彼のお母さんの心遣い
今年一番の真夏日になると昨日の天気予報で聞いていたので
覚悟はしていましたが 雲一つない夏の青空に浮かぶ太陽の日差しは
普段から室内に篭もりがちな私には少々きつく
足元がフラつきそうになってしまいます。
そんな私を田口くんは優しく手をひいてくれて
その歩調も私に合わせてゆっくりとしたものにしてくれながら
二人で水族館の駐輪所から入口へと向かうのでした
水族館の自動ドアをくぐると 館内はクーラで程良く冷やされており
涼しくて入った瞬間お互いに「あ~涼しい・・」と言ってしまい
また互いに顔を見合わせて笑い合う事ができ嬉しくなります
チケット売り場に田口くんが走って買いに行ってくれた
チケットの代金を私が払おうとすると彼に
「今日は全部僕が出すから気にしないで」と言われ
「いや・・悪いよ 自分の分は自分でだすよ」と訴えると
「えっと・・実はね・・」と 夕べあったという
田口くんと彼のお母さんとのやり取りを語ってくれたのでした
それはこんな感じだったらしいのです
「お母さん明日さ遊びに行くんだけど 少しお金貰っていい?」と
彼が晩ご飯の準備をしているお母さんに言うと お母さんは料理をしながら
「宮田くんたちと どっかいくの?」と聞いてきたらしく それに答えて彼は
「いや・・その女の子とちょっと・・」と答えたらしいのです
するとお母さんはびっくりした表情で振り返ると 真剣な表情と口調で
「文あんたまさか・・脅したの?」と言ってきたそうです
あんまりといえばあんまりなその返しに
田口くんが愕然として口篭っていると お母さんは料理をする手を止めて
「冗談よ」と笑いながらテーブルの椅子に腰を降ろすと
彼にも座るように促し事の顛末を聞いてきたそうです
そうして彼が語り終えるとお母さんは少し考える表情をした後
お財布を取り出して五千円札を彼に手渡すと
「明日はこれで彼女さんに美味しい物を食べさせてあげなさい」と
笑顔で言ってきたそうなのです
思っていた以上の金額を手渡された彼は 少したじろいて
「いや・・こんなには」と言うと お母さんは
「初めてのデートなら少しは格好つけてきなさい」と彼を諭すように言うと
「それにもし何かあった時に使えるお金があれば恥をかかなくて済むから」と
真面目な表情でそう彼に言ったそうなのです
彼はその言葉を不思議に思い どういう意味か尋ねると
「もしもだけど彼女さんがお財布落とした時とか 体調を崩して
何か飲み物をっていう時に お金がギリギリしかなかったら困るでしょ?」
と語ると さらに続けて「足りるから平気」ではなく
「何かあった時の為に余裕があるように」という気持ちで
お金は使うようにしなさいと言われたそうなのです
そうして付け足すように「おごらない」と「おごれない」は違うんだから
彼女さんに良い思いさせてきなさいと そういって渡されたお金なのだそうです
「なので使わせてください」と 彼に笑顔で言われた私は
彼のお母さんの心遣いに大変嬉しくなりました
しかし・・ここまでなら良いお話で終わるのですが・・
それに味をしめた彼は一緒にお風呂に入っていたお父さんにも
「お父さん 僕さ明日ね・・・」とお父さんにも言うと
お父さんからも五千円を貰ったそうなのです
(後日バレて 没収されたらしいです)
そんな気遣いをされて遠慮するのも逆に失礼なので ここは有り難く
「では・・有り難くご馳走になります・・」と私は答えたのでした。
私の言葉に彼は笑顔で頷いてくれて 最後にこんな事を伝えてきたのでした
「そういえばお母さんが 志保子さん見たいから今度連れておいでって!」