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無職くんと薬剤師さん  作者: 町歩き
するまでが とても長すぎる決意
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レベルの高すぎる不審者たち

夏の太陽がその力を誇示するかのように 降り注ぐその強い日差しを全身に浴び

小学六年生の僕達は汗だくになりながら自転車を漕いでいる


僕らの先頭では宮田くんと鹿嶋くんがアニメの話で盛り上がっている

宮田くんたちの少し離れた後ろ 僕の前には沙智と友美が目的地である

新しく出来たショッピングモールで どのお店に行こうかとはしゃいでいる


僕が自分の前を進む四人に気を取られていると背中を指でつつかれる

「ねえ ちゃんと聴いてる?ふみくん」

クラスでは隣の席に座り 今は僕の漕ぐ自転車の後ろの荷台に

ちょこんと座っている志保子が少し声を尖らせて聞いてくる


少しだけ顔を横にして「ごめん 話続けて」と志保子に頼むと

「それでね その姉妹はお父さんの出した麦茶を飲むんだけど」と

ちょっと唇を尖らせて ご不満顔だった表情と声音を

何時もの柔らかい表情と声音に戻してくれて話を続けてくれる。

志保子の話に相槌を打ちながら 前を走るの四人に遅れないように

僕はペダルを漕ぐ足に力を入れる


自転車の進む速さに合わせて流れていく夏の景色と

雲一つなく抜けるような青い空を眺め 

前を進む四人の笑い声と背中ごしに聞こえる

志保子の柔らかい声に耳を傾けながら僕は思う


楽しい だからきっとこれは夢なんだと


暖かい景色が視界の端からぼやけていく 電話の混線のような人の話し声が

みんなの声を少しずつ途切れさせていく ゆるやかに覚醒していく頭で考える


また下の住人が時間を考えずに大声で喋っているんだろうか

集合住宅なんだから 少し声の大きさを考えて欲しいよな・・ と

そう思っていると目が覚めた。声が聞こえる。 

声は下からでは無く外から聞こえてくる 何時の間にか雨風は止んだようで

今聞こえてくるのは夜中に流れていた防災放送の声のようだ


先日の夢の続きを見れたような そんな今日の夢に嬉しい気分になり

布団の中で夢の余韻に浸っていると 放送前に鳴るチャイム音が流れ出す

急いで布団から跳ね起きるとベランダへと向かいガラス戸とシャッターを開ける


外には夢の中で見たのと同じような 

雲一つ無い抜けるような夏の青空が広がっている。

深呼吸しようと鼻から息を吸い込むと 悪臭が鼻に付き思わずむせてしまう

夜に嗅いだ不快な臭いが さらに酷くなっているのようで顔をしかめる。

あまりの酷さに吐き気が込み上げてくるのを 何とか我慢すると

仕方なく鼻をつまみ放送を聞く為にベランダの外に出る


チャイム音が鳴り止み放送が始まる前のノイズ音が聞こえた

普段ならすぐに始まる放送がなかなか始まらない どうしたのだろうと

さらにベランダに体を乗り出すと 何時もの落ち着いた声音とは違い

ひどく動揺しているような上擦った声で放送が始まった


「防災日立です。現在茨城県では非常事態宣言が発令されました。

安全が確認されるまで屋内から絶対に出ないようにして下さい。

また現在茨城県は移動制限区間地域に指定されています。

許可のない他県への移動は 県民の皆様の安全と人命を損なう危険性があります

現在外出中の方並び帰宅途中の方は移動の際に 挙動不審な人物に出会ったら

絶対に近づいたりせず 速やかに近くの建物などに避難してください。

尚この放送は安全の確認が取れるまで一時間毎に放送されます。

情報のお聞き逃しのないよう注意して下さい」

同じ内容の放送が二回繰り返されると放送終了のチャイムが鳴り放送が切れた


非常事態宣言の発令 移動制限区間地域に指定 挙動不審な人物で避難


繰り返された放送の内容に頭を捻るが とりあえずベランダとはいえ外なので

部屋に戻りガラス戸を閉める 聞き間違いも考えて時計で時間を確認する。

「次の放送は十三時二十分か」テーブルの前に座り時計を目の前に置くと

放送された内容を思い出しながら秒針を見つめ少し考える


まず頭に浮かんだのは東海と福島にある原子力発電所の事故である

それならば非常事態宣言が出されても可笑しくは無いと思う。

そうすると移動制限区間地域とやらは移動する際の

放射性物質の拡散を防止する為のものとの解釈が出来なくも無い。


それにしても安全と人命を損なう恐れがあるとは 随分と物々しいものがある 

それだけ重大事なのかもしれないが・・・

まあアニメだと東京は何時だって大変な事になっている。

酷い時には1クールで人食いが湧いてたり 火星人が基地ごと落下して来たり

変なゲートが開いて異世界に通じたり すでに壊滅している時があるくらいだ


それに比べれば 宣言とか避難レベルなら余裕かも知れない 現実だけど・・


そんな事を考えながら 私は四年前の震災の時に似たような話を元同僚に

聞いた事があった事を思い出す。その同僚は東海村に住んでいるのだが

東海村JCO臨界事故の時 当時高校生だった彼は東海村から 

住民に対する屋内退避の呼びかけで休校した学校から慌てて帰宅したらしい。

その際に発令されたのは非常事態宣言という物々しいものでは無く

事故現場近辺からの避難要請や勧告 屋内退避の呼びかけ等だったらしい


まあそれでも充分物々しいが


私自身も被災した東日本大震災の時を思い出して見ても

避難場所ならび水や食料の配給の時間や場所の告知で 

非常事態宣言や移動制限区間地域等という剣呑なものでは無かった。 

こんな事は初めてである何かとんでもない事が起こっているらしい


しかしそうすると放送の後半部分が気に掛かる。挙動不審な人物で避難?


最近では 日も落ちて暗くなった時間に公園で遊んでいる子供に

「はやく帰りなさい」と声を掛けただけで事案扱いである。

男というだけで すでに不審者レベルカンスト扱いの世の中で 防災放送に

流されるレベルの不審者というと一体どんな事をしたんだろうと想像してみる


そういえばと少し前に読んだ変態番付の記事を思い出す


静岡県磐田市内の県立高の校舎内に夜間に不法侵入した男が 

更衣室に置いてあった女子生徒のスクール水着を無断着用して脱糞し

その犯行理由が「気持ちよかったから!」とか

女子高生の上履きを盗みコンビニでコピーしたものを見て楽しみ

「女子高生をナンパしても相手にされず ならばせめてその匂いを!」と

動機を問われると答えた男など


その人知を超えた着眼点と発想力 それを現実の世界で実現出来る逞しい行動力

そうしようと思いついた経緯や そしてそれらの全ての土台とも言える

それまでの人生の輝かしい軌跡を尋ねたくなるような

防災放送で流されても可笑しくないと思えるレベルの高すぎる不審者は存在する


そしてそんな事を多分だが 喜々として自慢げに語っている犯人を前にして

お巡りさんや刑事さんは一体どんな表情と心境で聞いているのだろうかと

考えると下手なゲームや漫画より面白そうである


こう言うと不謹慎と思われるかもしれないが アニメや漫画や小説などで

主人公達の行動に一喜一憂するのと根っこは同じものだと思う

自分が出来ない事を平然とやってのけるから興味が沸くのだし


他にも色々と事案の数々が掲載されていたが

その全てが男性であった事を考慮すると

男性=不審者という図式は案外的確なのかとも思う


だが放送前半の剣呑な放送内容とは いささか趣が異なるように感じるし

そうだったとしても同列に流すのは流石にどうだろうと思う。

違った方向で危ないのは危ないのだが


そんな緊張感に満ちた現実とは逆に緊迫感のない思案に耽っていると 

また防災放送の始まりを知らせるチャイム音が聞こえてくる

手元に用意しておいたボールペンとノートを手に取ると

私はベランダに出て放送が始まるのを待つ事にした



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