初めての会話
突然掛けられた隣の席で 他の男の子達と話していた田口くんの
「志村さん いくえみ綾が好きなの?」という声に
周りの女の子たちの質問に つっかえたりどもったりしながら
何とか答えようとしていた私はびっくりしてしまい
「あっ・・・・・えーと・・・その・・」と
思わず言葉に詰まらせてしまいました
そんな私を見た田口くんは 少し首を傾げて私を見直すと
にっこりと微笑みながら 優しい声音と静かな口調で
「ゆっくりで」と言い それから付け足すように
「教えてくれる?」と聞いてくれたのです
それまで私が出会った祖父や父のような男の人や
「同級生」だった男の子達のように
私の答えを急かすような 苛立ったところは全くありませんでした
その落ち着いた口調と雰囲気に 私は少しほっとして
「うん・・」と小さな声で答えると
田口くんは頷き さっきと同じ声音と口調で
「俺も大好き 良い話多いよね」と言ってまた微笑んでくれました
自分が好きなものを同じように好きと言ってくれる相手に
私も嬉しくなり「私も何度も読み返してる・・」と
さっきより大きい声で答えます
すると彼は 私の声が急に大きくなった事に 少し驚いた表情をしながらも
「僕も 潔く柔く とか何度も読み返してるよ」と伝えてくれ
「志村さんは どの話が好き?」と尋ねてくれました
そして周りの女の子たちが「文は話はいってくるなよー」という声に
「お黙りなさい!」とか「先生来るから席戻れや!」と返しながら
私の答えを待ってくれている田口くんに
自分も特に好きな「潔く柔く」の名前を聞いて さらに嬉しくなった私は
「私がいてもいなくても が好きかな・・なんか少し悲しい感じが」と伝え
「田口くん・・少女漫画読むの?」と思い切って尋ねてみました
私の言葉に田口くんは顎に手をやり キリッとした表情になると
「うん ほら僕 見ての通りの美少女だから」と言い出すのです
彼の予想外の返事に思わず口を綻ばせると 田口くんは少し照れた感じで
ちょっと離れたところにいる同級生の男の子を指さして
「あいつ織部って言うんだけど あいつん家のお姉ちゃんが持ってて
遊び行った時に よく読ませてもらってるんだ」と教えてくれたのです
そちらに視線を向けて
田口くんにお返事を返そうとすると 丁度チャイムが鳴ってしまいました
そして周りの女の子達の「あとでねー!」や「またねー!」という声に
慌てて言葉を返しながら田口くんの方に顔を向けると
田口くんも自分の周りにいた 男の子達に言葉を掛けながら
こちらを振り向いたのです
目が合い少し気恥ずかしくなってお互い視線を逸らすと
またちょっと嬉しくなって思わず微笑んでしまいます
もう少しだけでも田口くんとお話したかったなと考え
次の休み時間に また話せるといいなと思っていると
教室に入ってきた飯島先生の「日直 挨拶を」の声で
二時間目の授業が始まるのでした