選択肢のないプロポーズ
僕らは学校の非常階段でハンカチを敷き その上に腰を降ろすと
ここに来る途中で購入した 午後茶のミルクティーで喉を潤す
僕は自分のすぐ隣に 少し緊張した様子で志保子さんが ちょこんな感じで座り
午後茶の缶を湯呑のように 両の手で挟んで飲んでいる可愛らしい姿を眺め
つい緩んでしまう口元に気をつけながら さて何を話そうかと考える
話したい事は一杯あるのだが 何をどこまで聞いて良いのか分からないのだ
なので何気ない感じで 本当はきちんと伝えたかった事を伝える事にした
「良かったよ会えて 帰りの挨拶なんかちゃんと出来てなかったから」と
口に出してから気が付いた これじゃまるで帰りたいみたいじゃないか
失敗したかもと思っていると Tシャツの袖口をその細い指先で引かれ
「なんかドタバタしていたもんね 帰りぎわ」と彼女は囁き
その右の手で軽く髪留めにふれながら 付け足すように
「挨拶・・私もちゃんと出来てなかったから良かった」と
口元を柔らかく綻ばせて伝えてくれた。
その可愛らしい仕草と声音と そして伝えてくれた言葉に
何かもう色々と一杯一杯になってる僕に さらなる追撃が掛かる
「それに・・」と ちょっと怒ったような・・いや拗ねている感じで
「六時間目は全然 話しかけてきてくれなかったし・・・」と
彼女は顔を俯かせ 口元を少しだけ尖らせて小声で呟くので その言葉に
僕は慌てて「いや ちょっと考え事していて」と動揺しながら言うと
彼女は「考え事?」と首を傾げながらこちらを見て
更に「どんな?」と尋ねてくる。
まさか高久君に熱い情熱的な視線を送って観察し
彼との胸が ときめく思い出に耽っていたとも言えない
なのでどうしても上擦ってしまう声を 何とか抑えながら
「いや・ちょっと違くって その」と 僕があたふたして答えると
彼女は口元を綻ばせて微笑み「下駄箱でもいってた」と言うと
その白い柔らかそうな頬を 立てた両足の膝小僧に当てて
横目でジト目をしながら僕をじっと見つめてくるのだ
授業中のノートの端っこでのやり取りでも思ったが 彼女は会話の取っ掛りを
掴むのが苦手みたいなのと 多人数の会話に慣れていないだけで
それらを上手く乗り越える事が出来るなら 充分に「よく話せる子」なのだ
あまりの緊張と気恥ずかしさで 口篭っている僕の袖口を
彼女はまた指先で摘んで軽く引っ張ると「その前だって」と呟き 顔を伏せて
「田口くんからはあんまり話しかけてくれなかったし」などというので
僕はびっくりして「それは志保子さんに」と思わず名前呼びしてしまうと
彼女は顔をあげ 僕の方に顔を向けると「志保子?」と呟いて
奥目がちな目でじっと見つめてくる。
呼び直そうかと悩んだが 最近プレイしたファイヤーエンブレムでも
そうした様に ここはあえて力押しにする 物理最強だしね
「志保子さんに 鬱陶しがられたら嫌だからだよ・・」と
少し声は震えたが何とか言い切って 自分の言葉に赤くなった顔を逸す
ほんの少しの沈黙の後 彼女は袖口がまた軽く引くと
「そんな事思わないよ・・」と呟き 少しだけ間をおいて
また「思わない・・」と伝えてくれる。
嬉しくなり志保子さんの方に顔を向けると 僕を見ていた彼女と目が合い
初めてのノートの端っこでの会話の時のように
きちんとお互いに笑い合う事が出来た。
緊張で乾いた喉を潤そうと午後茶の缶を手に取ると一口飲む
するとそこに少し強めの風が吹き 浅めに被って紐を首に通していなかった
僕の黄色い帽子が 階段の踊り場の端っこに 飛んでいってしまったので
立ち上がり拾って被り直していると 背後から志保子さんが声を掛けてきた
僕は振り向いて彼女の顔を見ると 傍目でも緊張しているのが良く分かるほど
硬くなった表情をしており そして少し上擦った震える声で
「田口くん・・私と・・その・・友達になってください・・」と
掠れてつっかえたりしながら伝えてくれると 彼女は俯いてしまった。
彼女の言葉に願ったり叶ったり僕は「もちろん 僕の方からもよろしくね!」と
明るく答えようとしたのだが 僕は彼女の「友達」という言葉に
ほんの少し前にあった ちょっとだけショックを受けた出来事を思い出す。
あれは小学五年生に上がって二ヶ月程たった五月の頃
四年生まで ずっと同じクラスで仲良しだった中里くんと廊下で出会い
当時のようにお喋りをしていると そこに今の彼と同じクラスの男子がきて
「中ちゃん 今日遠山の家行くけど一緒に行かない?」と
僕を横目で見ながら話かけてきた。
その時の横目で僕を見る男子の目は ただの気のせいかもしれないが
「部外者」を見る目付きだったのだ。
そうしてそれに答えている中里くんが僕をみる横目も同じ
「部外者」を見る目であり その事に僕は少なからずショックを受けていた
別に遊びに誘われたかった訳でも
遠山くんという子の家に行きたかった訳でも もちろんない。
仲良しと思っていたのは 僕だけだったのかも知れないが
それでも同じクラスだった時は あれ程仲良くしていた中里くんでさえも
クラスが別れれば そういう関係になってしまうという事に気が付き
そして自分も多分 無意識にでも誰かにそうしたのかも知れない事に
僕は何とも言えない気分にさせられたのだった
学校という大きな入れ物の中の
クラスという小分けされた入れ物の中で 皆がそうしているとしても
その事を知って気が付いた僕には 何時かはそうなってしまう関係の友達には
志保子さんとはなりたくなかったのだ
そして同級生でも恋人として付き合いだした友達もいるのだが
お互い堪え性の子供だからか あっという間に別れているのを見ていた僕には
友達や恋人よりも もっと確かな関係を彼女と築きたいと思い
先の事がわからず ずっと壊れないものと 当時の僕が思っていた
自分の父や母のような関係に 彼女となりたいと思い
「僕は志保子さんと 結婚を前提に付き合いたい」と
彼女に告げる事しか出来なかったのだった