僕の中の不安
「そうして文と志保子は結ばれ 末永く幸せに暮らしましたとさ」
これが漫画やアニメだと ここでエンディングテーマ(特殊)が流れ
その後の二人の仲睦まじいシーンのコマや それまでの回想シーンを挟みつつ
スタッフロールが終わりエンドマークが出て その甘い余韻に浸っていると
来週から同じ時間帯に始まる 次のクールのアニメCMが入り 場合によっては
余韻が台無しになるのだが 現実でも似たようなものらしい
「ずっと愛してる・・・」系の恋愛アニメ最終回の後に
ホラー系アニメのCMは辞めて頂けませんかね・・Anotherお前のことだ!
僕はそんな事を考えながら 放課後の非常階段で
志保子さんの柔らかい頬に触れる事を 後一分 いやせめて三十秒はと
朝の寝起きで母親に 早く起きろと叩き起される時と同じように粘っていた
途中 添えていてくれた志保子さんの手のひらが 外されてしまったが
彼女は女性であり小柄な事も踏まえて 体力的に手をあげている状態は
きつかったのだろうと判断し そこは僕は男であり体力もあるから
彼女の分まで僕が頑張り その減ってしまった温もり分は
きちんと撮り逃しがないように味わおうと 粘りまくっていたのだった
しかし幸福というのは長くは続かないものである
「文・・お前こんなとこで何してるんだ?」と ダミ声が掛かったのである
この声は・・と振り向くと 担任の飯島先生が訝しげにこちらを見ている
僕は慌てて志保子さんの頬に 触れていた手を引っ込めると
「お前こそ こんな時に何してくれてるんだよ!」と 言い返したくなったが
目上で しかも普段から迷惑かけまくってるので それも気が引ける。
何と言ったら良いのかわからず 口を濁して誤魔化していると
それまで僕の背後で ちょこんと座っておすまし顔していた志保子さんが
その白い両頬に手を当てながら とんでもない事を口にした
「田口くんに プロポーズされていました」
そのあまりのセリフに 僕も飯島先生も志保子さんの方に驚いて振り返り
彼女を凝視すると 志保子さんは「えへへっ」な顔をしながら
にこやかに微笑んでおり その可愛らしい表情と仕草を見て
飯島先生も当事者である僕も 何も言えなくなってしまう
微妙に気まずい空気の中 飯島先生が一つ咳払いをすると
「まぁ・・あれだ 早く帰りなさい・・」と 困った様子で呟くと
僕達二人はそのままに階段を登っていってしまったのだった。
耳を澄ましても足音が聞こえなくなったので 僕は志保子さんの方に振り返り
「ちょっと・・志保子さん?」と言うと 彼女は緩んだ口元を引き締めて
「知られたら困るの?」と 静かな口調で顔を傾げ
じっと僕を見つめながら聞き返してくるのだ。
こんな風に言われて反論できる人がいるのだろうか・・
「ていうか この人 こんなキャラなの!?」と
知らなかった彼女の新しい一面に 僕が胸をときめかせていると
彼女は少し俯いて 下げた頭と同じように声音もほんの少し落としながら
「でも良いの?私の足 こんな風だけど・・」と聞いてきたのだった
伝えられた言葉に 出来るだけきちんと答えようと考えて
僕は緩んでいた口元を引き締めて表情を整えると なるべく誠実そうな口音で
「志保子さん自身が不自由で大変だと思うけど
それで僕の志保子さんへの気持ちは変わらないよ」と伝える
僕の言葉に顔をあげて 嬉しそうに微笑んでくれた彼女を見て
僕も むしろ自分で本当に良いのか尋ねてみたくなり
「それよりも僕で良いの?」と 小声で聞いてみる
すると彼女は身体をこちらに寄せ その細い指先で僕の袖口を軽く摘みながら
その白い耳朶を薄く染めつつ 小さく頷いてくれたのである
僕はその余りに可愛らしい彼女の仕草に 文字通り悩殺されながら
もう一つ気になっていた事を 緊張で声を震わせつつ聞いてみる事にした
「でも僕 高久くんみたいに格好良くないけど・・良いの?」
それを聞いた彼女は 目を瞠り きょとんとした表情で僕をマジマジと見て
「高久くん・・・」と 誰だっけみたいな感じで考える仕草をしながら
「あぁ・・窓際の・・」と呟くと 僕に「なんで?」な表情も向けて
「うん 良いけど・・」と不思議そうに答える
それを聞いた僕は思わず声を荒らげて
「高久くんの良さに気が付かないなんて 男を見る目ないんじゃないの!」と
叫び出しそうになるが 少し考えて それは愚策であると判断する
下手に見る目を付けられて 捨てられても困る事に気が付いたのだ
自分で良いと言ってくれた 正気とは思えない彼女にお礼を伝えて
空を見上げれば もう日も暮れようとしている
こんな可愛い子が暗い中を歩いていたら 不審者に襲われて大変な事になる
そう判断した野良の不審者よりも 彼女にとっては危険人物な僕は
「そろそろ暗くなったから帰ろうか」と彼女に手を差し出すのだった