彼女にとっての会話
休み時間になり転校生である志保子に 色々な質問をするために
自分の周囲に集まったクラスメイトの女の子たちの真ん中で
志保子は極度の焦りと緊張の中にいた
誰かからの質問をよく聞いてきちんと考えて答え
他の誰かの質問に耳を傾けようとするが他の子達の
会話の展開とスピードが 志保子には余りにも早すぎて
徐々に言葉に詰まるようになってしまう
「また転校前と同じになってしまう・・」
小学校に入学するまでは 祖父が所有する山の中腹に建つ広大な敷地を持つ
屋敷の中で 母としか会話をすることもなかった志保子には
「話を聞き流す」事や「適当に相槌を打つ」
という行為がとても苦手であった。
母はいつでも自分の話をきちんと聞いて ちゃんと考えて答えてくれた
なら自分も母の話をちゃんと聞き きちんと考えて答えなければいけない
そんな風に考え育った志保子には 小学校に入学当時の
「同級生」たちとの会話は 倍速を極限まであげた動画を見ているような
何かを言っているのは分かるけど 何と言ってるのかが分からない感じで
徐々に会話に入っていく取っ掛りを失ってしまうのである
その後 学校を少々休みがちであったけれども
入学当時に比べれば多少はましになって来たとはいえ
「同級生」たちから見れば志保子は 会話のテンポが遅くノリが悪いやつとの
印象をもたれてしまったのは 致し方ない事だったのかもしれない。
加えて志保子は右足に身障を抱えており 女子特有のみんなで行く
休み時間のトイレや 学校への集団登下校などは苦痛でしかなかった。
歩行杖を突き歩く志保子は他の子達から見れば文字通り
「足でまとい」でしかないからである。
母のようには志保子が追いつくのを 笑顔では待っててはくれない
「同級生」達に その不理解や不寛容に怒りや反感を覚えれば
まだましだったかも知れない ずっとそうでは困るけれども
だが母が祖母に責めれられ泣いていた理由を 知ってしまった志保子には
周りを憎んだり恨んだりする事が どうしても出来なかった。
何故なら あれほどまでに自分を愛おしんでくれて大事に
してくれる母を泣かせた原因が自分だったからである。
自分は「出来損ない」だから 他の子達が当たり前に出来ることが
うまく出来ない「恥ずかしい子」だから
他の小学校への転校が決まり
今度は少しでもうまく馴染めるようにと お気に入りのぬいぐるみを並べ
それを相手に夜な夜な 会話の練習をしていた志保子ではあったが
なにも喋らないぬいぐるみ達とは違い 速いスピードで会話を興じる
新しい同級生の中で動揺し戸惑いを感じていたその時
隣に座る「彼」が声を掛けてくれたのだった