、ギルド職員に挨拶された。
「お待たせしました。ご用件を伺います。」
「ぼ、冒険者登録に来たのですが...。」
アベルは緊張のあまり吃ってしまった上、恥ずかしさで語尾などはつぶやくようになってしまった。
「では、こちらの用紙の上部に、名前と年齢と出身地を記入していただけますか? 字が書けない場合は代筆します。」
ギルド職員の女性は、慣れた様子でそんな彼をスルーした。アベルはちょっとほっとした。字と計算は実家で習っていたので自分で記入することにしたが、緊張のあまり字がのたうちまわってしまって、これも少し恥ずかしかった。
「コーンウェル村のアベルさん、十五歳ですね。ギルドの詳しい説明は明日昼鐘二つ(午後二時頃)から行いますので、それまでにこの木札と手数料の銀貨一枚を持って、窓口にいらしてください。以上で今日の手続きは終わりです。」
言葉とともにお辞儀をされたので、あわててお辞儀を返すと、アベルはそそくさと窓口の前を離れつつ、ため息をついた。ため息とともに緊張感は抜けて行ったが、今度は反対に足に力が入らなくなった気がした。アベルはふらふらとしながらも、なんとか宿に戻った。ベッドに倒れこみつつ、今日はあっさり終わったなぁ、試験は何をするのかなぁ、などと考えているうちに、極度の緊張の疲労からかやがてそのまま眠ってしまった。




