転校生が来る!
志保子さんにプロポーズをした 夏の夕暮れ迫る放課後の帰り道
僕は志保子さんの左手ひらを 自分の右手のひらで軽く握り
なるべくゆっくりと彼女の歩調に合わせるように気をつける
そして目的地である彼女の家に帰るのに近道な裏道を
僕達二人は並んで歩いていた
志保子さんの小さく華奢な手のひらは 強く握ると壊れてしまう気がして
握る手の力の加減に困ってしまう
歩くのが速すぎないかなと思い 隣を歩く志保子さんの顔を伺うと
丁度こちらを見ていた志保子さんと 目が合いお互い困ったように視線を逸らす
いきなり過ぎたのかなやっぱりと考え 今日会ったばっかりだしと思う
でも仕方なかったのだ 僕は他の関係をきちんと知らないのだから
始めは彼女の言葉に「もちろん 僕の方からもよろしくね!」と
答えるつもりだったんだよな・・と思いつつも
でもきちんと思いを伝えて
今こうして手を繋げているのだから良かったと考える
そうして少しずつ夕暮れに染まっていく町並みを僕は眺めながら
志保子さんを初めて出会った 今朝の教室の事を思い出す
「転校生が来る!」と
加藤君に聞いたのは、確か三日前の水曜日の給食の時間だったと思う。
十年後の僕なら「女子だよね?女子?違う?またまた・・・で女子?」などと
実際、男子の転校生でも何とか女子にしようと力の限りを尽くす
ナイスガッツな男の中の男になるのだが
当時まだそのレベルに達していなかった未熟な僕は
「男子なの?女子なの?」と 元テニスプレイヤーで
炎の妖精のような男になってる 十年後の未来の僕に聞かれたら
「諦めんなよお前!どうしてそこでやめるんだ!もう少し頑張ってみろよ!」と
怒られそうな事を口にする。
加藤君の隣にいた山岸くんが「なんか女子みたいだよ」と
揚げパンに大口あけて齧り付きながら教えてくれて
それを聞いた同じ給食の班のテーブルを囲む女子たちは
「どんな子だろうー!」や「可愛い子来るといいね!文」とか
まったくこれだから女子供は 騒がしいと言いたくなるような事を言っていた
小学校五年生になり ポケモンスタジアムを攻略する事で
硬派な男らしさを 既に身に付けつつあった僕は
新しくクラスメイトになるのが「女子」と聞いて 少々がっかりしたものである
当時の僕にとって女子とは 僕と宮田くんがその類まれない
知恵と知識を結集する事で クラスの男子の半分は虜にした
「ドンキーコングごっご」訳して「ドンこ」を
「やってみたいー」というから 仕方なく入れてあげたのに
「ドンこ」のルールに従ってサッカーボールで
ジャングルジムから全力で叩き落としたら 泣いて担任の飯島先生に
「田口くんと宮田くん達が お昼休み危ない事やってますー!」と
チクリをいれて はては学級会議にまで持ち込んで中止に追い込んだ
悪の元凶のような存在であった
そればかりではなく自分達は「ドンこルールブック」を破り
あまつさえ中止に追い込んだというのに
「掃除の時間は掃除をしましょう」というルールを破り
掃除道具で野球をして遊んでいた元ドンこメンバーズを
またしても担任にチクリ 再び学級会議に持ち込み
主犯と見なされた 僕こと「田口 文」を五年生の間は
教壇の向かいの一番前の席というVIP席固定という厳罰を与えた
悪の権化でもあった
まぁ別に関わらなきゃいいかと思いつつ
深皿のシチューに手を伸ばした僕は
その三日後に人生初そして多分 最後のプロポーズをする事になったのである