女の子は準備中
「熱が・・あるはね 志保子」
私のオデコに手をおいていた母にいわれ 今日は学校休みなさいと告げられ
私は生まれて初めて「やだ学校行きたい」と母に言いました
私の言葉に母は少し驚いた表情で 私の顔を見直し 少し考える仕草をすると
頭にその手を添えて撫でてくれながら 昨日の元気な男の子に会いたいのねと
口元を綻ばせながら尋ねてきました
図星な私は鼻の下まで布団に潜り込んで隠し それまでとは違う熱で
赤くなっている頬を隠しますが 母にはすべてお見通しのようです
きちんと身体を直してから 会いに行きなさいという母の言葉に
渋々ながら頷き 薬を飲ませて貰い 熱冷シートを貼って貰うと
ちゃんと寝ているように言いつけられ 母が学校に連絡している声と
仕事に向かうため出ていった扉が 閉まる音を聞きながら
私は再び眠りについたのでした
大分経って 小学生に防犯を促す広報車のスピーカーの声に
私は目を覚まし 時計を見ると もう午後の三時を回っています
そろそろ放課後かと お布団に包まり思っていると
おトイレに行きたくなったので 熱も下がって 多少ましになった身体で
立ち上がり おトイレに向かいます
トイレを済ませ 寝汗で汚れた身体を清めようと思いお風呂場に向かうと
浅底の風呂桶にお湯を貯めながら 私はある事に思い至って
ほんの少し動揺してしまいます
「田口くんなら お見舞いに来てくれるかも・・」
あれだけ優しい心配りが出来ている彼です
友人や その・・彼女が 体調を崩して具合が悪いと知ったら
きっと心配して 絶対に顔を出すくらいの事はしてくれると思うのです
そう気が付くと 自分の今の姿は ずっと眠っていた事もあり
髪はボサボサですし 寝汗でパジャマも少し濡れているので
少々見目よろしくないように感じると 恥ずかしくなり
彼が来る前に きちんと整えなければと思います
お湯をためた風呂桶と 身体を拭くタオルをもって部屋に戻り
まずは鏡の前で 髪を櫛でとかし きちんと整えると
衣装箪笥から部屋着として使っている 薄手の小袖を何着か取り出します
ちなみに小袖とは 今の和服(着物)の元になった衣類の事で
浴衣のようなもの全般を指すものと 思って頂ければ良いかと思います
私は床に並べた小袖を順に眺めながら どの色合いの物を着ていたら
彼が喜んでくれるか悩みます。彼が喜んで褒めてくれれば私も嬉しいですし
そうして私は ウンウンと悩んで考えながら ベランダから見える
少しお天気がぐずついてる 外の薄暗い景色をぼんやりと眺めながら
そういえば今日は 昨日までの真夏日と打って変わって
台風の影響なのか 少しだけ肌寒さを感じるなと思いました
たしか予報で今日は夕方から雨が降ると 伝えていた事を思い出し
それなら少し暖かい感じのする 薄橙色の古典柄が入った小袖を下に
上掛けには 伊勢木綿の濃緑色の柄無し長羽織を掛ければ
小柄なため子供っぽい私でも 少しは大人らしく見えるかなと思います
これで彼がもしも来てくれなかったら それはとても残念なのですが
それでもこうやって好きな男の人に 喜んで貰えそうな衣装を一生懸命に
選んでいるという行為は とても「女の子」をしている気持ちになり
私の心は浮き足立ってきます。鼻歌なんかも一つ二つ 歌ってしまうのです
そして私は まずは身体を清めようとパジャマの上着を脱ぐと
タオルをお湯に浸し それを使って身体を 丁寧に清めていきます
少しして身体を清め終わり 乾いたタオルで水気を取ってから
小袖の下に薄手の湯着を 下着替わりに身につけていると
来客を知らせるチャイムの音が聞こえたのでした