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無職くんと薬剤師さん  作者: 町歩き
するまでが とても長すぎる決意
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上がる階段 落ちる心

私はまだ自分の事を僕と呼んでいた古い記憶の中 


志保子と二人で「おいなりさん」と命名した茶虎猫への

熱い殺意の記憶と上手い事かは微妙だが何とか操れた 

あの暖かい二人と一匹のベンチでの光景を

今となっては素敵な思い出の一コマのような記憶に浸っていた


深呼吸をして気持ちを切り替えると

玄関ホールの手前の柱の影から外を伺ってみる


寮に入ってから結構時間が経っている為か

ぽっかり空いた入口から入る風は ほんの少しだが涼しさを増している


あい変わらず人影はなく 人の気配もない


粉々に砕けたガラス戸の破片が散らばる床と そのガラスが嵌っていた 

今は「く」の字に変形した戸枠越しに見る 外の風景は 

外側からこちら側を見た時とはまた違った「日常の終わり」を感じさせる。


それまでは過去の思い出や 目の前にある楽しそうなものに

視線や思考や感情を預けてみる事で 何とか誤魔化していた

「本音」が耳の奥底から嫌でも聞こえてくる。

「気づかない振りはそろそろ辞めようよ」と


都心ほどではないにしろ すぐそばにある大甕工場や 同じ常磐線沿いの

多賀や日立にある工場に程良い近さのわりに 家賃などの物価が安いこの辺は

人口密度が日立市でも有数に高い地域である


その物価の安さに惹かれてか 外からも工場に勤める仕事を求め入ってくる

人が多いが 元々ここを地元とする人たちも 市名にもなっている

日立製作所関連の仕事に務めることが多く他の地方都市に比べれば 

若者の東京への流失などによる過疎化とも ほとんど無縁な土地柄と言える。


仕事があり人が集い子が生まれ活気が増していく


活気があれば賑やかさが増し 騒がしいと感じる事もあるかもと

ここに住む事になった時は 少しだけ危惧したものである。

だがそれは杞憂であり 物静かに穏やかな生活を営むことが出来ていた


でもそれは日常的に当たり前に聞こえてくる 

登下校中の子供たちのはしゃぎ声や 家の掃除をする音や 

ご飯の用意をする音とそれを伝える母親の声 その声に返事をする家族の声や 

時折聞こえる 宅配便の配達員の声などの「人間が出す音」が

当たり前すぎて 意識すらしていないだけなのである。


その当たり前に聞こえていたはずの「人間の出す音」が今は全く聞こえない


会社を辞めて以来 部屋から出なかった日など幾らでもあるのだが

それでも少し外に出れば そこにはちゃんと人が居るのが当たり前だった


もしも・・と考える

「この先ずっと誰にも会う事が出来なかったらどうしよう」


普段あれだけ避けていた人の姿や視線や声を

こんな形で欲しくなるとは思ってもいなかった


誤魔化していた気持ちに つい飲み込まれそうになる心を何とか落ち着かせる


玄関に貼っておいた釣り糸を確認して 誰も入って来ていない事を確かめると

ポケットから取り出したマスターキーを見直して「屋上」と書かれた鍵を見つけ

高い所から見渡せは少しは違うかも知れないと

二階へと続く階段を見ながら考える


そして重くなった心に動かなくなりそうな自分の両足を叱りつけて

私は二階へと階段を一段一段 登っていくのだった




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