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無職くんと薬剤師さん  作者: 町歩き
するまでが とても長すぎる決意
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後ろめたさを隠して

転校初日 夕日に照らされた放課後の昇降口で

志保子は きちんと「さよなら」を伝える事が出来ずに悔やんでいた

その言葉を伝えたかった クラスメイトの彼の姿を見つける


昇降口で靴を履こうとしている 彼の後ろ姿を見つけて 思わず口に出た

私の言葉に振り返った彼は 私の姿を見てびっくりした表情になり

「ちっ違うんです!」と 凄く慌てた様子で答えました


その表情と答えに声をかけた私も 一体どう反応して良いか困ってしまい

「違うっていうのは違くって・・」と口篭っている彼の姿を 

少し口を開けて 見ている事しか出来ません


「今帰り?志村さん」と 少しして表情と声を落ち着かせた彼の言葉に 

私は我に返り一つ頷きますが 次の言葉が上手く出てこないのです


「声を掛けたのは私の方なのに・・」と思い 一生懸命言葉を探すのですが 

手に取った言葉は どんどんすり抜けてしまい 上手く纏まらないのです


彼も黙ってしまった私に困って「えーっと」や「んーっと」など

言葉の継ぎ穂を探してくれているようで その困った表情を見て

その度に 私も何か言わなくてはと思うのですが 思うほどに何も浮かばず 

ただ彼を上目遣いで 見つめる事しか出来ませんでした


するとそんな私に彼は優しい口調で 

場所を変えてお話しようと提案してくれるのです


呆れられて帰られても仕方ないのに そう伝えて貰えた事が嬉しくなり 

大げさに頷いてしまう私を 彼は少し照れくさそうに微笑みながら

「じゃあ 付いて来て」と温かい言葉で促してくれました


校舎の横の方へ 彼は私に合わせてくれた ゆっくりとした歩調で歩きながら

階段の昇り降りは大丈夫かと尋ねてくれます 


ゆっくりなら・・と 引け目を感じ 小声で伝えると 

ゆっくりとするよと 申し訳ない感じで言葉を返してくれました

その気遣いがとても嬉しく思います


そして途中の自動販売機で 彼に午後茶を奢って頂き 

男の子に生まれて初めて奢って貰えた私は 固い感じで何とかお礼を伝えると

私の不器用な言葉にも 彼は暖かい言葉で答えてくれたのでした


そんなやり取りを交わしながら 到着した非常階段の踊り場で

ハンカチを敷いてお尻が汚れないようにしてから 二人で腰を降ろします

彼に手渡された午後茶を ありがたく頂き喉を潤すと

私は何を話そうかと考えてみます


聞きたい事は一杯あるのだけれど 

何をどこまで尋ねていいのか分からないのです


そうやって私が言葉を探して迷っていると

私も思っていた事を 彼が言葉にして伝えてくれました


私は嬉しくなり授業中では無いので そうしなくても平気なのは

分かっていたのですが 彼のTシャツの袖口に指先を掛けて引きながら

「なんかドタバタしていたもんね 帰りぎわ」と伝え 

少し照れた気持ちを誤魔化すように 右の手で軽く髪留めにふれながら

「挨拶・・私もちゃんと出来てなかったから良かった」と伝えます


そう答えた私の言葉に 彼は明るい表情に優しい言葉で答えてくれたので

私からも何か 彼に喜んで貰えるような事を 言わなくてはと思ったのですが

ずっと胸の奥にあったモヤモヤとした気持ちがあふれてしまい

「それに・・六時間目は全然 話しかけてくれなかったし・・・」と

ワザと口を尖らせて 少し拗ねた口調で呟いてしまいました


そんな私の子供っぽい言葉に 彼は驚いた表情と慌てた口調で

「ちょっと考え事していて」と答えたので 何だろうと気になった私は

「考え事?」と聞き「どんな事?」と尋ねてみます


そんな私の言葉に彼は更に慌てて「いや・・ちょっと違くって その」と 

あたふたしているその姿を見て 可愛いなと感じて 可笑しくなり

「下駄箱でもいってた」とジト目をして彼を見てしまいます


その言葉に口篭って困っている彼の横顔を見ていると 可愛らしくて

つい意地悪したくなり その袖口を指先で摘んで軽く引っ張ると 

「その前だって 田口くんからはあんまり話しかけてくれなかったし」と

軽く頬を膨らませながら 甘えた口調で拗ねた事を伝え顔を伏せてみます


そんな風に甘えても彼は許してくれそうなのです 


すると彼はびっくりした表情で「それは志保子さんに・・」と言うので

初めて名前で呼ばれた事が嬉しくなり にやけてしまいそうな口元を

合わせた手のひらで一生懸命に隠しながら「志保子?」と聞いてみると

彼は顔を明後日の方向に向けながら「鬱陶しいがられたら嫌だからだよ」と

耳を赤くして口篭りながら伝えてくれたのです


私は彼の言葉に浮き立つ気持ちを抑えながら こちらに振り向かせたくて

袖口を軽く引くと「そんな事思わないよ」と弾む声で告げてから

もう一度「思わない」と告げました 


その言葉で 私の方に振り向いてくれた彼と目が合い

初めてのノートの端っこでの会話の時のように

お互いに笑い合う事が出来きたのでした


そして午後茶で喉を潤している彼の横顔を見ながら 次は何を話そうかと

考えていると 少し強めの風が吹き 彼の帽子が踊り場に飛んでいってしまい

拾い上げて被り直してる彼の背中を見て 私はきちんとした言葉で彼に

今まで誰一人にも伝える事が出来なかった事を 伝えたくなり呼吸を整えます


そうして彼に「私と友達になってください」と

緊張で掠れ 言葉は震えていましたが何とか伝えると 

自分の言葉に恥ずかしくなり 顔を俯かせてしまいます


沈黙が流れ 答えが返ってこない事に 少し不安になりかけると

「僕は・・・」と少し掠れた声で彼が答えてくれたので

私は顔を上げ 緊張で目が涙で霞むのを感じながら彼を見つめると

彼から「僕は志保子さんと 結婚を前提に付き合いたい」と

全く予想もしていなかった言葉が返ってきました


その言葉に私は動揺して 手に持っていた午後茶の缶を落としそうになるのを 

慌てて掴み直し驚いて彼を見ると 彼は目を瞑って下を向き緊張した面持ちで

自分の返事を待っているのです


「いったい何て答えればいいんだろう・・・」と考えながら 

彼の言葉を聞いた自分の気持ちに向き合ってみます


伝えてもらえた言葉は素直に嬉しいと思います 

今まで望んでも誰からも差し出されなかった手を 

最初に差し出してくれた相手が 彼であったのは本当に嬉しく思うのです


それに多分ですが表現が大げさなだけで ちょっと気が早いようにも感じますが

きっと恋人になろうと伝えてくれてるのだと思います


まあ最終的に結婚という形になるにしても・・と考えて

私は少し暗い気持ちになってしまいます


私が想像する結婚は ほとんど家に帰ってこない父である夫に

不満と不安を募らせて 悲しんでる母の姿が浮かんできてしまう 

そういうイメージでしかないのです


彼を見ていれば 私がテレビや漫画でみるような暖かい家族に囲まれて

愛され大事にされて育った少年というのは すぐに分かります


育った環境が違いすぎる彼と 私は上手くやっていけるのだろうかと

このとき初めて不安になりました


それでもその差し出された手に 顔を背けることはどうしても出来ません


後ろめたい気持ちで もしも上手くいかなくなったらと考えます

きっと最初は愛し合っていたのに 自分のせいで別れてしまった父と母のように

でも何時かそうなるにしても 少なくともその時までは 

その暖かそうな手を掴んでおきたいと思い 


「不束者ですが、よろしくお願いします」と 私は伝えたのでした




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