仏の高久くん
五時間目までの僕は 隣に座る志保子さんとのノートの端っこを使った
楽しいメッセージのやり取りで 普段なら退屈で長く感じる授業の時間を
あっという間に感じながら 放課後何とかクラスメイトたちの目を盗んで
彼女と一緒に帰れないかと頭を悩ませていた。
そんなプレイボーイな僕も 先ほどの休憩時間で見てしまった
高久くんと志保子さんの二人のやり取りを ほんの少し思い出すだけで
「もう立っていられません・・・」と 座った状態でも言いたくなるくらい
へにょへにょになってしまうのであった
僕がそんな風にギブアップ寸前でも 六時間目の社会の授業は滞りなく始まり
飯島先生は江戸時代には武家諸法度が出来てと語る ダミ声を聞き流しながら
何とか立ち直るために 勝手にライバル認定した高久くんを観察する事にした
窓際の一番前の座席に座り 真面目に飯島先生の授業を聞いている
高久くんの整った横顔を眺めながら「高久くん カッコイイ・・」と
熱い情熱的な視線を送る
「もし自分が女なら僕だって 高久くんと付き合うしな・・」と思い
「むしろ自分が女なら・・・高久くんと付き合いたい!」と
拳を握り締めたとき 「ハッ!」と気が付き
あらぬ方向に突き進みかける 自分の思考になんとか歯止めをかける
「おのれ高久・・僕まで虜にするつもりか・・」と
心の中で言いがかりをつけながら 何でもいいから高久くんに
嫌なことがされた記憶がないか 思い出そうと必死で試みる
そうでもしないと自分の中の変な気持ちに 気が付きそうだからである
「嫌な事された記憶・・」と
頭の中の引き出しを 念入りに一段一段を姑気分で引き出しながら
何かないかと探していると 一つの記憶を見つけることに成功した。
「そうだ・・プリン」
思い出したそれは確か先週の金曜日の事である。
クラスメイトの一人が病欠し 給食のプリンが一つ余ったので
プリン争奪じゃんけん大会が急遽、開催され 決勝進出まで果たした僕の前に
立ちはだかったのは 他でもない高久くんだったのである。
決勝は三回ジャンケンに決まり
賭博黙示録カイジをコンビニで ヤンマガを立ち読みする事で
身につけていた僕のギャンブルスキルを フルバーストさせ
高久くんを何処ぞの地下施設に 叩き落とそうと試みたが結果は全敗。
あんまりな現実に悶絶していると その姿に同情したのか何と高久くんは
「俺そんなに欲しかった訳じゃないから これ文にあげるよ」と
爽やかナイスボーイな笑顔で プリンを僕に差し出してくれたのだ。
「ここは戦場なんだぞ!本気じゃない奴が遊びで来るとこじゃねーんだ!」と
恩を仇で返す思いを 心の中で全力で叫びながらも やっぱり欲しくて
「本当にいいの?」と 自分の欲望にとっても素直な僕は尋ねる
すると高久くんは太陽を背にしていたため 後光が差す仏のような神々しい姿で
「うん いいよ!」と優しい笑顔で僕にプリンを手渡してくれたのだった
その素敵な笑顔に僕のハートはドキューンと貫かれ
そうやって彼にメロメロにされた僕は彼を「兄貴・・」と思ったものである
いかん・・これは素敵な思い出だった・・
そうこうしている間に六時間目が終わってしまい 気が付けば五時間目までは
あんなにあった志保子さんとの ノートの端っこのメッセージのやり取りが
全くなかった事に 僕は金づちで殴られたようなショックを受ける
そして帰りの会も終わり なんとか彼女に話しかけようと
話しかけるきっかけを探して 僕があれこれ思い悩んでいると
教壇でクラスメイトと さよならの挨拶を交わしていた飯島先生がダミ声で
「志村 ちょっと職員室まで来てもらって良いか?」と
「何もよくねーよ!」と叫びたくなるような事を言い出し
そのまま志保子さんを連れて出て行ってしまったのだった。