僕はマイスター
僕の質問に答えてくれた 品の良い志保子さんに とても良く合っている
少し低いけれども 澄んだ可愛らしい声音を聞いた僕は
ハリウッド映画のキャッチコピーよろしく
「全米が泣いた」のような喜びと感動に打ち震え、心の底からこう思ったのだ。
「録音したい・・・!」
小学校入学からの五年という 僕の人生の約半分を占める長い年月の間
毎回、通信簿にて図工は「よくできました!」という最高評価を常に
導き出している天才肌の僕である。
信頼と安心の実績を持つそんな僕が その力を遺憾無く発揮し本気を出せば
「田口くん 少女漫画読むの?」の「田口くん」の部分と
「私がいてもいなくても が好きかな・・なんか少し悲しい感じが」の
「が」と「好き」の部分を上手に抜き出して
「田口くんが 好き」に修正加工する事など お茶の子さいさいなのである。
日夜、誠実に素材の収集に励めば もっとバリエーションを広げる事も
もちろん可能なのである。夢が広がるとは まさにこの事。
まあこの十年後、大学生となりダンディに成長した未来の僕が
少しあれな所でパッケージに写っている 可愛らしい女の子のDVDを購入し
喜び勇んで自宅に帰り、自分の部屋でヘッドホンを装着し
行儀よくズボンもパンツも脱ぎ捨てて いざとDVDを再生した瞬間に
「Photoshop いい加減にしろよ!」や
「よくもだましたアアアア!!だましてくれたなアアアアア!!」と
何度も何度も叫ぶことになるのだが 神ならぬ人の身の僕には
いまだ知らない事なのであった。
それに・・である。僕のクラスには もう一人「田口たかし」という
僕と同じ輝かしい名字を持つ男子もいるので
下手するとそいつと被ってしまう事になりかねない。
「あともうひと工夫欲しい・・・」と考える。
真の職人とは今ある限定された素材で 最高の物を作るだけでなく
常に創意工夫を施す事に心を砕くものである。
「あと足りないものは・・」と
思考を加速し何点か必要そうな素材を思いつく
出来れば名字でなく「文くん」と呼ばれる事
そして「好き」より「大好き」という素材が欲しいと考え
もうちょっと欲張れば「ずっと・・」と「でした」も欲しい。
彼女の声という最高の品質をもつレア素材と
僕の知恵という最強の職人技を全て合わせると
「ずっと・・文くんが大好き でした」という
最強かつ最高のアイテムが作られるのである。
目標は定まった。
飯島先生のダミ声を何時ものごとく聞き流しながら 僕は思考を更に深める
如何にそのレア素材をこの手に掴む事が出来るのかを。