私が思うチートの定義
会社の寮が入っているビルから私の自宅までは
物理的に距離が近いというのもあったが
自室があるアパートにはあっという間に到着した
まあ良く考えてみなくても 半径五百メートルくらいしか
移動していないのだから 当たり前と言えば当たり前の話なのだが。
無職の世界は狭いのだ。
半径一キロメートルが国内であり それを越えれば海外
そして半径十キロメートルより 外ともなると宇宙感覚である
ましてや寮からこのアパートへの道すがら
私の頭の中では「賢人会議」が開催されており その議題の内容は
「これから出会ったら 嬉しい女性のタイプ ベスト100」という
最重要議題だったので 速く感じて当前なのである。
そして会議は とてつもなく白熱しており 細かい女性のタイプと
その出会いたい順に 賢人会議では七番目の力を持つ「巨乳を好むの田口」と
六番目の有力者である「貧乳を好むの田口」との 出会いたい順の
大いなる諍いが発生し 収拾が付かなくなっていたのだった。
仕方なく会議の取りまとめ 議長の役割を担う「リアル田口」である私は
「ゴットハント」と呼ばれる 最上位意思決定機関の五番目にあたる
「顔が可愛ければ大きさは問わない田口」に問題の解決を託すと
運んできた大量の戦利品の数々を 手早く我が安息の地でもある
「川田ハイツ202号室」に しまい込む事に集中する事にしたのだった
軽目の荷物を左手に モップこと「ひのきのぼう」を右手に
階段を出来るだけ 音を立て無いように静かに上がると
階段の踊り場から 自室の玄関扉と周辺を見回して見るが
メモも貼り付けられておらず部屋を出た時と 何ら変わりばえしてない事に
やっぱりかと少しがっかりしながら 部屋の鍵を開けて室内を見渡す。
アニメや漫画などでは そろそろ
「待ちわびたぞ 勇者田口よ・・・」などと語る
ローブを着た白髪で長い髭を垂らしたジーサンが 部屋で待機していて
結構細かく現状なにが起きてるか 語ってくれたりするのだが
現実ではそんな都合の良い事は起きないのである。
そしてその どうにもしようがない当たり前の現実を前に
ふと私は好んで読んでいた 異世界転生もののアニメや漫画を思い出す
未来や過去に飛ぶ ゲームの世界に入り込み異世界に転生するなどの
漫画やアニメを見ていると それなりの前置きはあるとはいえ
主人公がすぐにその状況を把握して対応したり対策を練ることに
違和感を覚えていた事を思い出す。
もちろんそれなりの葛藤や迷いはあるのだが
それにしてもと感じたものである
物事を認識する事とは私が思うに
自分が生まれてから それまでに体験した経験や 見たり聴いたりで得た知識と
特にそれまで過ごしていた日常での 常識を基準に導き出される
「こうかも知れない」という 割とあやふやな解答の様なものだと思う
そのあやふやさゆえに決まった考え方よりも
なかなか断ち切ったり振り切れたりできず 逆に縛られる「固定観念」となり
私たちの行動の基盤というべきものになるのだと思う
なので襲いかかられて仕方なく反撃した ならまだしも
あっという間に順応して 敵っぽい相手を切ったり殴ったり
はては殺したり出来る
その手の主人公たちがもつ最大のチート能力は
岩をも砕くすごい力や 現実にはない魔法の力なんかではなく
「きっとこうに違いない」と決めつける事が出来る
その精神力のように感じたものである
少なくとも私の周囲には 日常的に人を切ったり殴ったり
殺してる人はいなかったと思うし
まぁあと尺の都合もあるのだろうけど 1クールって短いもんね
「イベントの一つも起これば それなりに対応が出来るんだっけどなぁ・・」
と思いながら 持ってきた戦利品と台車を室内にしまい込む
先程見た渋滞の所に向かう前に 何かやっておく事はと考えて扉に鍵を掛ける
あそこは距離的に海外だし
まずは水の確保だとお風呂場の浴槽を軽く掃除して 蛇口をひねり水を貯め出す
「もしこの世界がそういう感じになっていたとして 自分はどうするだろう?」
と考えるが あまりの情報の少なさに その考えはまとめる事が出来ず
頭を一つ振ると 蛇口からとめどなく流れ出る水を眺めながら
「志保子はどうしているだろうと・・」
会社の寮のビルの一室で 他の女性の下着握り締めながら思い出していた
彼女との当時の暖かく 何時までも続くと思っていた頃の記憶に
また思いが絡め取られるのだった