神はいない
「あなたは神を信じますか?」
もし今そんな事を言われたら 僕はぶん殴って倒れたそいつにこう言うだろう
「そんな気の利いたやつがいるなら こんな事になってねーよ!」
僕と志保子さんは大水槽を眺めながら座っていられる
二人掛けのカウチソファーに 仲良く並んで腰を降ろして
先程の高校生カップルに買ってもらった 飲み物とお菓子を有り難く頂きつつ
何時ものようにお互いが読んだ漫画や小説の話に花を咲かせていた
そして最近になって僕も読み始めた洋書の翻訳本の話になり
彼女も良く読んでいるというオー・ヘンリーの話題になった
彼女は「賢者の贈り物」が一番大好きだと教えてくれ 僕の好きなお話は
何かと聞かれたので「賢者の贈り物」は 僕も大好きだけど「二十年後・・」も
とても良かったと答える
有名な作家の方なので ご存知の方は多いとは思うが
「賢者の贈り物」は ある貧乏な夫婦がクリスマスに相手に贈るプレゼントを
買うためにお互いが大事にしている物を・・というお話であり
「二十年後・・」は 二十年後に再会の約束をした二人の男友達の話なのだが
こちらは片方の男性が友人に会ったのに 会わなかった事にして・・という
とても短い話なのに 胸の奥がグッとくるような良いお話なのである
二人してお互いそれを読んだ感想を うまく相手に伝えたいのに
語彙が少なすぎてうまく言葉に出来ずに「こう・・ねっ!」みたいな
会話をしつつも とても楽しい時間を過ごせていた。
話題が日本作家の星新一に移り彼の数多くの俊逸な短編集の話題に
また二人で盛り上がり掛けたその時である
「あれ 文じゃん」と 幸福の終わりを告げる悪魔の声
恐る恐る振り向くと
そこには沙智や友美など五年四組のトロール達の姿が・・
もちろん僕は見なかった事にしようとしたが やつらはそんなに甘くなく
僕達二人にわらわらと無遠慮に近づいてくると
明らかに「良いオモチャを見つけた」な目をして
口々にあれこれと質問してくるのである。
僕の隣で焦ってどもってつっかえながら奴らから繰り出される質問に答え
顔を真っ赤にしながら困惑している志保子さんを助けるために 僕が
「二人で遊びに来ているんだから邪魔すんなよ!」と追い散らそうとするが
そんな事で引き下がる謙虚な奴らではないのである
そして僕の背中にその小柄な体を押し付けながら隠れようとする彼女を
何とか守るために奴らに立ち向かうが 一言文句を言うと四倍になって
返ってくるので さすがの僕も「ぐぬぬ」状態である
そんな困った顔の僕を見て沙智が悪魔の笑顔を浮かべながら
「せっかくだから一緒に回ろうよ!」などとほざいてきた
「ポケモンやドラクエのようにモンスター連れ歩く趣味はねーよ!」と
僕は思わず叫びたくなったが志保子さんの表情を見て少し考える
転校初日に比べれば二日目の昨日は大分ましに なっていた様子だったが
それでも人付き合いが余り得意ではなさそうな彼女である
この面子なら僕がうまく間に入れば それなりに打ち解けられるとも思う
それに口喧嘩も良くするが沙智も友美も根は良い子達ではあるので
これを切っ掛けに仲良くなれるならなって欲しいとも思う
学校行事ではどうしても男女別な事もあり 何時も傍に居られないから
そういう時には やはり同性の友達が・・などと考えてしまう
大きなお世話かもしれないが どんな時でも僕だけは彼女の傍に
居るつもりなので それで我慢してもらえれば と考えて
「その方がいいんじゃ・・」と悪魔の囁きが心をよぎる
頭を振って気を取り直し
「もし良かったら仲良くなる切っ掛けになると思うけど・・」と
僕が志保子さんに耳打ちすると 彼女も笑顔で頷いてくれたので
沙智の提案に乗った形で六人で水族館を周る事が決定したのである
まあこれでもし男子がいたら 断固拒否ったのだが・・
そうして構図的には良くあるアニメのハーレム状態ながら
内面はまったく違う 悲しみに満ちたハーレム状態で
僕たちは連れ立って次のエリアに足を進めるのだった