歩行による進化の考察
「そろそろ暗くなったから帰ろうか」
そう言って手を差し出してくれた 彼の笑顔を志保子が思い浮かべていると
外から何かが擦れる音や覚束ない感じの足音が 微かに聞こえ我に返る。
そろそろあの化物が「巣」に戻る時間だ
事務机の明かりを消し 机の上に音を立てない様に登ると
ダンボールで目張りをした天窓に顔を寄せ ガムテープをゆっくり外し
ダンボールに小さく空けた覗き穴から 恐る恐ると外を伺う
すでに元人間と呼んで良いのか分からないくらい 蜘蛛のような歪な姿で
四つん這いで歩く化物の中に 人間のように二足歩行で歩く姿が見えた
彼が当時そう表現した「宿」もしくは「衣服」の扱いに 慣れてきている姿に
身体が震えるのを感じ その醜悪な歩く姿を見ながら 私は中学二年の冬の頃
彼と二人で動物園に遊びに行った時 彼が聞かせてくれた話を思い出す。
それは人間とペンギン以外の生物は ほぼ四足歩行であり 恐竜の中には
二足歩行のものもいたが 恐竜が絶滅してからは「ほぼいない」という話だった
そして二足歩行に見えるダチョウなども 単に飛行に使う翼が退化した為
そのように歩行するだけであり 人間がする直立した二足歩行とは
元々の成り立ちが全く違う事を話していた
多分だけど・・と彼は前置きして「道具を扱うのに適した」身体に
人間は進化したのかもと 話をしていたのを思い出す
私が言葉の意味を尋ねると 彼は「前脚が・・」と語りだす
「まあ腕が歩行で使わなくなったおかげで 肩に担ぐとか両手に持つ感じで
重い物の持ち運びが出来るようになったり あとは投擲という野球選手のように
「物を投げる」他の動物にはない能力を使えるようになったのね」
そして彼が物を投げる仕草をすると ちょうど見ていたゴリラが
餌を飛ばしたと思ったのか キョロキョロしだし 二人で少し笑ってしまう
そこでひと呼吸おくと 彼は缶コーヒーで喉を潤しながら更に続ける
「似た感じの事は 猿やゴリラのような類人猿も出来るけど それで姿形も
近いから人間は猿から進化したか 人間と猿の先祖は同種かある程度近い生物で
そこから枝分かれしてきたのかなって話があるんだ」
それは私も授業で習った覚えがあったので
「進化論だっけ 学校で少し習ったよね?」というと 彼は頷き
それから道具を使う事が出来る事で どういうメリットがあるかについて
あの穏やかな声音と口調で話してくれた 記憶に残っている彼の言葉を
私は箇条書きで書き写していく事にした
「まず「尖った物は刺さりやすい」という「形からの結果の予想」が出来て
この辺なら他の動物もある程度は理解してるだろうけど 例えばロープで
「輪を作って」そこに足を引っ掛けさせるとかは 人間位しか出来ないんだ」
「より刺さりやすくするための工夫として 例えば硬い物で作ったり
鋭利な形を変えたりで より効果的に「結果」を作り変えるんだ」
「こういうのはカラスも 高い所から物を落として割るみたいな行動はするけど
それは「尖った物」そのものはそのままで 周りの「状況」ていうのかな
低い位置の物を高い位置に運んでという それを変えてるだけなんだ」
「他にも 尖った物と長いものを「組み合わせて」長くて尖った物を作ったり
弓と矢のように「合わせて」使う物を作ったり これに関しては
人間に似ている類人猿とかでさえ しない事だから人間のみの特徴らしい」
「これのおかげで キリンやアリクイが 高い位置にある葉っぱを食べる為や
小さい蟻塚の穴の中の蟻を食べる為に 首を長くしたり舌を細く長くしたような
進化をしなくても より道具を作ったり使ったりしやすいように人間は
指を器用に扱えるように進化したんだ」
「そういう風に進化したとは言ったけど たまたま首の長いキリンが 旱魃の時
高いとこに生えている葉っぱを食べれて生き残ったから それが子孫を残せて
それで今の長さになったのかもって 考えもあるんだけど」
「何より怖いのは道具を使える動物は 似たような形状の物を見ただけで
瞬時にそれがどういったものか ある程度の予測が立てられる事だと思う」
「もちろん以前に 銃で発砲された経験がある 熊とか野生動物でも
銃の形をした物を見れば 警戒はするだろうけど 何で銃が音を出すと
自分の体が痛くなるか 痛いものを飛ばすモノだとは理解できても
どうやって飛ばしているかは 多分理解は出来ていない思う」
「そうやって加速度的に脳を進化させて 進化して大きく重くなった脳を
入れておく頭を 人間は支えやすい体型だから 更に進化させやすくて
そのおかげで今「他の動物」を こうやって囲っておける「柵」なんかも
作るんだから大したものではあると思う」
そこまでノートに書き取りながら 身振り手振りを交えながら
一生懸命に話をしてくれる彼を見て 嬉しく感じていた事を思い出し口元が綻ぶ
そして確か 話を聞きながら気になった点を 尋ねた事を思い出す
「四足歩行の動物や道具を使わない動物には 脳の進化はないの?」
私の言葉に彼はこう答えたと思う
「もちろん進化はあるけれど 四足歩行だと前傾という頭部を下げて歩くから
頭が重すぎると 移動する事が 二足歩行が同じ状態より難しくなるんだ」
「あと「道具を作らない 使えない」動物だと 脳に対する負荷が低くて
「道具を作って使う」動物より「脳の進化がしにくい」とは思う」
そして「猿の惑星」でもそんな感じだったし と前の日の夕方に
彼の家で 炬燵に二人で包まりながら 一緒に見たDVDの話に話題が移り
じゅあ人間のように進化した動物が現れたら「あんな感じになるの?」と
尋ねると「いつ立場が逆転しても おかしい事ではないかもね」と答えた
彼の困ったような表情を思い出し
私は自分の視線の先で動く化物たちを凝視するのだった