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無職くんと薬剤師さん  作者: 町歩き
するまでが とても長すぎる決意
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鳴る神の・・

とても静かで少し薄暗い室内で、志保子さんと抱き合いながら

遠くから聞こえてくる雷の鳴る音で、近づいてくる雨の気配を感じつつ 

僕は昨日、水族館で彼女にその本の話を聞いて、自分も読みたくなり 

母親に借りて布団の中で読んだ、その中の一節を思い出そうとしていた。


「あ・・あの・・」と、胸元で聞こえた志保子さんの小さな声に

思いのほか自分の思案に深く浸っていた事に気が付き 

僕は慌てて志保子さんから離れようとする。


すると志保子さんは離れようとした僕の背中に回している手を

ほんの少し強めて離れるのをとどめると

「そうなんだけど・・そうじゃなくて・・アイスが・・」と

先程よりもさらに小さい声で呟く。


志保子さんを抱きとめるのに、手放した手土産が入った袋の中身が

床に転がっている事に気が付き、僕は緊張で上手く出せない声で

「えっと・・ちょっとアイスとか拾うから離れるね・・」と

名残惜しい気持ちに後ろ髪ひかれる思いで、志保子さんから離れると 

床に落ちているそれらを手早く拾い上げて袋に戻す。


それを今度はゆっくりと志保子さんに手渡して、その時に軽く触れた手に

つい今しがた抱き合っていた事を思い出し、合った視線をつい逸らしてしまう。


「あ・・ありがとう 冷蔵庫にしまうね」と

志保子さんの言葉に、僕は気恥ずかしさで上手く言葉が返せず頷くと

丁寧な手つきで、それらをしまっている志保子さんに

「その・・雨が降ってきそうだから そろそろ帰るね」と口篭りつつ

「お大事にしてね」と付け足し伝えて帰ろうとする。


そんな僕の手首を志保子さんは軽く掴み、とても小さな声で

「やだ・・」と 囁きながら俯くので 

僕は更にどうしたら良いのか分からなくなってしまう。


気持ち的には、雨が降って打たれようが、雷が落ちてそれに打たれようが

彼女と少しでも一緒に居れるなら僕は構わないのだけど

彼女は宮田くんとは違うのである。体調が悪いなら

僕に構わずゆっくりと休んでいて欲しいと思う。 


まあ宮田くんでも悪いのだけど。


僕がそんな事を考えていると、志保子さんが僕の手を握る力を少し強くして

「その・・昨日した本の話覚えている?」と、尋ねてくる。


その言葉に、多分彼女も僕と同じことを考えていたのかと思うと嬉しくなり 

「鳴る神の少し響みて・・だっけ・・」と尋ねると

「さし曇り・・雨も降らぬか・・君を留めむ・・」と 

その言葉の続きを、静かな声音で伝えてくれる。


そして「そんな気持ちです・・」と言ってくれたので

とても素敵な言葉だったので覚えていた、その返し歌を思い出しながら

「鳴る神の・・少し響みて・・降らずとも、我は留まらん・・妹し留めば」と

気恥ずかしさで少しつっかえたりはしたが、きちんと伝える事が出来た。


「だから・・」と僕の手をひくその手と。彼女の言葉に。

「じゃあ・・少しだけ・・お邪魔します」と、僕は言葉を返すのだった。




作中の和歌は万葉集に収められているものです


鳴る神の少し響みてさし曇り雨も降らぬか君を留めむ

現代風ですと

雷の音がかすかに響いて空も曇って 雨も降ってこないかしら

そうすれば あなたのお帰りを引き止められるのに


和歌には返し歌というお返事を歌にして返すものあるので


鳴る神の少し響みて降らずとも我は留まらん妹し留めば

現代風ですと

雷の音がかすかに響いて雨が降らなくても 私は留まりますよ

あなたが引き留めるならば


万葉集は素敵な歌が多いので興味がありましたら是非

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