茶虎・・お前もか・・
「視覚を持つ生物は 視界の中で動いてるものを 優先的に視認しようとする」
当時読んでいた「サイエンス」と呼ばれる学術雑誌の中の記事の一つ
「人間の科学」と題された文章に書かれていた一節である。
「動きがあるもの」を危険なものと判断し優先的に確認しようとする
脳の働きについて書かれていた文章だったと思う。
その文章から知識を得ていた僕は それまでの自分の経験から
もっとも気になる「見えそうで見えない」ぎりぎりの視界の
端っこの方からスイカバーの棒をゆっくりと近づける。
振って揺らしてなどアクションを混じえつつ 徐々に茶虎に近づけていくと・・
「掛かった! 計画通り・・・」
どこぞの名前を書いただけで 名前の持ち主をあの世に旅立たせる
恐ろしいノートの持ち主である 何か天体の名前がついた青年のように
僕は漫画なら見開き1ページを まるまる使うであろう超悪人面をしてしまう
ふと視線を感じ横を見ると そんな顔をしていた僕を見つめる志保子さんの姿
「おっと危ない・・」と思い 自分の表情を「きれいな田口くん」に戻すと
ゆっくりと茶虎にスイカバーの棒を近づける。
そこに志保子さんが「それで猫ちゃん殴ったらダメだよ!」と
優しい声音と口調とで僕を注意する
その裏に潜む何か得体の知れない危険なものを感じた僕は 本当ならば
「あなたなんて 僕の右手首を握り潰そうとしたじゃないですか!」と
涙ながらに訴えたいところを 何とか堪えると 努めて明るい口調で
「そんな事しないよ!」と若干声を震わせて答える。背中には冷や汗も。
茶虎の方はそんな僕たちのやり取りも どこ吹く風で
自分に近づいてきたスイカバーの棒に クンクンという感じで鼻を近づける。
「いや・・鼻じゃなくて・・目をね・・」
目論見と違う動きをする茶虎にイラつきながらも
なんとか茶虎の目の前に スイカバーの棒を近づけようとするが
どうしても茶虎は 執拗に鼻を近づけてクンクンしまくるのである。
その姿を見て僕は 授業中のノートの端っこでの会話の時を思い出す。
僕のノートに書かれた文章を良く見ようとして
こちらに可愛らしいつむじを見せている志保子さんの髪の匂いを
同じようにクンクンしまくっている自分と つい重ねてしまい
ほんの少しだが茶虎への親近感が湧いてくるのを感じた。
「茶虎・・お前もか・・」
親近感がほんの少し沸いた心で 茶虎が先程スイカバーの棒を見つめていた
情熱的で真剣な視線は 普段僕が志保子さんを見つめる時
きっと同じ感じなんだろうなと思うと さらに親近感が沸いてくる。
そんな感慨に身を浸していると 茶虎は次なる行動に移り
スイカバーの棒をペロリな感じで舐めだしたのである。
「うん・・僕も志保子さんを舐め・・・」
いやちがう そうじゃないと なんとか気持ちを落ち着かせようとしていると
茶虎はなんかすごい勢いでスイカバーの棒を舐めだすのである
猫大好きフリスキーなぞ目じゃないくらいの勢いで 舐めまくる茶虎の姿と
興奮しているのか なんかフガフガいっている その荒い鼻息に
僕は、ほんの少し恐怖を感じ棒を持った手を茶虎から離そうとする
しかし茶虎は「逃がさん!」と言わんばかりに 前脚でスイカバーの棒を
がっちりとホールドしだし ほんの少し白目がちな目になりながら
さらに荒く鼻息をフガフガさせて ベロンベロンと舐めまくる
その茶虎の野性味溢れる姿に 僕も志保子さんも唖然としてしまい
言葉を失うのだった
「人のふり見て 我がふり直せ」という言葉がある。
茶虎は人ではないが 将来僕が志保子さんの
肢体を舐めまわす時が来るならば 注意しておこうと心に留める。
そして本来の目論見とは少し違ったが スイカバーの棒で何とか茶虎を誘導し
僕と志保子さんの間から 僕の左隣にその居場所をチェンジさせる事に成功しほっとしていると 志保子さんは空いた隙間を埋めるように
こちらへと近づいてきてくれた。
その後 二人で単行本を読みながら ふと茶虎に視線を送ると
相変わらずフガフガいいながら棒を舐めてるその後ろ姿を見て
僕は志保子さんに
「なんか おいなりさんみたいだね」と言い
二人で声を合わせて笑いあえたのであった。