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無職くんと薬剤師さん  作者: 町歩き
するまでが とても長すぎる決意
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名前が付いた気持ち

「こうして田口くんと志保子はお付き合いをする事となり

二人の楽しい学校生活が始まったのです」


私が普段よく読んでいる漫画やアニメなどでは ここでエンディングになり

次回予告!などになるのですが 現実ではそうもいかないのです


彼に借り物の言葉では無く 自分の言葉できちんと思いを伝えて

彼はいつまでも続く事を前提に 私はいつかは終わってしまう事を前提に

そんな風に暗く考えていた気持ちを改めて 私も前向きに頑張ろうと思うのです


「私はいつまでも続くように努力する事」


もちろん今までにあった辛かった事や悲しかった事は 

消したり無かった事にする事は出来ませんが それを含めて

彼と一緒に仲良く歩いていく努力は 私にだって出来ると思うです


そう考えて心に決めた想いを 彼に伝えてから

すでに五分くらいは 時間が立っているのですが・・


「いつまでこの状態でいればいんだろう・・」


彼に頬を触れて貰っているのは 嫌などころか嬉しいのですが

さすがに五分近く同じ姿勢だと背中が痛くなってきます。


もしかして私が手を添えているから それでかなと思い

名残惜しかったのですが 添えてた手を外してから考えても

すでに三分くらいは時間が立っているのです・・


彼の表情を伺うと 何か考え事をしているのか 少し難しい顔をしており

「もうそろそろ・・」と声を掛けるのも少し憚ります


「どうしよう・・」と考え

そこで私は ふと思い至った自分の考えに顔を赤らめて

慌ててしまいそうになってしまうのでした


「もしかして・・キスとかをするのかな・・」


傍から見ればこの状況は どう見てもそういう感じではあります

それにそれまでに交わした会話の流れ的にも そうなっても可笑しくない

むしろならない方が可笑しいくらいの感じではあったのですが・・


そう思うと気恥ずかしさと緊張で 口の中が乾いていくのがわかり

気が焦り視点も覚束無くなっていくのを感じ 

胸の鼓動もどんどん早くなっていくのがわかるのです。


彼と唇を合わせるのが嫌か?と考えれば 嫌などころか とても嬉しいのですが

まだ会ったばかりだしと思い 心の準備が・・などの思いが頭を駆け巡ります


軽い子だと思われたら嫌だな・・とも思いますが

田口くんの周りにいる女の子たちとの その仲の良さを見ていると

彼との「いままで」が無い私は 言葉より もう少し先の何かが

やはり欲しくなります。だって私は彼を「あやくん」と呼ぶことさえ 

未だ出来ていないのですから


それに・・年頃というには まだ幼い私ですが

好きな男の子とのキスは憧れでもあるのです


そう思い緊張し身体が震えそうになりながらも目を閉じて

彼の唇を受け入れる準備をしようとした その時です


「文・・お前こんなとこで何してるんだ?」と 声が掛かったのです


声のした方に視線を向けると そこには担任の飯島先生が

訝しげに私たちを見ているではありませんか・・


困った表情で口を濁している田口くんを飯島先生から助けなくては と思う反面

年齢の割に落ち着いた雰囲気を持つ彼が あたふたと困っている姿が

可愛らしくもあり 私は両頬に手を当てながら つい悪戯心で


「田口くんに プロポーズされていました」と言ってしまったのです。


もちろんそれで田口くんが怒られるような事になったら 

私が彼の言葉をおねだりした事にして 謝るつもりだったのですが

二人とも すごく驚いた表情で口をパクパクしているだけで

その表情を見た私は 悪戯が成功した子供のように

ついニヤニヤと悪い子の笑顔になってしまうのでした


そんな微妙に気まずい空気の中 飯島先生は一つ咳払いをすると

早く帰りなさいと私達に告げて そのまま階段を登っていってしまいました


そして足音が聞こえなくなったのを確認した彼が振り返り

「ちょっと・・志保子さん?」と困った表情と口調で言うので 

私は表情を引き締めると「知られたら困るの?」と顔を傾げて 

じっと彼を見つめながら聞き返します。


「困る・・」と 優しい彼は言わない事に甘えて

さっきの彼の表情が可愛すぎて もう一回見たくなったのです 

更に困った表情になった 可愛らしい彼を見つめて嬉しくなり

でも心の中では ずっと気になっていた事を尋ねてみます


私は自分の右足に抱えた身障の事を伝え 彼の表情を怖々と伺います


感覚もなく動きもしない この自分の右足の話は いつも私を落ち込ませます

それを伝えた言葉もやはり沈みがちになってしまい つい俯いてしまうのです


そんな心が落ちている私に 彼はとても真面目な表情と優しい口調で

私の不自由さを気にかける言葉を掛けてくれ その身障も含めて

自分の気持ちは変わらないと伝えてくれたのです


人の輪に上手く入れず 寄る辺のない寂しさばかり感じていた 

そんな自分が嫌いだった私を そのままでも良いと受け入れてくれる 

その温かい言葉に 嬉しさで泣いてしまいそうな私は声も出せず 

彼の袖口を摘んで頷くことしか出来ないのです。


そして俯く私の頭を 彼は丁寧な手つきで撫でてくれると

何故か高久くんという 窓際の席の男の子の事を話をしだしたのですが

初めてのノートの端っこで会話した時に この胸の奥に芽生えた

「名前のない気持ち」に 彼が名前を付けてくれた事の嬉しさで

気持ちが浮ついていた私は その言葉の意味が上手く理解できず 

きちんとしたお返事が出来ませんでした


日も沈みかけて大分薄暗くなった空とは逆に 明るくなった私の心は

とても穏やかで温かい気持ちで一杯です


そうしてそんな気持ちにしてくれる 彼が差し出してくれた

その温かい手を握りしめながら 彼の言葉に私は笑顔で頷いたのでした。






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