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無職くんと薬剤師さん  作者: 町歩き
するまでが とても長すぎる決意
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その手の中に

「寝不足です。」


今日はお付き合いを始めた田口くんと初めてのデートで

水族館に行く日なのに 何ということでしょう


原因は判っています 


昨日の放課後に田口くんとスカイバーを食べながら行き先を決めてる時も 

家に帰ってきてからは今日着ていく服や鞄を選んでる時も

お風呂に入り お布団に入ってからも今日が楽しみすぎて

全然寝付けなかったからなのです。


お日様が昇って来たあたりで やっと眠りに就いたのですが

母にすぐに起こされ 私は田口くんが迎えにくる時間を気にしながら 

寝癖がついた髪をどうにか纏めようと悪戦苦闘し

なんとか支度を整えると来客を告げるチャイムが鳴りました


玄関先で母に緊張気味な表情と声で 挨拶をしている田口くんに

「おまたせです」と私は弾んだ声を掛けるのです


田口くんに色々と話し掛けようとする母をなんとか宥めすかし

家を出て田口くんに手をひいてもらって アパートの門先までくると 

二人揃って思わず吐息を漏らしてしまいました。


母の事を謝る私を笑って許してくれながら 私のお出かけ姿を見て

彼にとても可愛らしいと笑顔で褒めてもらえた時には 

嬉しさの余り眠気など吹き飛んだくらいです


彼も今日はクルタと呼ばれる薄水色の縦シマの上着に 

それに合わせた膝下ズボン姿で そのとても涼やかな装いに

私はつい見惚れてしまい思わずニヤニヤとしてしまいました


そして昨日の帰り道もそうだったのですが 学校からは私のお家の方が

距離があるので 彼は自転車をわざわざ自宅まで走って持って来てくれると

私を荷台に乗せて家まで運んでくれたのです。


そうして今日も歩いて二十分くらいの距離にある水族館に行くのに

徒歩では大変だろうと自転車で来てくれたのでした


私は彼にお礼を伝えながら 荷台に腰を降ろし掛けて気が付いたのですが

昨日腰を掛けた荷台は棒が組み合わされた物だったので

お尻に少し食い込んで跡が残っていたのですが

今日の荷台は平らな板状の物に代わっていたのです


私は不思議に思い彼に尋ねて見ると あのままだとお尻が痛いだろうと

昨日わざわざ別れた後に自転車屋さんで交換してもらったというのです


その細やかな気遣いに さらに私は嬉しくなり顔を赤くしながらお礼を伝え

前に座る田口くんのお腹にぎゅっと手を回したのでした


そうして田口くんの漕ぐペダルに合わせて進む自転車は

景色をどんどん後ろへと飛ばしながら進み 行き先である水族館で

あれも見たいこれも見たいと二人で楽しくお喋りをしていたのですが・・・



いま私は田口くんが木陰に止めてくれた自転車の荷台に座り

少し離れた所で以前同じクラスだったらしい女の子と

楽しげに話す彼を眺めているのです


その女の子はとても健康的で肌も彼のように日に焼け

すらっとした手足もち凄く可愛らしい女の子です


さっきまであんなに楽しかった気持ちが今は惨めな気持ちで一杯です

私にもあんな風な健康的でよく動く足があれば いまあの子がしているように

彼の会話に楽しげなリアクションで答える事も出来るのに・・


彼女に比べたらまっすぐに立つ事も出来ない私は

不格好な案山子のようなものなのですから


そんな気持ちで悶々としていると 彼は女の子と別れの挨拶を交わすと 

「おまたせ ごめんね」と こちらに戻ってきてくれたのですが

少し仲良くし過ぎと思い拗ねていた私は わざとむくれた表情で 

彼にジト目で見つめながら彼を責める言葉を言ってしまったのです


彼の困った表情を見て 自分の言ってしまった事にすぐ後悔したのですが

涙で潤んだ目を隠すために思わず顔を背けてしまい 

水族館に着くまで口を聞くことも出来なかったのです


口を開いたら田口くんに「他の女の子と仲良くしちゃ嫌だ」と

泣いて我儘を言ってしまいそうなのです


そして水族館に着き 私が降りるのを手伝ってくれていた田口くんが

「さっきは ごめんね」と 彼は何も悪くないのに謝ってくれたのですが

何故かちょっと嬉しそうな彼の表情にムッとしてしまい

まだ拗ねていた私はむくれた顔で彼を責めてしまいます


今朝から色々と感情の揺れ幅が大きすぎて私は一杯一杯なのです


でもやっぱり仲直りがしたくて 私が言葉を探していると

彼はそんな私を見つめながら「焼きもち・・焼いてくれたの?」と 

顔を傾げ困ったような声音で尋ねてきたのです


彼の言葉が余りにも図星だったため 思わず頬が真っ赤に染まるのを感じながら

モゴモゴと口篭っていると彼と目が合ったので

小さい声で何とか「焼きもち焼きで ごめんなさい・・」と伝えます


私の伝えた言葉に彼は優しく私の手を掴んでくれて

「ありがとう 嬉しいです」と声を弾ませてお礼を言ってくれました


そうして私は自分の子供っぽいところや 

それまで自分ですら気がつかなかった焼きもち焼きなところが

とても恥ずかしくなり自分を優しく掴んでいてくれる


その手の中に隠れてしまいたくなったのでした。






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