「感」違い と 焼きもち
夏の太陽が中天に近づくにつれ
セミの鳴く声が大きく響いてきた五年四組の教室で
私は田口くんの袖口を 自分の手で軽く掴みながら
おませな子だと思われたら どうしようと少し緊張していました
そんな私に「じゃあ今度から 僕もそうやって呼びますね」と
彼が照れくさそうな笑顔で伝えてくれた優しい言葉に
ほんの少し いや・・多分かなり大分浮かれてしまっていたのだと思います。
そのやり取りの後、授業中にも関わらず飯島先生が板書であちらを向いてる間に
彼にノートの端っこでメッセージを書いては 彼にもらう返事と彼からの質問に
私は心を弾ませていました。
彼から貰った返事に嬉しくなり貰った質問に 上手い言い回しが出て来ない
自分の語彙の足りなさに 少しがっかりしながらでしたが
同年代の子達と こんな風なやり取りに全く慣れていない私には
とても新鮮で もっともっとと つい欲張ってしまうのでした。
そして同じ本を読んだ感想の交換などでも
彼は自分の感じた事を 相手に無理に押し付けたりするような所は全くなく
「僕はこういう風に思ったけど 志保子さんはどう思いました?
よかったら聞かせてください」と
私との会話をとても大事にしてくれている そう思わせてくれる言葉を
ノートの端っこに丁寧な文字で綴ってくれるのです。
私は彼がくれる そんな優しい言葉がもっと欲しくなり
いっぱい彼にメッセージを送ってしまったのは反省しなくては・・と思います。
なぜなら私の半分くらいしか 彼からの会話のお誘いが無かったのですから
そうして授業中はそんな風に 彼と楽しいやり取りをしながら
授業合間の休み時間や給食の時間などで クラスの女の子たちの質問に
あたふたとしている私に ちょっかいを掛ける形で助け舟を出してくれる彼が
ちょっかいに文句をいう沙智さんや友美さんと 仲良くじゃれ合ってる姿や
授業中に他の女の子から 回ってきた手紙を読んでいる彼の姿を見ると
何とも言えないもどかしい気持ちになる事に気が付きました
後から気が付いたその気持ちの名前は 多分 焼きもちだったと思うのです
自分にしてくれたような丁寧な字で優しい言葉を
彼が他の女の子にも同じように返していると思うと
胸の奥が詰まるような そんなもどかしさで私は苦しくなります。
これまで人との関わりが薄かった私には
男の子を独占したいと思うのは 初めての気持ちです
なので多分、気持ち扱いに慣れていなかったのだと思うのです
私の方がメッセージのやり取りを始めてから ずっと多く彼に送っているから
そんなつまらない理由で 六時間目は彼からメッセージを送ってくれるまでは
こちらから出さないようにと我慢していたら 五時間目までは あれほどあった
ノートの端っこのメッセージが六時間目には全く無かったのです。
今までのやり取りを楽しいと思っていたのは 実は自分だけかも知れない
そう思うと悲しくなり それで六時間目はやり取りがなかったのかと思うと
その事がさらに私の気持ちを暗く落とすのです
そうして放課後になり 飯島先生から職員室に来るように促され
私は暗くなった気持ちを抱えたまま 教室を出たのでした